10話 異世界血風録

 攻撃的構えのconan Mk-III。

 抜刀した鏡二郎、シルバーのオートマチックを向けるムラマサを見て、ガーバが嘲笑(わら)った。

 「オイオイ?!なんだお前等?!

 アミト様が折角逃げろって言ってんのにやる気なのか?

 あ、もしかしてバカ過ぎて意味が分かってねぇのかな?」

 なるほどと、鮮やかな緑の手を打った。


 そして爬虫類の目をカッと見開き

 「あー!アロンとダイトのガキが怖すぎて頭壊れちゃったんだな?

 おーお、そりゃ可哀想なことしたな」


 ガーバは、よっこらせと巨大なハンマーを肩に担ぎ上げ、自分の頭を黒い爪で突つき

 「アミト様!何かコイツ等、ここがダメんなったみたいっす!

 コイツ等の先の事考えると何かむごいんで、俺がこのクソムシ共、楽にしてやっていーすか?」

 左の掌をワニの口に添えて喚いた。



 アミトは頭頂の鶏冠を立てると、皮膜をしぼませ

「うむ。少し追い詰め過ぎたか……気の毒にな。

 よかろう、許す。擦り潰してやれ」


 ガーバはハーイと手を上げ

 「てことで、俺が処刑することにな、り、ま、し、た。

 んじゃ、いっちょやりますかー」

 両手でハンマーの柄を握る。


 「あそーだ。何か言い残すことあるか?喋れるなら言ってみな」

 打席前の強打者のごとく、巨大なハンマーを手に肩を回す。


 conan Mk-III

 「お前が死ぬ前に聞いておこうか。

 皆が驚いているようだが、お前達は所謂(いわゆる)リザードマンとかいう生き物ではないのか?」


 ガーバはくせなのか、顎のトゲをいじりながら

 「あえ?俺が死ぬ?あ、ヤッパしっかり壊れてんのか……。

 あぁ違うよ、俺達はリザードマンじゃなくて、エンシェントリザードマン。

 リザードマンとは全然別格の生き物だ。


 魔王様が魔界の扉を開いて下すったからさ、こっちに出向いて来たって訳だ」

 真っ黒い鉤爪で地面を差す。



 アミトが牙を剥き

 「ガーバ!要らぬ事を教えるな!さっさと肉にしろ!!」


 ガーバはそれに

 「あいよー!」と手を上げる。



 カルマが青ざめ

 「エンシェント……そうか、古代種だったのか……しかし、魔界とは?」

 先の若いエンシェントリザードマン等の戦い振りを思い出していたが、それに魔界という言葉が覆い被(かぶ)さり、新たな不安と恐怖を増大させた。



 ムラマサは銀の筒の先で額を掻いて

 「ま、テメー等がエレファントだろーが、何だろうが、んなこたーどーでもいいぜ。

 よし2号!お前大分ムラムラしてっから、お前からやれ!な?!優しいだろ?俺様は」

 conan Mk-IIIに顎をしゃくり、数歩下がり、場をガーバと美剣士の一対一にしてやる。


 鏡二郎は顔はガーバに向けたまま。

 「すまん」


 ムラマサは黒革のロングコートの肩をすくめ

 「良いってことよ。コナン!この2号、ちゃんと強ぇえかな?」


 conan Mk-IIIは天地上下を解き、その腕を組み

 「分からん。駄目なら助けに入るだけだ」


 ムラマサは何度か軽くうなずき

 「そうだな。でも、何となくやりそうな面構えだぜ?」


  

 ガーバは美剣士のかざす銀狐の切っ先を見て

 「おー?何このおちびちゃん!やろうっての?

 このハンマーを見ろよ、頭から柄まで鋼鉄製だぜ?

 その吹いただけで折れそうな剣で大丈夫かぁ?

 あ、頭壊れてっから分かんないかー」



 鏡二郎が柳眉(りゅうび)をひそめ、袖で美しい顔の下半分を覆い


 「臭いな」


 ポツリと言った。



 ガーバはそこに聴覚器官があるのか、目の少し後ろに手をかざし

 「あぁ?なんだー?何が臭いって?」


 大きな頭を斜め上に小刻みに動かし、大きな鼻の穴でビュオビュオと辺りを嗅ぐ。


 が、煙の薫り以外は特に何も感じなかったので、また長い鼻面を美しい鏡二郎に向けた。


 鏡二郎は、その少し上向きの鱗の鼻先を指差し

 「分からんか?臭いのはお前の息だ。

 胃までむかむかするから、死ぬまで口を閉じておけ」


 ガーバはビュホーと鼻息を吹き

 「なんだとーー?!」


 ここで激昂(げきこう)し、襲って来るかと思いきや、ドズンとハンマーを下ろした。


 またビュオーと鼻から一息吸い込み、胸一杯に空気を溜め込むと大きな口を開け、  ハァー!とクリーム色の掌に自らの息を吐き掛け、すかさずそれを嗅ぐ。


 そしてワニ頭を傾げ、またハンマーを担ぐと

 「そーか?昼は人間の子供を三匹食っただけだし、特に変なものは喰ってねぇハズだがな?

 まぁ臭かろうが何だろうが良いじゃねーか。

 お前、今死ぬんだ、し!!」


 予告なしに、ゴオッ!と鋼の巨大ハンマーが鏡二郎に振り下ろされた。


 ドズン!!


  強烈な衝撃が大地を震わせる。


 だが、その破錠槌の下に美剣士はいなかった。

 まるで最初からそこにいたように、漂然(ひょうぜん)とガーバの真横に立っていた。


 その手の握る妖刀銀狐が、ドラム缶のようなハンマーに差し込まれた、ガーバが握る柄の上に乗っている。



 ガーバは下から上に瞬きし

 「おっ?早えーなお前。じゃ、これでどーだ!!」

 柄を握り直し、今度はアッパースイングで鏡二郎の頭部を潰しにかかる。

 ガーバの盛り上がった筋肉に、一気にエネルギーが注ぎ込まれるのが感じられた。


 ギリッ!!


 「アラッ?!!」


 ブオンと凄まじいスピードで後方に仰け反るガーバ。

 それは、フルスイングの空振りみたいに見えた。


 芝生にめり込んだハンマーのドラム缶ヘッドを置き忘れ、ガーバは巨体を空に伸ばし切り、バランスを崩し尻餅をつく。


 ドサッ「アダ!」


 腰を押さえ、辺りを見回す。


 ギャラリーのエンシェントリザードマン達が笑い転げる。


 「何やってんだよガーバ!」


 「力み過ぎてすっぽ抜けたか?!」


 ガーバは「おう、やっちまったぜ!」

 とは言わず、無言で芝生に胡座(あぐら)をかいたまま、うつむいている。


 笑っていたエンシェントリザードマン達が不信に思い、静まるまで約30秒。


 ガーバはまだ掌を見ている。

 「こ、これテメーがやった、のか?」


 力み過ぎてすっぽ抜けたのではなかった。その手にはしっかりとハンマーの柄が握られていたからだ。


 但し、柄だけだ。


 その先のドラム缶みたいなヘッドは鏡二郎の足元で芝生を潰している。


 ガーバが握っているのは先が切り落とされた鋼の棒でしかなかった。


 折れたのではない。

 その証拠に先の断面は研(みが)いたような綺麗な円を見せていた。



 鏡二郎は刀身を下段に構え

 「銀狐がまだ誉めてくれん。

 悪いが斬るぞ」


 「クソ!」

 多少混乱していたものの、そこは古代種族の戦士。

 即対応し、鋼の柄を鏡二郎の顔面に投擲(とうてき)しようと振りかぶるエンシェントリザードマン。

 

 そこに美剣士の目にも止まらぬ横一文字!

 鋼の棒が鏡二郎とすれ違い、夜空に消えた。


 ガーバはアンダースローフォームのまま固まった。


 数瞬後。

 

 ニチッ。


 不意にガーバのワニ頭の上部が前にずれ、下顎の上を滑りながらドサッと地に落ちた。


 草の上のガーバの瞳は一杯に見開かれ、鏡二郎を睨み上げているように見えた。


 直後、ガーバの喉の切断面から、夜空へ真っ赤な噴水が吹き上がる。



 「ぐぅおぉーーーー!!」

 血風吹きすさび、息を飲むような美剣士が獣のごとく遠吠える。


 それは残酷だが、ゾッとするほど美しい一枚の絵巻となった。 



 エンシェントリザードマン達は絶句。



 その沈黙にムラマサが拍手を響かせる。


 「よーし2号!お疲れさん!

 つーかなんつー切れ味だよそれ?!

 今さ、鉄切らなかった?てつー!


 ヌハハハハ!!それ高周波ブレードか!何にしてもスゲーな!

 いや、ふつーにスゲーよ!!」



 conan Mk-IIIも驚愕していた

 「いや最新型の高周波ブレードでもあれ程の切れ味は真似できまい……。

 振るうあの男の技量もあろうが、恐ろしい切れ味だ。


 ん?あのガンメタルの鞘、正か三種の神器、夫婦(めおと)銀狐では?いや、正か……」



 「何ー?!」


 「ガーバがやられた?!!」

 「バカな!!」


 リザードマン達は驚愕の事実をやっと理解し始めたようだ。



 アミトはエメラルドのような目を細め

 「何だ?何が起きた?」

 

 思わず立ち上がり

 「あの男が、単なる人間が戦士ガーバを倒したというのか?あ、有り得ん!」

 

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