6話 マルチはダメよ

 ズゴーン!!!


 三メートルはある巨人が、女領主リムの館の鉄門扉へ、巨大な破錠鎚(ハンマー)を振るっていた。



 轟音が鳴り響く度に、館全体が震える。


 猛烈な打撃で徐々に門扉の中心が凹み、変形してゆく。



 火花を散らすのは、ドラム缶の腹に柄を付けたような、無骨な形状の鋼のハンマー。

 一体何百キロあるのだろうか?


 それを振るう巨人は、文字どおり人間ではなかった。


 全身にクリームソーダのごとき、鮮やかな緑の鱗。

 それは、まるで油を塗ったかのように滑らかな光沢を放っていた。

 頭部は大きなワニを思わせた。


 銀色の部分鎧を胸部、腕に装備している。



 館は街の中央に位置していたが、周りの建物の多くからは火の手上がり、黄昏時を昼にしていた。


 街の住民等は方々で悲鳴を上げ、血にまみれ倒れ伏しているもの以外は狼狽、パニックの極みにあった。



 またも轟音。


 門扉を破らんと打ち叩くリザードマンを眺めるのは、同じくリザードマン達。


 衝突音が轟く度に

 「ギャハ!」と嬉しそうに黒い鉤爪の手を打った。


 その数ざっと30。


 やはり全員、鮮やかな緑鱗が炎にテラテラと輝いていた。

 多少の差異はあるものの、大方が三メートルを越えた巨体で、中央にトゲが直下(そそり)立った、太く長い尾を引きずっていた。



 その中でも一際大きな、赤い鱗が瓦礫の上に腰掛け、膝に肘をつき、破壊作業を静観していた。


 緑の者等とは異なり、その後頭部にはびっしりと、黒く長いホースのような剛毛が生えている。

 頭頂には鶏冠を(とさか)柱に左右に皮膜が広がり、それが王冠の様に見え、他のリザードマン達とは趣(おもむき)を異にしていた。


 また、単に体が大きいだけではなく、明らかに風格のような物を漂わせている。

 その佇(たたず)まいは、リザードマンと言うよりは、むしろドラゴンを思わせた。


 その鉤爪の足元で人の呻く声がする。

 

 そこには20名ほどの少女達が、後ろ手に縛られ、猿ぐつわを食(は)んでいた。



 「アミト様!鉄門を叩くより、窓や壁を破壊した方が早いのでは?」

 近くの緑鱗が赤い鱗に話し掛けた。



 アミトと呼ばれた赤いドラゴン擬(もど)きは、つまらなさそうに

 「いや、これでよい。音は恐怖と混乱を増大させる。覚えておけ。」

 去れとばかりに、黒い斑点の散らばった、グロテスクな赤鱗の腕を振るう。



 館の門扉前、破錠鎚のリザードマンが仲間の熱狂に手を振り

 「よーし!そろそろガーバ様の本気、見たいかー?!」

 陽気な声に仲間等は熱狂する。


 ガーバは、よしよしと仲間の声援にワニ頭でうなずき、鎚を握っていたクリーム色の掌を異常に長い紫の舌で舐め上げる。

 

 先の割れた舌先を、チュルルンと口内に納めたところで

 「お?」

 ガーバと名乗った破壊作業員のまぶたが、下から上へ瞬(まばた)き。



 ゴゴ、ゴ……。

 鉄門扉が唸る。内部から閂(かんぬき)が抜かれている様だ。



 ボ、ゴン!

 ガーバの凹ませた中心が鳴り、縦三メートル、横五メートルの門が両側に開く。



 アミトが肘をついたまま、ワニ頭を門扉へやる。

 騒いでいたリザードマン達も静かになる。



 館から出て来たのは。


 面倒臭そうに伸びをし、アクビで外を見回すムラマサ。


 腕組で仁王立ちのconan Mk-III。


 飄然(ひょうぜん)と立つ、美しい鏡二郎はガーバを眺め

 「これは驚いた。確かに人ではないな……。

 正しく妖怪、か。


 ハッ!これか!これが、こいつらの棟梁が狐神の言っていた俺の敵(かたき)なのだな?!」


 「そうか、俺は遂に宿命に辿(たど)り着いたのだな。」

 と無心でうなずく美剣士の隣に、トンガリ帽子のアイネ。


 後にはリム、カルマも見えた。



 ガーバが威嚇するように

 「やっと観念したか!さぁて、領主ってのはどいつだぁ?!」

 ワニの顔で一人一人の顔を見下ろす。



 リザードマンの声に、リムはビクッとしたが、ひきつった顔で意を決したように小さくうなずき、conan Mk-IIIの脇を抜け、前へ出た。



 「わ、私です!」

 街の惨状を見て目を剥く。


 「ひ、酷い!なぜこんな恐ろしい事をするのですか?!」

 恐怖よりも、怒りが前面に出た。



 ガーバはアゴの先のトゲをいじるのを止め 「なぜって?んー、特に魔王様から言われた訳でもねーし。なーんでだろ?」

 肩のハンマーを降ろし、腕を組んで斜め上を睨む。



 他の30匹もワニ頭を傾(かし)げ出す。


 「なぜ?」

 

 「そーいやぁ考えたことねーな。」


 「おう、なぜって聞かれるのに、なぜって聞き返してーよな。」

 ガヤガヤやりだす。



 赤いトカゲ王がアゴ肘を止め

 「皆聞け!俺が教えてやる!!

 お前達、人間を打ち倒したとき、どう感じる?

 俺は強い!俺はこの生き物より優れている!と実感し、心踊ったであろう?!


 それこそが蹂躙(じゅうりん)する者の悦びである!

 己の強さにただただ酔いしれ、耽溺(たんでき)する為に殺し、奪い、火を放つ、それが答えだ!」


 拳を掲げる赤い鱗は凄まじい声量で言ってのけた。



 リムが下唇を噛み締め、下げた両拳を震わせる

 「蹂躙?耽溺?

 ふ、ふざけないで!!」

 炎に照され、涙が輝いた。



 ムラマサがニヤニヤし

 「ヌハハハハ!中々面白いことゆーじゃねーか。

 おいコナン!こいつ等さ、アレだ。

 えーと……そ!カナヘビー星人だよな?」

 隣の赤いスポーツカーの光沢に答え合わせを求めた。



 conan Mk-IIIは

 「いや、似ているが別の生命体だな。

 まず体格が異なる、カナヘビー星人にこんなに大きな個体はいない。」

 どうでも良さそうに見解を述べた。



 ムラマサは黒革のハットを押さえ

 「あっそ。それにしても、爬虫類のクセに生意気にご高説をたれてくれんじゃねーか。


 んじゃそれでいけばさ、俺様お前等より強いから、その蹂躙ってやつ?

 やっちゃって良いってこったな?」

 リザードマンの群れへ向け、銀狼ではなく、指でバンとやった。



 「なに?!」×30

 玄関先に胡座(あぐら)をかいていたリザードマン達が揃って硬直。


 「ギャハハハハハ!!」

 ついで笑いが爆発した。


 「なーにを言ってんだコイツ?!

 人間が俺達に勝てるかよ?!」


 「勝てるとか以前に、まともに闘いにもなりゃしねぇよ!」


 リザードマン達は芝生(しばふ)をむしり、腹を抱え転げ回る。


 「ここ最近で一番笑ったかもな!」


 「確かに、笑いのセンスなら負けたかもしんねぇな!!」


 アヘアヘと尻尾を痙攣させる者もいる。



 赤い王アミトはニコリともしないで

 「下らん……もう蹂躙も飽きた!

 ガーバ!領主を捕らえろ!

 巣に帰る前に、今ここで腸(はらわた)から喰ってやる!」

 黒い鉤爪の指でリムを指した。


 

 「そんなことはさせないぞ!!」

 男の怒声が挙がった。


 アミトの斜め後方からだ。


 叫んだのは、

 プレートメイルの戦士ダイナス。



 アミトは頭の皮膜をバタパタと震わせ、ゆっくりと振り返る。

 「何だ、貴様等は?」



 魔法使いシェケムは、アチャーと顔を覆い

 「なんですか、ただのリザードマンではないですか。

 確か今回のクエストは、強大な魔王軍から美しい女領主を救う、では?」

 肩をすくめ、老僧侶エルダーを見る。



 エルダーも両手で杖を突き、宙を見上げ

 「いや、わしもそう聞いたが……。

 やれやれ、リザードマンとはのう。

 たとえ群れでもリザードマンはリザードマン。

 はるばる戦いに出向きましたなどと、恥ずかしゅうて誰にも話せんわい。

 モンスターランクなら、そら、さっきのオーガの方がまだましじゃったろ。

 

 ま、赤いのは珍しいがの。」

 老人は吐き捨てる様に言った。


 

 女盗賊ハミルは手を叩き

 「はいはいそこまでそこまで!

 クエストのランクが登録と違ってましたーなんて、よくあることでしょ?

 確かにリザードマンは酷すぎるけど。


 まー楽なら楽で良いじゃない?報酬は変わらないんだし!ね?!」

 褐色のハスキーヴォイスは、どこまでも明るかった。



 戦士ダイナスは、フェイスガードの内側で鼻を鳴らし

 「拍子抜けとはこの事か……。こんな田舎まで来てリザードマンとは。

 これでは剣の汚れ損だな。」

 タメ息と鞘(さや)鳴り。戦士は聖剣ジャハールを抜く。



 その輝き見て、リザードマン達に戦慄が走る。


 瞳孔全開でときめく美男子、独りあり。


 

 ワニ頭達は「何だコイツら?!やる気みたいだぜ!」

 立ち上がり、手槍、三ツ又、腰の蛮刀と、各々の得物を握った。


 「ん、む……。」

 鏡二郎は30もの武器群に勝手に上気した。


 

 リムは目を白黒させ

 「えっ?クエスト、ですって?」



 老執事カルマが白い頭を下げる。

 「申し訳ございません……。

 お嬢様に断りなく、此(こ)度の件、私が独断で冒険者ギルドにクエストとして登録しておりました。

 

 お嬢様が冒険者をお嫌いなのは百も承知でしたが。

 いつまで経っても召喚師は派遣されず、また、果たして召喚魔法で本当に勇者様が現れるものか、不安で不安で仕方がなかったのです…………。」

 お許し下さい、と頭を下げる。



 リムが猛然と

 「カルマ!」



 魔法使いシェケムがボブを掻き上げ

 「え?ちょっと待って下さい!

 正か、私達は勇者召喚の保険だったという事ですか?」



 女盗賊ハミルも

 「えー?マルチー?!

 ひっどーい!失礼しちゃうわね!!」

 褐色の頬を膨らませた。



 小柄な老僧侶も唖然とし、戦士は兜の中で何っ?と言う顔。



 モンスター被害が甚大(じんだい)な場合、都の行政に訴え、許可が下りれば王都魔法省に頼って、召喚師の派遣申請が出来る。

 それによって、異なる世界から戦士を喚ぶことは許されている。

 

 正に今回のカバンネがそうだ。


 だが、慢性的な戦力不足の昨今(さっこん)、同じモンスター討伐(とうばつ)を、更にギルドにクエストとして依頼登録することは、《マルチ》と呼ばれ、極めて非常識とされている。


 加えて、高ランクの冒険者には、そのランクの分だけのプライドがあった。



 ムラマサは片眉を上げ、異世界のやり取りを聞いていたが

 「おいコナン。何か、ちゃんとした正義のヒーローみてーなのが居るよーだぜ。

 あほらし。さっさと転送機探して帰ろうぜ?」


 conan Mk-IIIは腕を組んだまま

 「あぁ。だが、牧歌的なこの星に転送機があるとは思えん。

 それに基地との連絡がつかん今、救助申請も叶わん……さて、どうしたものか。

 

 この少女が行使したというマホウとかいう能力、確かに驚嘆に値するが、喚ぶことは得意でも還すことは出来ないという始末。」

 自らの置かれた状況を他人事の様に淡々と述べ、トンガリ帽子の召喚師アイネを見下ろした。



 赤鱗のアミトは、エメラルドのような目を細め

 「ほう、勇者召喚だと?バカな事を。

 召喚魔法とはまだまだ未発達な魔法の分野で、召喚師を名乗るのは、他にこれと言った能のない、どうしようもないクズが大方と聞く。

 運良く何者かを転移出来たとて、やって来るのは、どれもこれも似たり寄ったりの軟弱な人間ばかりで、戦いには全く使えんというではないか。」



 アイネはキョロキョロし

 「あれ?もしかしてー。

 ここ、私が怒るとこー?」


 だよね。

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