5話 ギルドの手練れ

 冒険者達一行は今宵の宿を探していた。


 長い影を引きずっているのは、プレートメイル(全身鎧)の戦士、ボブヘアーの痩せた魔術師、小柄な老僧侶。

 そして紅一点、若い女の盗賊と、少人数ながらもバランスのとれたパーティである。



 戦士はタワーシールド(体全体を覆うほどの盾)を軽々と持つ、190センチを越える巨漢で、全身を飾り気のない、鉛色の金属鎧で武装している。

 その顔は、兜のフェイスガードが降りているので見えない。


 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら大股で歩くので、その鉄の爪先の向こう、小さなトカゲが驚いて逃げた。


 「ギルドの紹介で来てはみたものの……カバンネ領とはこんなに田舎だったのか。」



 少し離れた魔術師は、ローブの襟を汗で濡らし、しんどそうに杖を頼りに歩いていた。


 「ダイナス、もう少しゆっくり行きませんか?

 あなたの歩幅は普通の人とは違うのだと、何度も言っているでしょう?」



 若い女盗賊は頭のターバンに付けた、鮮やかな七色鳥の羽根飾りをいじりながら

 「そうそ。エルダーも辛そうだよ。少し休憩する?」


 ハゲ頭を汗で光らせる老僧侶を見ながら、戦士に向かってハスキーな声を掛けた。



 エルダーと呼ばれた、髭の長い僧侶

 「いや、ハミル。もう少しでカバンネのはずじゃ、そこまでは何とか気張って歩こう。


 この老いた身に野宿はこたえるでな……はぁはぁ。」

 夕陽を見ながら額の汗を拭う。



 戦士ダイナスはフェイスガードをはね上げ 「全く、冒険者が冒険で疲れてちゃ話にならんぜ。」

 兜の中身は二十代らしき若者であった。


 「次からはランクじゃなくて年齢で選ぶか。」

金の前髪を鉄の人指しで払い、肩をすくめると鎧が鳴った。



 この《ランク》とは、冒険者がギルド(組合)に登録をする際、都のギルド審査員の設けた基準を以(もっ)て、

 剣術の腕、使える呪文、鍵の解錠や罠の回避能力、過去に倒したモンスター、

 達成したクエストなどを総合的に評価、判定され、

 職業別にその冒険者に付けられる段位のような物である。

 

 なお、一定期間で更新も必要である。



 やる気はあるが、実家を飛び出した、若いだけで、これといって何も出来ない者は、概(おおむ)ね、これの1に相当する。



 現在の最高ランク保持者は、通称ドラゴンキラー、ランク85の魔法戦士ゼータであり、王からの勅命で魔王城攻略に出ている。



 では、この街道を行く四人はどうか?

 

 戦士ダイナスがランク59。

 魔術師シェケムがランク58。

 老僧侶エルダー、ランク66。

 女盗賊ハミル55と、かなりの手練れの集合であった。


 特に戦士ダイナスは、先月のクエストで聖剣ジャハールを手に入れたので、次の更新でランクがはね上がる筈だ。



 このランクという物、それが50を越えた辺りから、その者がまずモンスターに狩られるという生物(いきもの)ではない、という名刺となる。



 一行は深い森を左に見ながら、レンガの街道を歩いていた。


 先頭を行くのは、女盗賊ハミル。

 得意の草笛を吹きながら、跳ねる様に歩く。


 盗賊は注意力に長けており、ハミルは人間にしては耳も目もかなり良く、夜目も利くからだ。



 不意にハミルの演奏が止む

 「え?街道沿いなのに?

 来るよ、オーガみたい。」

 


 その声に喚ばれるように、樹の陰からのっそりと、一本角のハゲ頭。

 石の斧を担いだ、一つ目の巨人が出て来た。


 筋骨隆々に獣の斑(まだら)皮を身につけ、手首には鎖を幾重にも巻いている。


 黄色い巨大な瞳で、5メートルも上からジロリと冒険者達を見下ろした。



 斧の刃の部分には黒い血と、髪の毛らしき物がこびりついているのが見える。


 オーガのしゃくれた大きな顎からは、すでにヨダレが滴(したた)り落ち、その首の人骨、頭蓋骨を繋(つな)げた歪(いびつ)なネックレスをヌラヌラと光らせた。


 どうやら今宵の夕食(ゆうげ)は四人に決めたようだ。



 魔術師シェケムは、それなりに整った顔をしかめ

 「流石は田舎。街道にまでオーガが醜悪な顔を覗かせるとは。


 やれやれ……日も暮れますし、逃げません?」

 面倒臭そうに言った。



 戦士ダイナスがフェイスガードをガチンと下ろし、手甲を引っ張るや

 「いや、金が要る。やっとこう。」



 この大陸には数多くの多種多様なモンスターが棲息するが、少しでも知能があるものからは皆、金品財宝を所持している。


 カラスと同じく、単に光を反射する物が、金の輝きが好きなもの。

 それから、金品を所持していると人間が寄ってくるのを知っているもの、だ。


 このオーガは、両方だった。



 ダイナスは大股を開くと、柄(つか)が夕日に金色に輝く、大剣ジャハールを抜いた。


 その鉄(くろがねの)刃にはルーン文字がびっしり刻まれている。



 魔術師シェケムは額を手で覆い、ハァとタメ息

 「ダイナス、だからあれほど博打はほどほどにと……。」

 

 ここで止めた。


 オーガが前傾姿勢をとったのだ。


 ダン!!

 地面が揺れた。


 大地にめり込むような、強烈な踏み込みからの石斧の無造作な一閃が、真上からダイナスを襲う。


 ドガン!


 ダイナスが後方に下がってかわす。


 石斧が草の大地を揺らし、子犬位なら二階まではね上げそうな、強大なエネルギーを解き放った。


 雑草と土砂が舞い、冒険者達が飛び退く。



 女盗賊「うわっ早い。こいつかなりやるよ。」

 黒い髪をなびかせ、革鎧はオーガから距離を取った。

 赤銅色の顔に戦意が差す。


 「怖い怖い。」

 そこに感嘆符はなく、腰のターコイズの穿たれた装飾ダガーを抜く。



 その女盗賊の横を、後方から眩(まばゆ)い塊が飛翔した。

 それは直径50センチほどの三つの火球。 矢のように飛び、オーガの懐に着弾、爆裂した。



 大巨人は咆哮。

 袈裟に着た、斑(まだら)の毛皮に炎が派手に燃え広がった。

 オーガは人語でない何かを叫びながら、斧の持つ反対、汚ならしく伸ばした不透明な爪の手で火を払う。



 女盗賊ハミルの後方で、茜色のボブを掻き上げ、成果にウットリとうなずく魔術師シェケム。



 続けとばかりに、老僧侶エルダーが右の手、その中指と人指し指を揃え、短い呪文を詠唱。


 直後、暴れるオーガの上半身、その輪郭がぶれ、サイのごとき灰色の分厚い皮膚が肩、二の腕と、鋭い刀剣によるかの様に斬れ、裂けてゆく。


 オーガのどす黒い鮮血が煙の様に宙に舞う。



 老僧侶エルダーは特に感慨もなく

 「わしゃ疲れとるというに。全く、無駄に風切りを使わせよる。」



 「えあー!」

 ここで、ダイナスの気合い一閃!

 体ごと聖剣ジャハールを回す。

 

 両手で裂けた肩を抱いた、がら空きのオーガのわき腹が切り裂かれ、その腰のベルトに吊るされていた革の巾着が飛び、金貨と銀貨が散らばった。


 肉を黒く焦がし、滝のように黒血を溢(こぼ)しながらよろけるオーガ。



 今度は女盗賊が、軽業師の様に背後からオーガの巨体を駆け登り、一抱えはありそうなオーガ首の後ろで、縦横十字にダガーを振るった。

 

 悪趣味な人骨ネックレスがズルッと地に落ちる。



 オーガは叫び、バシン!と蚊でも叩くように、自らの後ろ首を打ったが、女盗賊ハミルはすでにそこを蹴り、後方に回転しながら華麗に着地していた。



 指の間から、やはり黒血を噴かせながら、遠吠えを上げるオーガは、石斧を落とし、ついに仰向けに倒れた。


 大気まで揺らすような地響き、そして土煙が舞う。


 辺りの樹の鳥が「ギー!」と鳴き、一斉に飛び去った。



 オーガは唸りながら巨体をよじっていたが、直ぐに静かになった。



 流石は高ランクの冒険者達。

 正に水際(みずぎわ)立った戦い振りである。



 戦士ダイナスはジャハールの刀身を振って、黒い汚れを草の大地に散らした。


 

 女盗賊は地に撒かれた金貨等を拾いながら「大したことなかったね。うわ!これ人の歯だよ!ばっちい!」


 

 僧侶エルダーは

 「はぇー。埃をたておって、ゴホンゴホン!」

 蝿を追っ払うように手を振り、サンダルを真鍮の杖で叩(はた)く。



 魔術師シェケムは、ポッカリ開いたオーガの口から、先の丸い、黄ばんだ牙が剥き出しになっているのを眺め

 「直ぐに起き上がって来ますよ。

 ハミル、急いで下さい。」

 

 野兎の様に、軽やかに巨人の体の周りの金貨を拾う女盗賊へ喚起した。



 エルダー僧侶は夕陽を見ながら

 「日が落ち切る前にカバンネに着けば良いがのう……。」

 ヤギのように伸びた白い眉をくねらせた。


 「ほっ?あの狼煙(のろし)は?」 

 老僧侶は針葉樹の連なりの先に、オレンジの空へ数本、たなびく煙の搭を見付けた。



 その下が正しく、カバンネの街であった。

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