3話 銀の狐

 京都、四条河原。

月が川面を輝かせ、とても幻想的だ。



 顔に白粉(おしろい)の若い女が一人。


 しゃがんで、河原の小石を拾っては眺め、川へ投げていた。


「尖ったのは、これで全部かな?」


 そこに茣蓙(ござ)を敷き、月を眺める。



 「鏡二郎(きょうじろう)様、まだかなー?」

それは、愛しい者を待つ者の顔であった。



 巾着から紙の包みを出し、広げる。   

小さな草団子が五つ、並んでいる。



 「鏡二郎様ぁー。来ないなら食べちゃいますよー。」

寂しそうに呟いた。



 「いらん。」



 「ひゃっ!」

背後から急に声を掛けられ驚く。

危うく、包みを落としそうになる。



 「もうー!鏡二郎様!驚かさないで下さいよー!

あぁ驚いたぁ!」

真っ赤な紅の唇を尖らせ、着物の胸を撫で下ろす。


 「うふふ、達磨屋の団子です。お一つどうぞ。」

包みを差し出す。



 鏡二郎と呼ばれた男は、知らん顔で枯れ紅葉を見ていた。


 その横顔、これぞ正に美形。



 僅かに頬が痩(こ)けているが、所謂(いわゆる)男前、ではない。


 美しい者として、女の某(なにがし)を上げる者も多いが、真に美しいのは男だ。

と、認識を改めさせられるような、凄絶な美男がここにいた。



 ざんばら頭を真ん中で分け、黒い着流しに大小を差していた。


 「甘いものは嫌いだ。それより、客共から辻斬りの話は聞けたか?」



 女は、かぶりを振った。


 「いえ、目新しいものはとんと……。

噂通り、どれもこれも、女子供だけを好んで斬る、という物ばかりで。

どんな風体であるとか、そういったことは全く。

すみません……。」

うつむくと、申し訳なさそうに頭を垂れた。



 鏡二郎「いやお墨、手間を取らせ悪かったな。

 お前も当分、夜の仕事は止めておけ。」



 お墨は愛嬌のある笑顔を見せ、帯の辺りをポンと叩いた。

「大丈夫ですよ!ほれ、ちゃーんと。」

そこには懐刀が差してあった。



 鏡二郎はそれを見るやピシリ、額に縦一筋、シワを寄せた。


 よく見れば、組んだ腕の上になっていた色白の右手、その先が小刻みに震えている。



 川のせせらぐ音に消され、お墨には聞こえないが、その細腰の辺りからは、何やらカタカタと音がする。


 どうやら、音は太刀から聞こえるようだ。



 鏡二郎は左手で、痙攣する右手を押さえる。



 次の瞬間、不可思議な事が起きた。


 何と、鏡二郎の腰の太刀が、ひとりでにクン!と鯉口を切り、せり上がり、僅かに銀の刃を見せたのだ。


 鏡二郎は目を細め、素早く刀の柄を押さえる。



 女は白い顔を上げ

「明日も辻斬りの話、皆に聞いてみます。


 ふふ、鏡二郎様ったら、辻斬り、押し込み強盗、兵法者など、物騒な者ばかりお気になるのですね。


 鏡二郎様やっぱり面白い、あれ?怖い顔、どうなされました?」

心配気に、超絶なる美青年を見上げた。



 鏡二郎「いや、何でもない……。」

顔色は蒼白かった。


 「手間を取らせた駄賃に、甘酒でも買ってこよう。」



 お墨は飛んでもない、といった顔で手を振り

「いえ、御構い無くー!」



 鏡二郎は、既に橋へ向かっていた。


 歩きながら、痺れを抜くように右手を振る。

何とか震えは治まったようだ。





 鏡二郎は十年前、剣の修行の為、山に隠(こも)ったことがある。


 里のように、簡単には食い物は手に入らない。


 だが、それもまた修行の一環。

青大将、蛙、木の実、時には蝗(いなご)をも喰った。



 鏡二郎が、己の運命を知ることになったのは、そんな修行の最中(さなか)の、ある蒼い満月の夜だった。



 少年鏡二郎の腹は鳴り、全く寝付けず、木の皮でも煮込んでやるかと、寝泊まりをしていた小さな洞穴から出た。



 そこに、それは立っていた。



 雪のように白い、大きな狐だった。



 鏡二郎は固まった。


 それが烏帽子(えぼし)を被った、着物姿で二本足で立っていたからだ。



 美しい獣は、じっと鏡二郎を見ている。



 鏡二郎も、その大狐の瞳から目が離せなかった。



 大きな純白の狐と、目眩(めまい)のするような美少年。


 そこへ、不意に粉雪が舞い出し、蒔絵にでもしたいような、神秘的な一枚の絵となった。



 狐が獣の顔で笑った、ように見えた。


 「美しいお子だの。このような山奥で何をしておる?

ほむ、剣の修行か……。」



 「え?」

鏡二郎は驚いた。大狐に心を読まれたのだ。



 白い狐は何度かうなずき

「ほむ、ほむ。汝、貧しい家の出か……ほぅ、母者が侍の馬に引っ掻けられて……。


それは酷(むご)いのぉ。ほむ……ほほほ。」


 狐は笑い、品よく口元を扇で覆う。


 扇には、黒地に白で、五芒星が染め抜かれていた。



 鏡二郎は、その理知ある人のごとき仕草に、恐ろしさよりも強い嫌悪を覚えた。



 「おのれ妖怪!」

一気に間合いを詰め、抜刀。

逆袈裟に斬った。


 手応えは、なし。


 大狐は跳ぶようにではなく、滑るように、刃の届かぬ後方に移動していた。



 狐「ほむ、なんと血の気の多きことよ……。


 じゃがよいよい。畏れるより、斬ろうとするその意気やよし!


 んむ…………?


 そうか、ほほほ。汝は、その様な星の下に生まれたか……。


 あい分かった。

その太刀では足らんであろう、これ。」


 大狐は、何かに納得したようにうなずき、

扇を閉じ、「近うよれ」

手招きした。



 鏡二郎は、先程の狐の身のこなしを見て、これは敵わぬと観念し、突っ立っていた。


 心まで読むこの大狐は、もしや狐神様か?

少年は急に神妙な心持ちになった。


 素直に納刀し、大狐に歩いた。



 大狐「差し当たり今、切れ味だけなら……。

鮫丸、いや、銀狐か。


 ほ!銀は佳(よ)くない!やめやめ!あれは佳くない。」

思案顔らしきもので独り言。



 大狐は長い鼻の先を掻き、手を打つと

「ほむ、雪月だ。汝には名刀、雪月を授けよう。

由緒ありて佳い剣であるぞ。

これを以(も)て励み、精進せい!



 ほ?なぜ刀など授けるか、とな?


 ほほほ。

それはな、汝はこの先、魔王、いやこれでは分からぬな……。


 ほむ。汝はこれより先のある時期、妖怪の大棟梁(だいとうりょう)と戦をすることになる。


 汝には剣聖としての資質がある。

だが、まだ錬磨(れんま)が足らぬ、それから、太刀。


 ゆえに太刀を能(あた)えて遣わす。



 汝の不条理を忌む心、高みを欲する性、剣の資質、これら一揃いで星に選ばれたのよ。


 おのこに生まれついたなら、この世一の使い手、天下無双の剣豪を目指せ。」



 鏡二郎は、大狐の言葉のほとんどを理解できずにいた。

 

 だが、今日まで信じ、磨いて来た剣の才が確かに自分にある、と言われていることは理解した。


 美少年の顔は輝き、そして直ぐに曇った。


 

 狐「ほ? 佳くない、とは何ぞ、とな?


 ほほほ。

強さを求める汝、やはり気になるか。

ほむ、喰いつい喰いついた。


 ほほほ。

雪月より、比べ物にならぬほど斬れる太刀が、あるには、ある。


 じゃが、ちと佳くない癖がある。」



 少年鏡二郎は、求道者の険しい顔。



 「ふほほほほ。

それが良いと申すか?

ほむ。魔王相手なら、その方が佳かろう。


 じゃが癖が強いぞ?


 ふほほほほ。汝に、命を懸け捩じ(ねじ)伏せる覚悟は有るかや?


 ほむほむ…………ん、あい分かった。分かったと申しておる!


 ほむ!では汝に、三種の神器の一つ、銀狐(ぎんぎつね)を能える!

これより汝は、宇宙最強を目指し、不条理と邪を滅っせ!」




 はっ!


 洞穴の中、鏡二郎は寒さで目覚めた。

見ると、焚き火が消えている。


 飛び起き、洞穴から身を出す。



 月の光の下に、白い狐がいた。

今度のは、ただの珍しい狐だった。


 白狐は鏡二郎を見て、地面を嗅ぎ、林に跳んで消えた。



 「なんだ、夢か……。おかしな夢を見たな。

フフフ……これが狐に化かされるということか。

しかし最後の、うちゅう、とは何だ?


 フフフ……なんのことやら。」


 自嘲しながら洞穴に戻った。



 やれやれと、火を起こそうとしたとき

「はっ?!」

鏡二郎は息を飲んだ。



 寝床の筵(むしろ)の上、そこへ無造作に置かれた、漆黒の鞘の大小(太刀と脇差し)を見付けたのだ。



 誰だ!!


 月明かりしかない、暗い洞穴内で叫んだ。

しかし、狭い穴の中に人の気配はない。



 それでも動くものはないか、慎重に辺りを見回す。



 何も、誰も居ない。

そう答えを出した鏡二郎は火を起こし、炎にあたる。


 振り返り、喉を鳴らし、炎に煌(きら)めく太刀を取ろうと、ゆっくり手を伸ばす。


 もう触れる、というところで、慌てて手を退く。



 怪しすぎるのだ。


 山奥で、誰も居ない筈の洞穴。

そこに忽然と顕(あらわ)れた、美しい大小。

止めに、先程の夢だ



 鏡二郎は、半刻ほどそれを眺めていた、が。

「何を、ただの刀よ!」

気合いを入れ、黒鉄色の鞘を握った。



 クン、と鯉口を切る。

「あぁ……。」

鏡二郎は、美しい刃に一瞬で虜になった。


 スラリと抜刀し、八相から中段に構える。


 「うむむ……これは……凄い!」

銘のある剣など、全く縁のない鏡二郎であったが。

分かる!!これは凄まじい銘刀だ!!



 あれは夢ではなかったのか?

やはり、あれは狐神様か?


 確か、この太刀、銀狐といったか。

癖が強いとはどういう……。



       !!!!



 その時、全身に感じたことのない強烈な悪寒!

心の臓に、杭を打たれたかのごとき衝撃!

凄まじいおぞけが同時に押し寄せた。



 一瞬止まった心の臓が、今度は早鐘のごとき早さで打ち始め、突発的な吐き気、激しい目眩が来た。



 鏡二郎は膝から崩れ、思わず左の手をついた。


 天地も分からぬほどの目眩。

猛烈な不快感!

次いで、また吐き気。


 今すぐ太刀を投げ出し、転げ回りたいが、右の手が柄から離せない!!


 

 遂に鏡二郎は、白眼を剥いて気絶した。





 人の、気配がする。

      

 ?

  

 何者かが、鏡二郎の手を引っ張っているようだ。



 目を開け、ボヤける視界に映ってきたのは、男が二人。


 褌に胴鎧、髭は伸び放題、あちこち歯の抜けた痩せた男達だった。



 鏡二郎は飛び起きた。

「うあぁっ!」

背中と腰に痛みが走る。



 「おうっ!あぶねぇ!!」


 「こいつ、起きやがったぞ!」


 「だ、か、ら、先に殺っとこうって言ったんだよ!!」


 二人は言いながら、膝立ちの鏡二郎から距離を取る。



 二人は、のぶせり。

どうやら、鏡二郎の握った刀を奪おうとしていた様だ。



 「まだ寝起きだ、一気に殺っちまおうぜ!!」


 「おうっ!」

刃こぼれした刃を抜く二人。


 手は震えていない。

人を殺すのに慣れているようだ。



 鏡二郎は、まだ目眩と戦っていた。


 何日寝ていた?


 この者共は?


 体に力が入らん!


 喉が焼けるように渇く!


 矢継ぎ早に、纏まらない思考が頭蓋内を飛び交う。



 「うがぁ!!」


 左の肩に、火箸を突きつけられたような傷み。


 斬られた?!



 「首だよ首!首を狙え!めんどくせえ、なぁ!」

交代で、向かって右の、のぶせりが横殴りに刀を振るう。


 鏡二郎は反射的に刀で受け止めた。


  キン!!


 なんと、のぶせりの刃が折れた。


 もう一人が「おい!何やっとる?」



 背の高い方は手元を眺め

「折れた?拾い物でもそこそこの品、気に入っておったんだがのう……。


 ま、まだ脇差しがあるわい!」

短いのを抜いた。



 背の低いのが「なぁ?アンちゃんよぉ。

それ、くれよー。


 餓鬼にゃあ、もったいないくれぇの良い刀じゃねぇか。

売れば大層な銭になるぜ!なぁ?それ、俺にくれ、くれったらよぉ!!」

大上段から刃こぼれの太刀が来た!



 「ぐうっ!!」

鏡二郎はまた、咄嗟に刃で受け止める。



 キン!!



 またもや、のぶせりの太刀が折れた!!



 「ひっ!!」

背の低い方の、のぶせりが仰け反る。



 先に折られた、もう一人が

「また折れたぁ?!」



 その時、凄まじい吐き気が鏡二郎を襲う!胃の中は、もはや吐くものもなく、血を撒き散らす鏡二郎!!



 「うわわわわ!!」「きったねえ!!」

のぶせりが飛び退く。



 「あぁーーーー!!」

鏡二郎は白眼を剥き、獣の如く叫んだ。



 のぶせり二人が、鏡二郎の喀(かっ)血の量に驚く

 「なんじゃあ、こいつは?」


 「疾病(しっぺい)持ちか?」


 欲しがっていた、鏡二郎の刃は鮮血に染まった。



 「こいつ、労咳(ろうがい)か!」


 「もう刀は良いわ!あれでは売り物になりゃせん!!」



 膝立ちで、尚も叫ぶ鏡二郎を残し、逃げるように洞穴を出ていった。



 二人がすっかり見えなくなっても、鏡二郎は激しく痙攣し、獣の如く唸り、血泡を吹いていた。



 苦しいのではない。


 この時の鏡二郎には、正気を保てないほどの快感と、恐ろしいほどの多幸感が押し寄せていたのである。



 鏡二郎は四半刻も、死ぬほどの悦楽と戦った。

いや、ただ翻弄された。



 そして快感の波が引いた途端、後ろに倒れ、また気を失った。




 この妖刀銀狐は、狐神が言ったように、強烈な癖があった。


 

 それは二つ。


 まず1つが、闘う相手の敵意が強ければ強いほど、その切れ味が飛躍的に増す、という、剣士なら垂涎ものの性能。


 これは良い。

ハッキリ言って美点でしかない。


 問題なのは、残りのもうひとつだ。


 それというのは、この刀で闘い、敵を圧倒したとき、この妖刀銀狐は、まるで褒美を与えるかのように、持ち主にこの世の物ではないほどの、凄まじい快感を与えるのだ。


 正しく、妖刀。


 しかも、その快感と多幸感は、決して慣れたり、減じる事がないのだった。


 更に質の悪いことに、その快感は、敵が強ければ強いほどに飛躍的に大きくなるという、人間止めますか?人斬り止めますか?といった代物であった。



 唯一の救いと言えば、敵を圧倒するのに必ずしも流血や、その命を奪う必要はない、という点が、そうと言えなくもなかった。




 その後の鏡二郎は山を下り、戦があると聞けば、押されている方(かた)に勝手に推参。

 そのくせ、首級などには目もくれず、ひたすらに刀剣、槍を絶ちまくった。


 たちまち話題になる。


 何しろ、その毛のない男でもドキリとさせらるほどの凄まじい美少年。


 それが黒い旋風(つむじかぜ)の如く戦場を駆け、敵刃を受けても折る、振ってまた折るという。


 嘘か誠か、鉄砲玉すらその太刀で跳ね返すのを見たと言う者もいる。



 噂を聞きつけ、召し抱えようとする武将もいたが、鏡二郎は全て断った。 


 その武将が押す側になったら、今度はそこに攻め込みたいからだ。


 鏡二郎は、より強烈な敵意を浴び、己の強さと快感へと両替したいのだ。



 大狐が言った、妖怪の大棟梁がいつ現れるのか分からない。

 早く、一日も早く強くならねばならない。


 鏡二郎は戦のない時期は悪党、兵法者を探しては勝負を挑み、腕を磨き続けた。



 そして十年。




 丑三つに甘酒など買えはしない。


 お墨を斬る衝動を散らしに、場を離れた鏡二郎。

 夜道を少し歩き、四条河原に戻ってきた。



 橋の上から、お墨を見下ろす。

月明かりの河原に佇んでいたのは、お墨。


 と、頭巾に覆面の男達。

その数三人。


 なんと皆、白刃を抜き、そのうちの一人が、お墨の鼻面に突き付けている。



 間違いない!噂の辻斬りだ!



 「お墨!」

鏡二郎は、電光の如く駆けた。



 「何奴?!」

一番大柄な頭巾が叫んだ。



 鏡二郎は息一つ切らしていない。


「貴様らが、当節噂の辻斬りか?!」



 三人は御互いに見合わせ


 「見られたからには。」

 

 「斬るか……。」


 「おなご、わらしでなければ食指が伸びんが、まぁ致し方あるまい。


 ふふふ……草木も眠る丑三つ刻に、この様なとこにおったのが運の尽きよ。」



 三人は、まずは邪魔なのから、と。

お墨から鏡二郎に標的を代えた。


 すでに抜刀、月明かりに白刃が冴え渡る。



 「若造!いぬならいね!ここは四条河原ぞ!そのうち人が来る!」



 鏡二郎は、若い乙女なら気絶必至、凄まじく美しい氷の笑みを見せた。


 お墨は、すんでのところで堪(こら)えた。



 「探したぞ悪党共……。逃しは、せん。」

銀狐の頭を撫でる。



 「ぬっ!やるか?!」


 「随分と色男であるな。」


 「早う済ませましょうぞ!」


 頭巾等が、にじりより、足下の砂利が鳴る。

ギリ、ザリ、ガリリリリ……。



 「鏡二郎様!」

涙声で、お墨が叫ぶ。


 

 鏡二郎が頭巾等に駆けた。


 一閃!カッ!


 二閃!ガッ!


 三閃!キン!


 断たれた刃が三つ、夜空に舞う。


 「なに?」頭巾等は、それを見上げる。


 彼等の手の太刀に刀身はなく、ただ鍔と柄しか残っていなかった。


 「なっ?!」

驚愕し、己の右手を呆然と見るしかなかった。


 鏡二郎は目にも止まらぬ抜き打ちで、三人の刃を、その根元から切り落としたのである。


 

 しかし鋼の刃を、同じく鋼の刃でどうやって?

これが、妖刀銀狐の切れ味か?!



 鏡二郎は納刀。

この男、それだけで画になる。


 「命まで取る気はない。失せろ!」



 頭巾達は当惑、混乱の極みであったが

「ええい!!こんな馬鹿なことがあるか?!」


 「我らの剣、いずれも厚重ね、しかも銘のある物だぞ?!」



 鏡二郎が突然、前触れもなく

「ぐおぁーーーーあぁーーー!!」

獣の如く咆哮する。



 お墨は、ぎょっとし

「鏡二郎様!どこかお怪我でも?


 はっ!お、お体が?!」



 確かに、白眼を剥き、戦慄(わなな)く鏡二郎の体が輝いている。



 頭巾等は、桜色の輝きを手で遮り、たじろぐ

「ぬお?!!お、お主何者だ?」


 「よ、妖怪変化の類いか?!!」


 「ま、眩しい!!ひいっ!!」


 頭巾達は後退(じさ)り、脱兎のごとく遁走した。



 銀狐のもたらす、この世ならざる愉悦の嵐。

鏡二郎はそれにうち震えながら、自らの放つ猛烈な光に溶けてゆく。



 「鏡二郎様?!きゃあ!」お墨は、あまりの桜色の閃光に腰を抜かし、砂利に足を取られ、尻餅を突く。


 「いったぁーい!!」



 お墨は、祭の打ち上げ花火を、地上で目の当たりで見た気がした。


 「きゃあぁーー!!」





 「鏡二郎、様?」


気が付くと、美剣士は煙のように消えていた。

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