桜はまだ咲かないけれど
流々(るる)
思いで
七時に彼を起こす。
いつもと同じ、朝の日課なのだけれど、今日はいつもと少し違う朝だ。
桜の開花予想は今日だったはず。
でも、テレビのお天気コーナーでは「まだ蕾のままですね」と言っている。
そんな声を聴きながら、朝食をとっていた。
朝が弱い彼は、いつものように食べるのもゆっくり。
せめて、今日くらいはテキパキと動いて欲しいな。
と思いながらも、朝から怒るのはやめておこう。
体育館に入り、式典が始まった。
さっき挨拶してくれたあの子、たしか優希ちゃんと言ったっけ。
何度か家に遊びに来てたし、彼と仲がいいのだろうな。
二人が話をしている様子を見ているだけで、思わず微笑んでしまう。
あの頃を思い出して。
*
「お前、ドラキュラみたいな顔だよな」
「どうしてそんな風に言うの」
普段はおとなしい彼女が、大きな声で怒っていた。
「だってドラキュラみたいじゃん」
言い返せず涙ぐんでいる。
小さい頃に怪我をしたのか、彼女の鼻の左側には五センチほどの傷跡があった。 鼻に沿っているので一見分かりづらい。
けれど、それをドラキュラのようだと言っているらしい。
見かねて、止めに入った。
「ドラキュラになんて見えないぞ。もし自分がそんな風に言われたら嫌だろ」
五年生が終わる頃のことだったと思う。
間違いなく、あのことがきっかけで彼女と仲良くなった。
小学校で最後の一年はとても楽しい時間を過ごすことになる。
ヴァレンタインには、大きなハート形のチョコをもらった。
そして、迎えた三月。
あの日は何となく朝から落ち着かなかった。
もう、彼女と学校で会うことはなくなってしまうから。
彼女は私立の女子中に行くことが決まっていた。
今と違ってラインやメールもない時代。
手紙をやり取りする約束はしている。
それでも……
何か形に残るものを欲しかったのかもしれない。
式が終わり、体育館から校庭に場所を移して、友達との別れを惜しんでいた。
少しずつ人も減っていく中、帰らずに残っていた。
まだ、帰れない。
「一緒に写真撮ろっ」
先に、彼女から言われてしまった。
鉄棒の前に二人で並び、母に写真を撮ってもらう。
彼女のお母さんも写真を撮ってくれた。
いい笑顔で並んだ二人の写真は、今も思い出として持っている。
*
式が終わり、体育館から校庭に場所を移して、退場セレモニーが始まった。
それが終わると、あちらこちらで写真を撮っている。
優希ちゃんが彼を誘って写真を撮るようだ。
二人が並んで写った写真、彼はどんな思いで見るのだろう。
二人の写真を撮りながら、妻はどんな思いでいるのだろう。
息子の写真を撮り終わった、妻が言った。
「あの時を思い出すね」
もう今では傷跡もほとんど分からない、彼女の横顔がうれしそうだった。
桜はまだ咲かないけれど 流々(るる) @ballgag
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