3話 燃えるルビー 

アヤメは軽いステップで短剣を横にかわした。


 空振りしたオークは自分の力でバランスをくずし、つんのめってヨタヨタと数歩歩いた。

 

 ブヒーッと鼻息を鳴らし

 「速いなーコイツ。クソー!逃げんなってーの!」

 甲板を踏み鳴らす。


 もう一匹がその皮ベルトの肩を叩く

 「おい!お前、剣はどこへやった?」


 「剣?はぁ?!剣だってー?!お前、何を言ってんだ、よ?」

 オークは驚いた。

 自分の両手の先を見たが、今降り下ろしたはずの、サビのふいた短剣はそこにはなかった。


 「あれ?ない!俺の剣がないぞ?!」


 アヤメはヒュンヒュンとサビの短剣を回して

 「んー、見た目より重たいなー。

 でもヤッパリ全然手入れが足りないねー。こんなのじゃ大して切れないし、剣がかわいそうだよー。はい!」

 手ぶらのオークに返してやる。


 ヨシロウが黒髪の美少女を見上げ

 「ねぇアヤメ、もしかしてこの豚の人、アヤメの事、刺そうと思ったのかな?」


 アヤメは思わず吹き出し

 「プ!やだヨシロウ!あんな振りじゃ竹も切れないよー!剣を見せびらかしたかったんでしょー?」


 短剣を返されたオークは

 「あれ?これ俺の剣にそっくりだ。どうもありがとう」


 もう一匹がそれをのぞきこみ

 「良かったなー。剣をなくしてたとこにちょーど良いのもらったなー。大事にしろよ?」


 オークは短剣を太陽にかざして

 「うん、今度はなくさねー、よ!!」

 今度は横なぐりにアヤメを斬ろうと短剣を振った。


 オークはそのまま回転してグルグル回り、ドスンと尻餅をついた。


 「あだ!!あれー?!またよけたなー!」

 その目は血走ってきていた。



 アヤメはほほをふくらませ、指先でつまんだ短剣を振りながら

 「ちょっとー!もし当たったらこんな刃でも危ないよー!素振りなら違う所でやってよねー!」


 ヨシロウがアヤメのパジャマのすそを引っ張る

 「ねぇねぇ!ヤッパリこの豚の人、アヤメをねらってるよ!」


 アヤメはポカンとして

 「そーなのー?それにしては殺気みたいなのはなかったけどなー。

 じゃー、悩むより本人に聞いてみよー!

 あのーすみませーん」


 座りこんだオークはいら立ちをむき出して 「なんだ?」



 「ちょっとお聞きしますけどー、さっきからもしかしてだけど、私をおそってますー? そんなわけないですよね?違いますよねー?何かすみません」


 コラッという顔で黒い子熊を見下ろす。



 オークは船の甲板をなぐり

 「そーだよ!お前を殺して喰うんだよ!

 あれ?また剣がねえぞー?!」


 色白の和風美少女はウンウンうなずき

 「ゴメンねヨシロウ。ヨシロウ合ってたねー。

 ではお兄さん!」

 急に大きな声を出し、オークの鼻先を指差した。


 オークはそれにビクッとして

 「はい!て、なんだよ?!」


 アヤメは短剣の刃の先を持ち、オークに返してやりながら

 「お兄さんのさっきの振りは全力ですかー?」


 オークはキョトンとして

 「お?またくれんの?お前まさか武器屋の娘か?

 振り?あー本気で振ったぜー」


 もう一匹が鼻の金の輪っかを弾きながら  「この人間の女いいヤツだなー。

 ま、悪いヤツでも味は一緒だろうけどなー」



 アヤメは腕を組んで目を閉じ

 「えーと。それでは残念な事をお伝えしまーす」


 オークは短剣からアヤメにつぶらな目を向け

 「ざんねん?な、なんだよ?!」


 

 アヤメの真っ黒な瞳が、なぜか紅く輝いて見えた。

 「お兄さんの戦闘力では私には勝てません。

 ダメなところは、まずスピード、それから先の落とし所を考えていない体重移動、それと手首のひねりが出来ていないので、剣を刃のないただの棒のように振っているところ、後イケメンじゃないっぽいなど、あげればきりがないです。

 確かにただの力なら私より強いでしょう。でも今の段階では、日がくれるまで戦っても私には勝てません。

 それを人は馬鹿力と呼びます。

 お兄さんのお師匠様はどなたですか?私はこんなレベルの者に真剣を許可する気が知れません。

 以上です。

 これでも攻撃を続けますかー?」


 普段は天然系、和風美少女だが、戦いの事となるとキャラが変わってしまうアヤメであった。


 それは最強の忍を目指してかけあわされてきた遺伝子と忍一族の血のせいであった。



 オークはだらしなく口を開けて解説を聞いていたが、それが終わったのに気付くと、頭をかきながら

 「ちょっと何言ってっか意味が分からねえなー。

 俺はもっと簡単だ。

 俺はお前を殺して喰う!それだけ、だ!」

 立ち上がり、三度目の短剣攻撃。


 アヤメはまたもやかわし、潮風に長い黒髪がおどった。


 チャポン!


 オークは手を見つめ「あれ?また剣がね、」


 トスッ!


 影のように背後に回り込んだアヤメの手刀が、その首の後ろをとらえた。


 オークは「ブヒッ」

 一声鳴き、その場にくずれた。


 もう一匹の豚の頭がそれをうなずくように目で追う。


 「今分かったぞー!!お前がコイツの剣を取ってたんだな?!

 も、もしかしてお前、ちょっと強いのか?!」


 ヨシロウが和風美少女を見上げ

 「ちょっと強い、は違うよねー」


 アヤメはうなずき、タタンッ!と足を踏み鳴らし、腰に左手をやって右手でピースサインを横にし、美しい顔の左から右へゆっくりと横断させ、燃えるルビーの右の瞳にあて


 「自己紹介が遅れてゴメンね!

 私、阿也小路アヤメは史上、最、強、です!」

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