Episode33 Conflict -対立-

「…正気か?」


 薄暗い研究室の中で、男がそう呟く。

 背の高い初老の男だった。

 長く波打つ灰色の髪に、鋭い碧眼と鷲鼻。

 苦行僧のように眉間に刻まれたしわが、男の年齢を見誤らせている。

 男…「狂乱のアメルハウザー」ことディートハルト=アメルハウザーの視線を受け、壁に寄りかかっていた若者が頷く。

 こちらは二十代半ばぐらいの男だ。

 厭世的な雰囲気を発しながらも、整った顔立ちの中で赤銅色の瞳が炎のように燃えていた。


「正気だよ。出来るだろ、あんたなら」


「……」


 若者の言葉に、アメルハウザーは黙考した。


「興味深い上に、挑戦してみたい話ではある…だが、の分解が不許可ならば、事は容易ではないな」


「不許可だ」


 間髪入れずに若者が言う。


は、たった一体のみの“真正のリアル雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター”だ。それに、調整が終わればうちの隊の戦力になる」


彼女あれに化け物狩りを手伝わせる気か…物の価値が分からん奴め」


 アメルハウザーは鼻を鳴らした。


「彼女の詳細な構造を探ることが出来たら、果たしてどれだけの価値を生むと思う?錬金術アルケミーだけではない。魔術の歴史がごっそりと生まれ変わるやも知れんのだぞ」


「あんたら魔術師達の都合なんて知ったこっちゃないさ」


 若者は肩をすくめた。


「それに、彼女は古い知人から託されたものだ。勝手に分解バラされたら申し訳が立たねぇんだよ」


「義理堅いことだ」


 アメルハウザーは初めて薄く笑みを浮かべた。


「いいだろう。依頼を引き受けよう。だが、身体検査程度のチェックはさせてもらうぞ。それともう一つ」


 再び鋭い目つきをするアメルハウザー。


「しばらくの間、彼女を研究所ここで預かりたい」


「…おい」


 低い声になる若者に、アメルハウザーは首を横に振った。


「誤解するな。あくまで観察に留めるさ。私もまだ


 そう言うと、アメルハウザーは目を細めた。


「…で、どうなのかね?」


「いいだろう。俺の権限で、あんたを疑似主人マスターにしておく。その間はあんたの元で従順に動くだろう。けど…」


ボッ!


 不意に、若者の指先に紅の炎が生まれた。

 その灯りが、若者の端正な顔をよりはっきりとさせる。


 同時に。

 陰影が生まれたその顔には、炎の悪魔のごとき凶相が浮かび上がっていた。


「重ねて言っておくが、下手な真似は無用だ」


「…自重しよう」


 わずかに唾を飲み込むアメルハウザー。

 若者が自分の数十倍の時を生きる人外であることを今更ながら思い知らされたのだ。


「だが、手段はあるのかよ?今の口振りじゃあ、分解以外に選択肢がなさそうだが?」


「心配するな」


 アメルハウザーの目に、尋常ならざる狂喜の光が灯る。


「魔術結社“王の紋章キング久レスト”が所有する書庫には、私も把握していない叡智が眠っているという。それを頼ってみよう」


 呟くようにそう言うと、アメルハウザーは口角を釣り上げて笑った。


「もしかしたら…『Ωの棺原典』に巡り合えるやも知れぬからな」


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「冗談じゃないよ~!」


 驚愕した声を上げる六堂ろくどう 那津奈なづな錬金術師アルケミスト)。


「私にそんな役目を押し付けるの~!?」


 珍しく追及するような彼女の言い方にややイラついたように、作戦を打ち明けたアルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)が眉根を寄せる。


「しかし実際、方法としてはこれしかない。悪いが同行した自分を恨んでくれ」


「ええ~!?でも~!」


「こうしている間にも、彼女メアリーが僕達に忍び寄っているかも知れない。そして、次はリフトアップされるだけでは済まないかも知れないんだぞ?」


 言い聞かせるアルカーナに、那津奈がイヤイヤと首を振る。


「やだ~!!そんなの絶対に無理~!!」


「落ちついてください、プロフェッサー。アルカーナの言う通り、事は急を要します」


 激しく抵抗する那津奈に、そばにいたフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター)がなだめるように言う。


「このままでは、私達に打つ手はございません」


「や~!!絶対にいや~!!」


「那津奈、聞き分けてくれ!もう時間がないんだ…!」


「何度頼まれても嫌なものはいや~!!」


 ぶんぶんと駄々っ子のように首を振る那津奈を見て、アルカーナは意を決したように唇を噛み締めた。


「…では、仕方がない。これだけはやりたくなかったんだが…」


 その低い声音に、ハッとなるフランと那津奈。

 見れば、アルカーナの目に血のような赤光がみなぎり、その口元からは一対の牙が覗いている。

 それを見た那津奈が、一気に青ざめた。


「ちょ、ちょっと~!アルカーナ、もしかして…私の血を~…?」


「アルカーナ!いくら何でもその選択肢には問題が!」


 警告を発するフランチェスカを手で制し、アルカーナは吸血鬼の本性を剥き出しにしたまま、那津奈に近付いた。


「諦めたまえ、那津奈。そして、抵抗は勧めない」


 そう言うと、フッと笑うアルカーナ。


「安心したまえ、痛みなど一瞬さ。むしろ…」


 開かれたアルカーナの口腔に光る牙が、飢えを訴えかけるように鋭く変化する。


「この世ならざる快楽が待っているよ」


 笑うアルカーナの前に、フランチェスカが割って入った。

 それを見たアルカーナが歩みを止める。


「…何のつもりだい、フラン?」


「吸血行為の停止と作戦の変更を求めます」


 冷徹なその態度に、アルカーナの眼光が鋭さを増す。

 しかし、臆することなくフランチェスカは続けた。


「これは明らかに選択ミスです。いつもの冷静な貴女らしくありません」


「冷静な僕らしくない?いいや、僕は冷静だよ」


 アルカーナは冷たい視線のまま続けた。


「この旅の始まりにも、僕は誓ったはずだ。君を守り抜く、と。そのためには一刻も早く彼女メアリーを無力化し、君の総身点検メンテナンスを行うために、この調整器プロメテウスを掌握する以外にないんだ」


 そこで那津奈を見やるアルカーナ。


「心配しなくても、彼女を僕の傀儡しもべにすれば、調整器プロメテウスの操作を行わせることは可能だよ。それに何も吸血鬼にしようというわけではない」


「ですが…!」


「時間が無いんだよ、フラン」


 一瞬、元の優しげな声を発するアルカーナ。

 それに無言になるフランチェスカ。


「理解できたかい?なら、そこを退きたまえ」


「拒否します」


 はっきりと。

 そう述べるフランチェスカ。


 それに諦めたように首を横に振るアルカーナ。


「…そうか。実に残念だよ、お嬢さんフロイライン


 言うや否や。

 アルカーナは、稲妻のごとき速度でフランチェスカに襲いかかる。


「『吸血鬼対フランケンシュタイン』なぞ、B級映画もいいところだがやむを得ないね!」


「アルカーナ…!」


 咄嗟に身構えるフランチェスカ。

 そうして組み合おうとした瞬間、アルカーナの身体が白煙に包まれる。

 吸血鬼の持つ能力「霧化」だ。

 そうしてフランチェスカをやり過ごしたアルカーナは、那津奈の眼前で再び実体化した。


「!?」


「済まない、那津奈…!」


 アルカーナの牙が邪悪にきらめく。


「プロフェッサー…!!」


 即座に振り向き、背中を見せているアルカーナ目掛けて飛び掛かるフランチェスカ。

 その組まれた両拳に、バチバチと電流が走る。


 その直後、


「いまだ、フラン!」

「やっちゃえ~!」


 そんな声を残しつつ、アルカーナが那津奈を抱えて空中に飛翔する。

 数瞬遅れて、フランチェスカの両拳が床を打ち、周囲に凄まじい電流をまき散らした。


「あああああっ!?」


 同時にフランチェスカの背後で、悲鳴が上がる。

 振り向いたフランチェスカの視線の先で、空間からにじみ出るように現れたメアリー(人工生命体ホムンクルス)が倒れ伏す。

 仲間割れを起こしたと勘違いし、フランチェスカを狙って、忍び寄っていたのだろう。

 結果的に、アルカーナの立てたが、功を奏したのだ。


「やれやれ…即興で書いたシナリオだったけど、とりあえず成功したようだね」


「だね~!フランちゃんもお疲れさま~!いい演技だったよ~♡」


 上空で微笑んでくるアルカーナと那津奈。

 それにスカートの裾を摘まんで応えてから、床に横たわるメアリーへと視線落とすフランチェスカ。


「…今の放電より、の方が難易度が高かったです…」


 そう漏らすと、フランチェスカは、彼女にしては珍しい溜息を吐いたのだった。

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