Episode32 Invisible -透明人間-

  「人工生命体ホムンクルス」…それは錬金術アルケミーの技術の一端を用いることで産声うぶごえを上げる、自然の摂理から外れて誕生する存在である。

 表の歴史では、稀代の錬金術師アルケミストパラケルスス…テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムが唯一の成功を果たしたとされる人工生命体ホムンクルスの生成だが、裏の世界に身を置く「魔術師」は、おしなべてその生成には通じている。

 その中でも「錬金術師」は「創造クリエイション」に特に長けており、彼らの手で生成される人工生命体ホムンクルスの性能も自然と高いものとなる。

「天才錬金術師」と名高い六堂ろくどう 那津奈なづなも、当然その道には精通していた。

 実際、那津奈の研究所ラボには数体の人工生命体ホムンクルスが稼働し、彼女の身の回りの世話や施設の管理を行っている。

 驚くべきことに、彼らの外見から内面まで人間と大して変わらない。

 そこまで人間に近い人工生命体ホムンクルス魔動人形ゴーレムの生成が可能なのは、並みいる錬金術師の中でも、那津奈の他には彼女の師である“狂乱のアメルハウザー”くらいだろう。

 しかも、彼らが生成した人工生命体ホムンクルス達は総じて「生まれながらにして様々な知識を有する」という特殊性能を持っているのだ。

 普通の人間よりも多い知識を有し生まれてくる彼らは、教育を施すまでもなく完璧な自律活動を行う。


 それは彼らが揺りかごとするフラスコの中にいる時点から、外界のあらゆる情報を収集し、その身に蓄えているからと言われていた。


「さて、では始めましょうか」


 そう言うと、メアリー・フランケンシュタインは一同を見下ろしつつ、薄く笑った。

 その笑みに何かを察したアルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)が、わずかに顔を強張らせる。


「始める?フランチェスカの総身点検メンテナンスをかい?」


「残念だけどハズレ」


 そう言うと、片目をつぶるメアリー。


「でもまあ、フランチェスカお姉ちゃんをバラバラに解体する点では一緒かな」


「か、解体って~」


 那津奈が目を丸くする。


「そんな乱暴な総身点検メンテナンスなんて聞いたことないんだけど~!?」


「そうね。だから今から行うのは総身点検メンテナンスなんかじゃないわ」


 メアリーの目が鋭く光る。



 その言葉と共に調整器レギュレーター「プロメテウス」は低く鳴動する。

 同時にこれまでにないくらいの魔力が周囲に満ちた。

 その明らかな異変と敵意の奔出に、アルカーナが腰の細剣レイピアに手を掛ける。


「…一体どういうつもりかな、メアリー=フランケンシュタイン」


「どうもこうも、最初に名乗ったでしょ?」


 黄金の髪の毛を掻き上げつつ、メアリーが薄く笑う。


「私は“怪物を殺すモノアナザー・フランケンシュタイン”だって。なら、私がこれから何をするかもおのずと分かるはずよね?」


 それを聞くと、アルカーナは剣の柄を握り直した。


せないな…君の言葉を借りれば、君とフランは『姉妹同然の存在』なのだろう?なのに、何故君はフランを排除しようとするんだい?」


 そこまで言ってから、アルカーナは低い声で続けた。


「それとも…君の創造主アメルハウザーにでも命じられでもしたのかな?」


 その問いに、フランチェスカが僅かに身を震わせる。

 真の創造主ではなかったにしろ、アメルハウザーの元に身を寄せていた彼女にしてみれば、衝撃的な一言だった。

 だが、あり得ない話ではない。

 禁書「Ωオメガひつぎ」とフランチェスカに内蔵された「虚空の心臓ファクーム・ヘルツ」により、人工生命体ホムンクルス「メアリー・フランケンシュタイン」と調整器レギュレーター「プロメテウス」は完成した。

 となれば、他者にその技術が渡らないように禁書を封じ、フランチェスカオリジナルは処分するという発想がアメルハウザーに湧いても不思議ではない。

 現にメアリーはフランチェスカを指して「用済みになったゴミ」と言い放ったのである。


「さあて、どうかしらね」


 当のメアリーは、はぐらかすように両手を広げ、続けた。


「でも、それが『私の望み』であるのは間違いないわ」


「悪いけど、承服できないな」


 明確な害意を認識したアルカーナが、ついに細剣を抜く。


「僕は今回の旅でフランチェスカを守る誓いを立てた。その誓いに懸けて、君の行動は絶対に阻止させてもらう」


「見上げた騎士道精神ね…でも」


 不意に。

 メアリーの姿が一瞬で掻き消える。

 目を剥くアルカーナ達。


「また消えた~!?」


「…反応、完全に消失ロスト。物理的にも霊的にも補足できません」


「一体、どういうトリックなんだ!?」


「教えて欲しい?」


 間近で聞こえたその声に、身を強張らせるアルカーナ。

 そのすぐ背後にメアリーの姿があった。

 彼女は、アルカーナの耳元へ囁くように唇を寄せている。

 咄嗟にアルカーナが細剣を振うも、その切っ先は空を切った。


「あら、コワい」


 声が再びアルカーナの背後から響く。

 振り向くと、そこに悠然とたたずむメアリーがいた。

 目を見張るアルカーナ。


(馬鹿な…瞬間移動テレポーテーションでも使えるのか?)


 アルカーナが知る限り、そうした超能力を有する人工生命体ホムンクルスが存在するなど聞いたことがない。

 だが、そうとしか考えられないほど、メアリーの動きは不可解だった。

 吸血鬼であるアルカーナの超感覚も。

 電子・霊的に感知可能なフランチェスカの感覚器センサーも。

 多目的マルチプルな機能を有する那津奈の携帯端末タブレットも。

 メアリーの所作を察知できないのである。

 常識ではあり得ない事象だ。


「メアリー…君は一体何者だ?」


「ふふ…言ったでしょ?ただの人工生命体ホムンクルスよ」


 そう言うと、再度消失するメアリー。

 アルカーナ達が一斉に身構える中、産屋うぶやには低い鳴動のみが響き渡る。

 辺りを油断なく見回しながら、アルカーナは鋭く指示を飛ばした。


「…フラン、那津奈を挟むように僕と陣を組むんだ。そして、そのまま前方に注意しろ。那津奈は僕達二人の背後から目を離さないよう、走査スキャンし続けてくれ」


「了解しました」


「ハイな~」


 互いに身を寄せ合う三人。

 アルカーナは自らの全器官をフル動員した。

 吸血鬼の感覚器官や反射神経は、人間のそれをはるかに凌ぐ。

 本気になれば、どんな異変も即座に感知し、即座に反応することが可能だ。

 いかに禁書の落とし子であるメアリーでも、逃れることは容易ではないだろう。


 一方で、アルカーナには一抹の懸念があった。


 メアリーがいかなる術で身を隠しているのか分からないが、何故か魔力の発動は感知できないのである。

「姿隠しの術」は、古今東西の魔術や呪法に存在する。

 呪文や効果、触媒となる呪物は様々あるが、それらの術は往々にして何らかの魔力などの発動が起こるはずだ。

 しかし、メアリーの場合はそれが感じられない。

 ということは、何かしら別の方法で姿を隠しているとしか思えない。

 メアリーが姿を消す瞬間、呪文の詠唱などが無かったところを見ても、その可能性は非常に高いといえる。

 残された可能性としてアルカーナ自身が思いつくのは「超能力」に属する「瞬間移動テレポーテーション」である。

 だが、それにしてはメアリー自身が姿を消し、現れるまでのタイムラグに違和感を感じる。

瞬間移動テレポーテーション」ならば、その名の如く、消えた瞬間、別の場所に姿を現すはずだ。

 が、メアリーの場合は消えてから姿を現すまでのタイミングにズレがある。


(いずれにしろ、僕達三人の誰もが気配すら察知できないのは、異常ずぎる)


 アルカーナが思案していたその時である。


「うひゃあ~!?」


 突然、那津奈が素っ頓狂な声を上げた。

 振り返ったアルカーナ質の眼前で、那津奈の身体が仰向けで宙に浮いていた。

 まるで、見えない何かに持ち上げられているかのようだった。


「那津奈!?」


「お、降ろして~!」


 ジタバタともがく那津奈。

 が、その身体は浮遊したままだ。


「そこか!」


 神速の速さでアルカーナが細剣で突きを繰り出す。

 稲妻の如きそれは、那津奈の身体の真下の空間を貫いた。

 不可視となったメアリーが存在するとしたら、那津奈をリフトアップしていると踏んでのアクションだった。

 しかし…

 剣先には何の抵抗も生まれない。


(手応えが無い!?)


 目を剥くアルカーナ。

「姿隠しの術」は不可視化こそは可能でも、実体そのものまでは空虚には出来ない。

 言ってみれば、那津奈やアメルハウザーの研究所ラボの出入り口に施された「光学迷彩」に近い術だ。

 消えたように見えても「そこにいる(在る)」ことは歪めることは出来ないのである。

 姿を消したメアリーが、那津奈に何かしらの力を作用させているのは明白だ。

 が、その

 あり得ない現象だった。


「プロフェッサー、いま救助します」


 そう言いながら、フランチェスカがその鉄拳を振るい、浮遊したままの那津奈の真下を薙ぐ。

 が、結果はやはり空振りに終わってしまった。

 物理的には完全に干渉ができないとなると、非常に厄介な相手である。

 何故なら、姿も補足できないのだから、無暗に魔術の行使も出来ない。


「那津奈、何とか抵抗できないか!?」


「ふええ~!?そ、そんなこと言われても~…」


 アルカーナの呼び掛けに、困惑する那津奈。

 が、それも一瞬で、自分のベルトのバックルを指で押す。


「できちゃったりして~。ポチっとな」


 すると、那津奈がまとっている白衣に、青白い光が走る。

 同時に一瞬だが、那津奈をリフトアップするメアリーの影が床面に浮かんで消えた。

 そして、那津奈がの身体が重力に誘われて落下する。

 アルカーナは持ち前の反射神経を使い、それを受け止めた。


「怪我はないか!?」


「ふぃ~…助かったよ~、アルカーナ~」


 感謝の言葉を述べる那津奈に安堵しつつ、アルカーナは尋ねた。


「一体何をしたんだい?」


 すると、那津奈はお姫様抱っこされたまま、胸を張った。


「へへ~、この白衣に備わった防衛機構の一つさ~。ベルトのスイッチ一つでプラズマ電流を発生させ、触れた相手を感電させるんだ~」


 ギョッとなりつつ、アルカーナが腕の中の那津奈を見やった。


「さ、さすがは天才だ…でも、何故そんなものを仕込んだんだい?」


「吸血鬼とか夢魔とか、痴漢撃退用~♪」


「…今は、その用意周到さに敬服しておく」


 冷や汗と共に、とっとと那津奈を地に立たせるアルカーナ。

 何となくだが、一刻も早く那津奈から離れたい気分になったのだ。


「でも、今ので少~しメアリーちゃんのカラクリが見えてきたかな~」


 眼鏡を光らせつつ、薄く笑う那津奈。

 それに頷くアルカーナ。


「ああ。僕にも段々と見えてきたよ…の姿が」


 細剣を身構えつつ、アルカーナは続けた。


「しかし…一つだけ腑に落ちない事がある」


「な~に~?」


彼女メアリーは不可視だが、実体があるのは分かった。しかし何故、彼女は君に?こちらからはのに」


「ん~…憶測は幾つでも立てられるけど…」


 白衣を正してから、携帯端末タブレットを操作する那津奈。


「たぶん~…意図的に身体部位を限定し、位相ズレた空間に置いているのかも~」


 那津奈の仮説に、アルカーナが目を剥く。


「冗談だろう?じゃあ、彼女は二重の空間を行き来できると言うのかい!?」


「あくまでも仮説だけどね~」


 那津奈が指を立てて、講釈する。


「でもまあ、科学的には証明できるよ~。一部の“二重存在ドッペルゲンガー”との遭遇事例はその典型だしね~。あ、『フィラデルフィア事件』とかはいい失敗例だね~」


「…フラン?」


 傍らに立つ相棒の人造人間に手短に意見を求めるアルカーナ。

 それにフランチェスカが頷く。


「理論的には可能性は高いかと。また、電撃に対して怯んだ様子でしたので、こちらにも優位性が認められます」


「成程…上手くすれば、あの厄介な『隠れ蓑』を引きはがせるやも知れないという訳か」


 アルカーナはしばし黙考し、二人に囁いた。


「では、こういう作戦はどうかな…?」

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