Episode27 聖なる獣 -Holly Beast-
静かな
それは、まるで生命が打ち鳴らす心臓の鼓動のように、あり得ない音となって響き渡った。
それと共に、アルカーナ(
いや。
確かに影ではあるのだが、アルカーナの目には燐光を放っている姿がまざまざと見て取れた。
「…すげ~…」
手にした
天才
「マジで
そして、三人の前に獅子の尾を持った、大きな馬のような獣が姿を現した。
その純白の馬体は、極上の真珠すら凌ぐ白さと滑らかさを持ち。
首筋と長く伸びた足は、この世のどんな黄金よりも真なる美しさを有する金色の毛に彩られ。
高い知性をたたえたその紺色の眼は、穏やかな泉のような蒼さを秘め。
眉間から伸びた、剣のような一本の
「
永き時を生きてきた大貴族であるアルカーナも、思わずたじろぐ程の神々しさを放ちながら、純白の幻獣は三人の目の前で歩みを止めた。
目じりに指を当て、
「
「ふわわ~!んじゃあ、劣化してない『本物』の
興奮し、はしゃぐ那津奈。
アルカーナも驚きを隠さず
「私も長い時を存在してきたが…本物の
姿は白毛の馬に似ているが似て非なる生物で、獅子の尾を持ち、最大の特徴としてその額には一本の角を有する。
この角には「大いなる癒しの力」が宿っているとされ、水を浄化し、万毒を退け、更にはいかなる病にも効く特効薬になると考えられており、古くから多くの人間がこの角を追い求めた。
その穏やかな外見に似合わず、性格は獰猛かつ孤高。
決して人に慣れることは無く、近付く者は
また、捕らわれそうになると、自死を選ぶほどの高潔さを有するとされ、生け捕りにすることはほぼ不可能とされていた。
ついでに、その角の神秘の力は
Bururu…
順繰りに三人を見詰めてから、僅かに鼻を鳴らす
それにアルカーナが
「…逃げる様子もない。妙だな。彼らは非常に警戒心が強いと聞いていたが…」
「ふふ~ん。それは恐らく、私達が純潔を守っている清き乙女だからさぁ~♡」
何故か得意げにそう言う那津奈。
アルカーナは苦笑した。
「ああ。そうだった。
捕獲が極めて困難な
それが「処女の招き」である。
純潔を保った清らかな乙女に遭うと、荒ぶる
彼らのこの奇妙な習性が、どのような原因に基づくものなのかは諸説語られているものの、究明には至っていない。
「よ~し、おいで~♪いーこいーこしてあげるよ~♡」
そう言いながら、無防備に
ギョッとなったアルカーナが声を上げる。
「
「大丈夫、ダイジョーブ~」
のほほんとそう答えた瞬間、
ヴォン!
突然。
「…へ?」
目を点にする那津奈目掛けて、純白の幻獣は猛烈な勢いで突進し始めた…!
「うそ~!何で~!?私、ちゃんと
「那津奈!」
アルカーナが声を上げるが、既に
あわやといったその瞬間…
ガシッ!
突っ込んで来た
「お怪我はありませんか?プロフェッサー」
「…うん…ありがと、フランちゃん…」
鼻先数センチで制止した、鈍く光る
一方の
それに
「あなたの行動は、明確に敵対的なものであると判断しました」
角を掴んだフランチェスカの手が、ギシギシと軋みを上げた。
更に突進しようとする
Hihiiiiiiiiin…!
いななきにも似た声を上げる
「希少な幻獣相手に甚だ不本意ではありますが…」
そう言いながら、もう片方の手で、角を捕らえるフランチェスカ。
「排除させていただきます」
言うや否や、
プロレス技で言う、まさに「ジャイアントスイング」に似た動きである。
自らの数倍はあろうかという
その華奢な外見に似合わず、百万馬力を誇るフランチェスカは、巨大な船舶でも一人で持ち上げることが可能である。
自らの角を掴まれ、派手に振り回される…恐らく、誕生以来初めて体験に、さすがの
十数回に及ぶ回転の後、フランチェスカは手加減なしで
遠心力によりその純白の身体が面白いように飛んでいく。
「相変わらず、凄まじい腕力だ…」
普段、公私共に行動を共にしているアルカーナも、改めてフランチェスカの怪力を目の当たりにし、感嘆しつつ、そう呟く。
緩やかな放物線を描き、飛んでいく
そのまま地面に叩きつけられれば、さすがの幻獣も無事では済むまい。
しかし…
Bururu…!!
何と、宙を舞っていた
まるで猫のようなその柔軟な身のこなしに、那津奈が驚愕しつつ、
「すご~い!
「対象の周囲に、魔力の発動を確認しました」
一方のフランチェスカは、目尻に指を当てて、冷静に分析を行っている。
「推測は13,472通り考えられますが、最も可能性が高く、物理・魔術的に説明がつくものは、恐らく『慣性制御』ないしは『重力制御』に分類される魔術の発動によるものかと」
「『慣性制御』に『重力制御』だって!?そんな魔術など聞いたことが無いぞ…!」
アルカーナも声を上げた。
「まるで『Science《サイエンス》 Fiction《フィクション》』の世界じゃないか」
「まあ、竜族の『
興味津々と言った表情で那津奈が言う。
既存の魔術体系は、原始太古から構築された
しかし、人類の歴史の外に刻まれた、全く未知の魔術体系も実は存在するのである。
例えば「最強最古の種族」とされる
広大な海に一大帝国を築いていた「
他にも、高次的存在である
いま
「敵対行動を取られただけでも厄介なのに、この上、未知の魔術ときたか…これは想像以上に面白くない展開だな」
アルカーナがこめかみを軽く抑える。
フランチェスカに放り投げられたのが、余程気に障ったのだろう
見た限り、
「もっと面白くない
アルカーナは溜息を吐いた。
「聞きたくないが、聞かせてくれ」
「人間界には、
「…どういうことかな?」
訝しげな顔になるアルカーナに、那津奈は続けた。
「彼らのあの角には、強力な治癒や浄化の力があるってのは知ってるよね~?それは、いわゆる『聖遺物』や『聖水』といった『神の力』に起因する聖なるものに極めて近いんだよ~」
それにアルカーナが眉根を寄せる。
「理解したよ。つまり、あの角に触れるだけで、僕はかなりのダメージを被ることになるということか」
「肯定です」
横から、フランチェスカが加わった。
「彼らの生態にある『処女に気を許す』という部分についてですが、処女自体が『生命を宿す前の聖体』として考えられる故に、
「同じ聖なる存在として、気を許すということか…いや、道理で出会った時から、あの角を見る度に悪寒を感じるわけだ」
実際、不浄を嫌うという
処女であるにも関わらず、先程、那津奈に攻撃を仕掛けてきたのも、もしかすると、アルカーナの存在があったからかも知れない。
「なら、僕が責任を取るべきなんだろうな、これは」
その台詞にフランチェスカと那津奈が、思わずアルカーナを見やる。
「いやいや~、それは絶対分が悪いと思うよ~?」
「プロフェッサーの言う通りです。ここは私が…」
決闘に臨む騎士のように
「いや、フランチェスカは那津奈を守ってやってくれ。先程の得体の知れない魔術には、まだまだ奥行きがありそうだ。那津奈にそれを向けられて万が一の事があったら、僕がここに来た意味が無くなる」
「ここに来た意味…?」
問い掛けるフランチェスカに、アルカーナは微笑んだ。
「旅立ちの時に言っただろう?『純粋で可憐な姫君を守る
「…」
「僕は君の守護者として、君の
そう言うと、アルカーナの瞳が赤光を放ち始めた。
「さて…清き聖なる獣よ。神の祝福からは程遠い我が身だが、一矢なりとは報いさせてもらおうか」
Hihiiiiiiiiin!!
それを受け、まるでアルカーナの剣礼に呼応するように、角を高々と天に
アルカーナの口許から、笑みと共に鋭い犬歯が覗く。
「我が名はアルカーナ=D=ローゼス三世。偉大なる“D”の血統に連なる者なり」
張り詰める空気の中、アルカーナは告げた。
「
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