Episode26 Creation -創造-

―…開始スタート



 I behold the wretch - the miserable monster whom I had created.

(私はを見やった。私自身が創造した悲しき怪物を)



―機関各部チェック 異常なしオールグリーン



 Had I right, for my own benefit, to inflict this curse upon everlasting generations?

(自分の利益のためだけに、後世にまで、かようなを背負わせる権利が、この私にあるのだろうか…?)



―疑似生体機能チェック 異常なしオールグリーン



 It's alive! It's alive!

(生きてる、生きてる!)



―■■■■■■ 異常なしオールグリーン



 …Why did you create me…?

(……?)



稼働オペレーション



 開けた視界は、揺らめきの中にあった。


 ぼんやりと。

 全てが。

 不定形。


「成功だ…」


 遠い声が聞こえる。

 男の声だ。

 揺らめく視界の真正面に、一人の男の姿を認め、は茫洋となる意識を固定化するために脳を活性化させる。

 その効果は直に現れた。

 視界がはっきりとし始め、滲んでいた色彩も像を結んでいく。


 背の高い初老の男だった。

 波打つ灰色の長髪が背中に流れ、鷲鼻と鋭い碧眼が目を引く。

 顔には年齢にそぐわない深いしわが目立った。

 とりわけて深い、眉間に刻まれたそれは、まるで苦行に耐える僧侶のようだ。

 金の刺繍が施された、葡萄酒色ワインレッド長衣ローブがその身を包んでいる。

 そして、その手には漆黒の表装が施された、一冊の分厚い本があった。

 表紙には、金色の文字で「De quo locellum in Ω」…「Ωオメガひつぎ」とあった。


「…私の声が聞こえるか?」


 男が尋ねる。

 声には、まるで無機物に語り掛けるような固さがあった。

 しかし、は、その固い声の「分析」を行い、その問うところの「意味」を「理解」し「回答」を「考察」する。

 少し間をおいて、は小さく頷いて見せた。

 それに合わせて、特殊な調整液で満たされたシリンダー状の水槽の中に、小さなさざ波が起こる。

 それを認めると、男は僅かに目を細めた。


「反応がある…ということは、こちらの意思を汲むだけの知性も宿したか。我ながら恐ろしいな…いや」


 男が手元の本に目を落とす。


「誠に恐ろしいのは、に記された異界の知識か。よもや、これほどの完成度で生成が可能とは。さすが、禁書に指定されただけの事はある」


 そこに記されたものを封じるかのように、男は本を閉じた。


「聞け。そして、認識せよ」


 男は厳めしい表情のまま、一歩水槽へと近付いた。


「貴様を創造した主は、この私だ。その意味と事実を理解し、以後、私に服従せよ」


 コポン…との口元から、小さな泡が漏れ、浮き上がった。

 この世に生を受けて間もない器官が、何かを紡ごうとしたのだ。

 そして、僅かに唇が動く。

 男はそれを「肯定」を読み取った。


「それでいい。先人は生成の過程で過失ミスを犯したようだが、この私は違う。我が才とこの禁書の力で、遂に神の所業へと達したのだ」


 男は初めて、静かに微笑んだ。


「“真人の創造アイディール・ジェネレイト”へと…!」



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「フラン?」


 自分を覗き込むアルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)の紅瞳に、物思いに耽っていたフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)は僅かに顎を上げた。


「大丈夫かい?そろそろ、先に進もうと思うが…」


 ドイツは「黒い森シュヴァルツヴァルト」の一角にある古城。

 天才錬金術師アルケミスト六堂ろくどう 那津奈なづなの要請を受け、彼女の師である「狂乱のアメルハウザー」の研究施設であるこの古城にやって来た二人は、フランチェスカの総身点検メンテナンスという目的を果たべく、目下、古城の地下道を那津奈と共に探索中だった。

 途中、狗鬼コボルド達の迎撃を受けたものの、それ以降は特に戦闘も無く、現在、小休止の最中である。

 自分へと向けられた心配そうなアルカーナの表情に、フランチェスカは首肯した。


「問題ありません、アル」


 そうして、座り込んでいた身体を、地面から引き剥がし、立ち上がる。


「失礼しました。少し機能休止オフモード状態にあったようです」


「疲れているのなら、遠慮なく言いたまえ。総身点検メンテナンス前でもあるし、ここで無理は禁物だ」


 手を差し伸べるアルカーナに、フランチェスカは首を世に振った。


「大丈夫です。問題ありません」


 その手を取ること無く、いつもの無機質な声のまま応じるフランチェスカ。

 軽く衣服をはたき、身支度を整えると、目的の方向になる坑道トンネルの行く手を見据える。

 そこは暗視ナイトヴィジョン能力を持つ二人をしても、深淵の闇しか映らない。

 那津奈の話では、目的の研究施設まで徒歩で約半刻は掛かるとのことだった。


「現時刻はPM23:21…施設への到着は真夜中になりそうです」


「ああ。但し、順当に進むことが出来れば、だけどね」


 アルカーナも行く手の闇を見据える。

 先程出くわした狗鬼コボルド達の装備から、彼らが現世に残った怪物ではなく、異界…「幽世かくりょ」から訪れた可能性が高いことが判明している。

 低級な怪物である狗鬼コボルドが、自力で幽世の門を開けて、こちらの世界へやって来たとは考えづらい。

 ならば、考えられる推測は二つ。

 この古城の主であるアメルハウザー、もしくは別の何者かが、幽世の門を開き、彼らを召喚したということになる。

 そして、最悪の場合、門が開かれたままになっており、狗鬼コボルド以上に剣呑な怪物が迷い出て来ている可能性もある。


「那津奈、首尾はどうだい?」


 アルカーナがそう問い掛けると、二人からやや離れた場所で一心不乱に携帯用端末タブレットを操作していた那津奈が、くいっと眼鏡を押し上げつつ応えた。


「うん。今のところ、周囲に幽世の門と思われる異相空間の反応は無いね~」


 緊迫した状況下ではあるが、那津奈の喋り口調はいつもの脱力波長を含んでいる。

 彼女は幽世の門が開いていないか、一行の目となって、周辺を走査スキャンに専念していた。

 幽世の門の付近では、自然、強大な怪物に出会う確率が各段に跳ね上がる。

 故に、那津奈が行う走査スキャンは、一行の命運を握っている状況にあった。


「…でも、この端末でカバー出来るのはせいぜい半径500m程度だから~、正直あんまり気は抜けないね~」


「それでも無いよりはマシだな。引き続き、監視を頼む。僕とフランで前後を固めるから、安心してくれ」


「はいな~」


「空間干渉の異常ならば、ある程度は私の感覚器センサーでも感知は出来ると思います」


 そう言うフランチェスカに、アルカーナは頷いた。


「なら、前衛はフランに任せよう。僕は後衛を固める」


 行く手を見て、ふと、小さく溜息を吐くアルカーナ。


「やれやれ…長い夜になりそうだ」



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 そもそも「狂乱のアメルハウザー」は、どのような魔術師だったのか。

 那津奈の説明では、一言で言えば「変人」だという。

 が、概ね、魔術師という人種は、少なからず偏屈で変わり者が多い。

 その中でも、彼が何故「狂乱」などというお世辞にも褒められたものではない二つ名が与えられているのか。


師匠マスターは、神様になることを目指していたんだよね~」


 歩きながら携帯用端末タブレットをモニターしつつ、那津奈はそう言った。

 その後ろを歩きながら、アルカーナは眉をひそめた。


「神様だって?」


 那津奈は頷いた。


「そ~。師匠マスターはね~。魔術全般は並みの腕前だったけど、については神掛かっていた人なんだよね~」


「それは?」


創造クリエーションです」


 先頭を歩くフランチェスカが、そう言った。


は魔術師の中でも『錬金術師アルケミスト』に分類される魔術師でした。その『錬金術アルケミー』の中でも、物質の構造把握及び再構築を主とした『創造クリエーション』の道において、傑出した人物だったと聞いています」


「…」


「その独特の施術法により、彼は数々の魔動人形ゴーレム人工生命体ホムンクルスを生み出したそうです」


 フランチェスカは淀みなく続けた。


「一説によれば、その数は一個師団をゆうに超える数だったとか」


 アルカーナが目を丸くした。

 ちなみに、俗にいう「一個師団」は1万~2万人に値する。


「それは…まさに『狂乱』だな。彼は戦争でも始める気だったのかな?」


「ううん~。違うよ~」


 那津奈が首を横に振った。


師匠マスターはね~、きっと『』を追い続けていたんだと思うよ~」


 のんびりとした口調で、続ける那津奈。


「『理想の人間』の創造を夢見た、かのビクター・フランケンシュタインみたいにね~」


「ビクター・フランケンシュタイン…確か、ゴシックホラー小説の登場人物だったね」


「ううん~」


 再び首を横に振る那津奈。


「かの狂科学者マッドサイエンティストはね~、実在した人物だよ~」


 それにアルカーナが目を細める。


「実在した?ドクター・フランケンシュタインがかい?」


「うん~。ただし、その名前は違うけどね~」


 そう言いながら、那津奈は眼鏡を光らせた。


「確かに、小説のフランケンシュタイン博士はメアリー・シェリーが書いたフィクションだけどね~。そのモデルになった人物は、実在するんだよ~」


 そう言うと、那津奈は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アルカーナを肩越しに振り返った。


「君達、吸血鬼ヴァンパイアが崇める神祖『D』の正体が、あのヴラド・ツェペシュ公であると推測されるようにね~」


「その話はしたくないな」


 途端に、アルカーナの口調が剣呑なものになる。

 同時に、穏やかだった紅瞳が、爛々と輝きを増した。


「神祖の真名についての言及は、僕達吸血鬼にとってご法度タブーだ。君は分かっていると思うが」


 それに、少し舌を出す那津奈。


「てへへ~、ごめんごめん~。あわよくば『神祖の謎』が解けるかと思ったけど…やっぱ、簡単にはいかないか~」


 あまり悪びれることも無く、のほほんと笑う那津奈。

 アルカーナは漏れ出そうな鬼気を抑え、こめかみを揉んだ。


「那津奈。僕は、今後も君との友好な関係を維持したいと思う。だから、僕達一族の立ち入った部分には触れないでくれると有り難い」


「はいな~。ごめんよ~」


 アルカーナは再度嘆息した。

 本当に反省しているのか、怪しい口調だ。

 先程のカマかけも、恐らく純粋な知的好奇心からだろう。

 とはいえ、大貴族の一人であるアルカーナ相手に、吸血鬼達が秘する禁忌に踏み込むあたり、普通の胆力の持ち主ではない。

 『神祖の正体』については、相手が相手なら、即刻喉首を裂かれかねないくらいの内容なのだ。


「ともあれ、フランケンシュタイン博士の原型となった人物は実在するのさ~」


「名前は、ヨハン・コンラート・ディッペル」


 フランケンシュタインがおもむろに受け継ぐ。


「17世紀から18世紀にかけて、錬金術師・自然哲学者として名を残した、実在の人物です」


「錬金術師?」


「はい。彼はここドイツにある『フランケンシュタイン城』を拠点とし、数々の研究を執り行っていたとされています」


 アルカーナがハッとなる。


「まさか、その研究というのは…」


「詳細は分かりません」


 フランチェスカは、振り返ることなく続けた。


「ただ、彼はその研究の異端性を弾劾され、投獄されたとされています」


「異端性?それに、弾劾の末に投獄とは穏やかではないね」


「彼は解剖学に通じていたらしいよ~」


 那津奈が後を継いだ。


「何でも、噂では彼は死体泥棒を働いて、自らの研究に供していた…と言われているんだよ~」


 そう言うと、那津奈はニンマリ笑う。


「そう言えば、ビクター何某なにがしも、作中で同じことをしてたね~」


「『理想の人間』の完成か…」


 そこまで言ってから、アルカーナは何かに気付いたように顔を上げた。


「では、アメルハウザーも?」


 那津奈はゆっくり頷き、遠くを見る目で言った。


「詳しくは分からないけどね~。でも、師匠マスターはいつか必ず“真人の創造アイディール・ジェネレイト”を実現させるって、よく口にしてたっけ~」


 と、那津奈の足が止まる。

 ほぼ同時に、フランチェスカも歩を止めた。


「…どうしたんだい?」


 そう尋ね掛けたアルカーナも、一転、鋭い視線を行く手に向ける。


「二人に残念なお知らせで~す」


 那津奈がちっとも残念そうでない口調で告げた。


「前方300m前に、空間の断層を確認~。数値からしてほぼ確実に幽世の門だね~」


「付近に何かいるかい?」


 吸血鬼特有の超感覚を駆使しつつ、アルカーナがそう尋ねる。


「無いよ~。今はね~」


「それは『不幸中の幸い』だ。神に感謝しよう」


 吸血鬼にあるまじき台詞を吐きながら、腰の細剣レイピアに手を掛けつつ、アルカーナが続ける。


「よし、今のうちに…」


「大変申し訳ありません、アル」


 と、フランチェスカが指をゴキゴキと鳴らしながら、遮った。


「たった今、状況が『不幸中の不幸』になりました」


 すかさず、那津奈も声を上げる。


「感あり!これは…生体反応だね~!門から、何か這い出て来てるよ~!」


 アルカーナは天を仰いだ。


「やれやれ。魂の無い僕が感謝しても、所詮、主には届かない…か」


 そう嘆きつつ、一気に細剣レイピアを引き抜くアルカーナ。


「隊列変更だ。僕とフランで前衛を務める。那津奈は援護を」


 そう言うと、アルカーナはフランチェスカに並び立った。


「正体が分かるかい?」


「分析中です」


 そう言いながら、フランチェスカは目の端に指を当てた。


「目視できました。これは…」


 フランチェスカの口調が、僅かに震えた。


「…一角獣ユニコーン!?」

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