Episode21 Reunion, and… -再会、そして…-

 『来場者の皆様にお知らせします。間もなく閉館時間となります。館内にいらっしゃるお客様は、閉館時間を迎える前にご退出くださいますよう、お願い申し上げます…』


 柔らかな女性の声でアナウンスが入ると、頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)は、寝転がっていた館内のベンチの上で目を開いた。


「もう時間か」


 欠伸を噛み殺しつつ、帰路につく人波とは真逆の方向へ歩き出す。

 やがて、館内の奥にある企画展示室へと足を踏み入れた頼都は、大きな石棺の前で足を止めた。

 付近には、警備員もいない。

 一人きりの室内で、頼都は石棺に語り掛けた。


「出てきな、女王様」


 頼都の呼び掛けに応じるように、石棺が細かく振動し始める。

 そして、一瞬の後に、女王ネフェルティティ(幽霊ゴースト)がその姿を見せた。


『焰魔か。連日の護衛任務、まこと大儀じゃ』


 頼都は肩を竦めた。


「感謝はいいさ。どうせ、今日も大したことは何もしてねぇよ」


 幽世かくりょでの一件で、真犯人である狭間那さまなの死亡が確認された後、頼都達は「神代のアンク」と、その正当な所有者であるネフェルティティ(アクエンアテン)の力により、無事に現世へと帰ってきた。

 その後、紆余曲折はあったが、頼都達は「古代エジプトの企画展示が終わるまでは、日本アルヤパンに滞在する」というネフェルティティの宣言により、影から彼女(彼)の護衛役をすることになったのである。


『我らが宝物を通じ、後世の下賤共にファラオの威光を知らしめる良い機会じゃ。故に、この企画展示は必ず成功させてみせるぞ』


 日本へと渡航するという打算で、展示物に紛れ込んで来たネフェルティティだったが、古代エジプトをテーマとした今回の企画展示が連日の満員御礼であることに気を良くしたようだ。

 頼都達にしてみても「神代のアンク」を盗み出してした狭間那はいなくなったものの、そもそも彼女が単独犯であるという確証は得られず仕舞いだった。

 もしかしたら、彼女の協力者がすぐに動き始める可能性がある。

 ともすれば、来場者の前へ幽霊のまま、浮かれて躍り出そうな砂漠の女王を監視する必要もあったため、結局、頼都達は彼女(彼)の在日中、博物館の警護を行うことになってしまったのだった。


「企画展示も今日で終わりだ。特に異常もなかったし、今回の一件は、あの小娘の単独犯だったようだな」


『…果たしてそうかの』


 そういうネフェルティティに、頼都が目で問う。


『焰魔よ。そなたは、あの狭間那という小娘一人で、ここまでの事件を引き起こしたと…本当にそう思っておるのか?』


 頼都は無言だった。

 狭間那が語った、彼女自身の野望は本物だろう。

 その妄執もまた同じだ。

 が、頼都には腑に落ちない点が一つだけあった。


(あの小娘は、女王達が『神代のアンク』の所有者であることや、その墓所にアンクが隠されていることをどうやって知ったのか…そこが気になる)


 「神代のアンク」は、その価値や秘めた力から、秘宝中の秘宝とされる。

 故に、その所有者や隠し場所などは、裏の世界でも知る者はごく一部に限られている。

 狭間那が、その「ごく一部」から情報を得た可能性はあるが、提供された方だって、それなりの信憑性がなければ、食いつきはすまい。

 しかし、狭間那は狙いすましたようにネフェルティティらの墓所の発掘団に潜り込んでいた。

 そして、発掘団がアンクを掘り当てたのを見るや否や、彼らを皆殺しにしたのだ。

 ある程度の確実性がなければ、そんな周到な準備も行わなかったはずだ。

 そんな頼都の懸念を知ってか、ネフェルティティは、静かに告げた。


『アンクは、我が王、アクエンアテン自らが別の場所に封印した。まあ、今まで以上に見つかりにくい場所故、再び盗まれることは無いと思う』


「そう願いてぇな」


 薄く笑う頼都に、ネフェルティティは、しばし沈黙した後で言った。


『焰魔よ。此度の協力、誠に大儀である。感謝しよう』


 頼都は、ネフェルティティを見上げた。


「何だよ、急に改まって」


『あのアンクは、わらわと王の力の源でもある。万一失われれば、我らは現世に留まることも叶わず、滅んでいただろう』


 真摯な表情のネフェルティティに、頼都は無言のままだった。

 ネフェルティティは続けた。


『それだけの功績に、妾と王は厚く報いたいと思っておる』


「へぇ。褒美に、金銀財宝や絶世の美女でもくれるのか?」


『いいや。そなたが


 笑って茶化す頼都に、ネフェルティティは告げた。


『神代のアンクを手にした妾と王ならば、或いは?』


 頼都の笑いが消える。

 ネフェルティティは、その視線を受け止めたまま、囁くように言った。


『そなたは言っていたな?不老不死であるそなたを滅するには、アペプのような神の力を有するものではなければならないと』


「ああ」


『まかりなりにも、神代のアンクは『神の力』を有する…妾と王ならば、そなたを『永遠』という業苦から、解き放つことが出来るやも知れん』


「…」


 沈黙が部屋を支配した。

 二人の視線はぶつかり合ったままだ。

 やがて、


「有り難い話だが…遠慮しておく」


『…良いのか?これは、そうとない機会やも知れぬぞ?』


 ネフェルティティの問いに、頼都は背を向けた。


「俺は好きな時に燃え尽きたいだけだ。誰かに優しく吹き消されたい訳じゃねぇ」


 途中、一度だけ振り向くと、頼都は笑った。


「けど、その心遣い…あんたの言葉じゃねぇが、感謝するぜ。女王様」


『…』


「あばよ。いい旅を」


 片手を挙げた黒づくめの背中が、通路の彼方に消えていく。

 砂漠の女王は、静かに微笑んだ。


『魂まで炎か…やれ、難儀な事よ』


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数日後。

幽世にある「永夜の城館エバーナイト」にて。


『ふむ…我らが王宮には程遠いが、良い造りの館じゃな』


「は、はあ…どうも」


 永遠の夜の中に佇む城館シャトーの大広間に、黄金の棺へ腰かけたネフェルティティの姿があった。

 深紅の絨毯や、豪奢な洋灯吊シャンデリアを物珍しそうに見回す女王に、館の主であるミュカレ(魔女ウィッチ)が呆然と返す。

 その横では、目を丸くしたリュカ(人狼ウェアウルフ)と、顔を見合わせるフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター)とアルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)の姿があった。


『問題は湿度じゃな…のう、魔女よ。この城には密閉された部屋はあるか?可能ならば、出来る限り乾燥しておると良いのじゃが』


「ええと…確か、空いてる地下室があったよーな…」


『おお、地下か。そこでよい、早速案内いたせ。それとそこの下女』


 ネフェルティティが、立ち尽くしていたメイド姿のフランチェスカを指差す。


(『下女』って…私の事でしょうか?ミス・アルカーナ)


(そ、そのようだね、どうも)


 無表情ながらも、周囲にかすかな放電を飛ばすフランチェスカに小声でそう尋ねられ、アルカーナがは困ったように頷いた。

 が、そんな二人の戸惑いには耳も貸さず、女王は言った。


『妾は長旅で疲れておる。湯浴みの準備をいたせ。ああ、香油の準備も忘れるなよ?』


「善処したいのですが…失礼ながら、貴女は霊体では?」


『たわけ。気分の問題じゃ、気分の。霊体でも生前の記憶があれば、そうした行為もそれなりに楽しめるのじゃ』


 胸を張るネフェルティティ。

 フランチェスがぽつりと呟く


「それは…大変貴重な証言です」


「そうだね。何せ、死者直々のだからね」


 対処に困ったように、アルカーナが頬を掻く。

 その時、


「何だ、騒々しい」


 生欠伸を噛み殺しつつ、頼都が姿を見せた。


「Oh!大変よ、隊長キャプテンミー達のアジトに女王様がホームステイしに来たネー!」


 興奮したリュカが、ネフェルティティを指差す。


「まさに『寝耳にミミズ』ヨー!」


「…本当に入れてやろうか?ワン公」


 嫌すぎる想像を振り払うと、頼都はニンマリ笑うネフェルティティを見上げた。


「何しに来た?故郷エジプトなら、だいぶ方向が違うぜ?」


『そう、つれないことを言うでない、焰魔』


 腰掛けていた真新しい黄金の棺から降りると、ネフェルティティは頼都の目の前に滞空した。


『そなたへ借りを返すために、妾と王は、はるばる来てやったのだ。王族は受けた恩義を必ず返す故にな』


「恩義だぁ?」


 頼都は顔をしかめた。


「だから、そんなもんは要らねぇって…」


は無しじゃ』


「あん?」


『代わりに、妾と王がそなたの力となろう。大いに頼るがよい』


 凛然と宣言するネフェルティティに、頼都は鋭い視線を向けた。


「おい、言ってる意味が分かってんのか?勘違いしてるなら、今のうちに教えておいてやるが、俺達『Halloweenハロウィン Corpsコープス』の狩りしごとはお遊びとは違うぜ?」


『無論。妾と王も、遊興に身を費やすつもりなどない』


 ネフェルティティが挑発的に笑う。


『それより、感謝するがいい。大軍を蹴散らす『戦車チャリオット』の如く、妾と王は、いかなる戦場においても先陣を切って見せよう』


「大言壮語も結構だが…任務中は、俺の指示に従ってもらうぜ?」


『然様な心配も些事に過ぎぬ。何故なら、いずれそなたは、偉大なる妾と王の言葉を喜んで受け入れることになるだろうからな』


 しばし、見詰め合った後、頼都は溜息を吐いた。


「おい、痴女ビッチ。この女王様を部屋に案内してやれ」


「ちょっと!いいの、隊長キャップ!?」


 驚くミュカレに、頼都は言った。


「戦力が多いに越したことはない。上へは俺が話をつけるさ」


「…隊長キャップがそう言うなら」


 不承不承といった感じで、ミュカレが頷く。


「他の三人もいいな?多少、アクが強いが、腕前は俺が保証する」


 頼都の言葉を受け、リュカ達も頷いた。


「知らない顔ではないし、ミーはNo Problemネー!」


「フランチェスカと申します。以後お見知りおきを」


「アルカーナ=Dドラクル=ローゼス三世。宜しく、Her Majesty(女王陛下)」


 三者三様に挨拶をすると、ネフェルティティは大きく頷いた。


『うむ、苦しゅうないぞ。ふふ、妾が来たからには大船に乗ったつもりでいるがよい!』


 こうして。

 「Halloweenハロウィン Corpsコープス」に新入隊員が増えたのだった。

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