Episode22 Departure -旅立ち

総身点検オーバーホール?」


 大きな満月が浮かぶ常夜の世界。

 そこに佇む「永夜の城館エバーナイト」の自室で、頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)は、来室したフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)を見やった。

 古風なメイド姿の小柄な少女は、コクリと頷く。


「はい」


「そうか…もう、そんな時期か」


 長椅子に身を預け、煙草を咥えながら、頼都は窓の外を見やった。

 窓の外には、一面の花が咲き乱れる花畑が見えた。

 「月下美人クイーンオブナイト」と呼ばれる、夜にのみ咲く花だ。

 永劫の夜が続くこの世界…「幽世かくりょ」では、この城館シャトーの名前の通り、朝が来ない。

 日の光が差さないため、草花は枯れてしまいそうだが、現世のことわりから外れた法則で満たされたこの世界でも、美しい花や瑞々しい木々は存在した。

 フランチェスカが再び口を開く。


「なので、しばしの間、いとまを頂ければと思います」


 相変わらずの無表情のまま、感情のない声でそう告げるフランチェスカ。

 彼女は人造人間であるがゆえに、生来、感情表現に乏しい。

 とはいえ、完全なロボットというわけでもなく、時折だが、感情を覗かせることもある。

 頼都は椅子から身を起こすと、煙草を灰皿に置いた。


「いいだろう。余暇消化も兼ねて行ってこい。日頃から俺達の身の回りの世話をみてもらってるし、ここのところ働きづくめだったしな…で、いつ発つんだ?」


「明日の朝食後に」


 頼都は小柄な少女を見やった。


「早いな…送りは必要いるか?」


「足は確保してありますので、問題ありません」


「そうか」


「…」


「…」


 室内に沈黙が落ちる。

 無口な上、極めて事務的にしか話さないフランチェスカとの会話は、こうした風に途切れがちだ。

 軽く溜息を吐いてから、頼都は自分のデスクに近寄ると、その引き出しを開けた。

 中から、分厚い札束が取り出されるが、フランチェスカは驚いた様子もない。

 そのまま、札束を放り投げてよこす頼都。

 両手で受け止めてから、フランチェスカは尋ねた。


「これは?」


餞別せんべつだよ。あの狂科学者は甘いもの好きだ。途中で何か買っていってやれ」


 手の中の札束を見下ろしてから、フランチェスカは再び視線を頼都へと戻した。


「失礼ですが、これは隊長キャプテン所持金ポケットマネーでは?」


「そうだ」


 フランチェスカは、僅かに首を傾げた。


「では、頂く訳にはいきません」


「いいからもってけ。旅行中、邪魔になるもんでもないだろ」


「ですが…」


「これは|命令(オーダー)だ」


「了解です」


 直ちに姿勢を正すフランチェスカに、頼都は珍しく優し気な笑みを浮かべた。


「…どうせ、俺にはただの紙切れだ。釣りもらん。好きなように使え」


「了解です」


 一礼し、部屋を辞するフランチェスカ。

 閉じられたドアを見詰めたまま、頼都は軽く溜息を吐いた。

 感情表現に乏しいものの、曲者揃いの頼都の部下の中では、フランチェスカは常識がある方だ。

 が、世間慣れしているかと言えば、いささか気掛かりな部分はぬぐえない。

 良くも悪くも、フランチェスカには純真な部分がある。

 そのため「歩く桃色脳」とも評されるミュカレ(魔女ウィッチ)から悪影響を受けないよう、頼都も監視しているのが実情だ。


「…一応、保険はつけておくか」


---------------------------------------------------


 翌日。


 メイドとして諸々の業務をこなし、家主であるミュカレ(魔女ウィッチ)に諸事を引き継ぐと、フランチェスカは館の玄関を開けて、外へと出た。


「やあ。出立の準備は済んだようだね、お嬢さんフロイライン

 

「…サー・ドラクル?」


 フランチェスカの出立を待っていたかのように、アルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)が純白の薔薇を手に立っていた。

 いつもの夜会服に愛用の外套マント)姿である。

 唯一異なるのは、その足元にこれまた愛用の棺桶が置かれているところだろうか。


「このような場所で如何されましたか?」


「君を待っていたんだ」


「私を?何か御用がおありですか?」


「いや、君が欧州ヨーロッパに向かうと聞いてね。ちょうど、僕もそちらに用事があったので、同行させてもらおうかと思ったのさ」


 そう言うと、アルカーナはやわらかな微笑みを浮かべた。

 

「どうだろう?お許しいただけるかな?お嬢さんフロイライン


 美しい銀色の髪に、中性的な顔立ち。

 それが、人外の美しさとなれば、彼女が同性であっても、胸をときめかせる女性は多い。

 そして、その正体が吸血鬼だと知っても、陶酔のうちに、喜んで自らの喉を差し出すだろう。

 が、フランチェスカにはそうした感情が薄い。

 特に頬を染めるでもなく、少しの間、思案すると、


「私は構いませんが…」


「よし。ならば、決まりだね」


 笑いながら、アルカーナは白薔薇をフランチェスカに差し出した。


「白い薔薇の花言葉はご存知かな?」


「いえ。不勉強ですみません」


 すると、夜の貴族はウィンクし、告げた。


「『私はあなたに相応しい』…この場合は、道連れとして解釈してくれたまえ」


 薔薇を受け取りつつ、フランチェスカはコクリと頷いた。


「了解しました、サー・ドラクル。貴方とのお気遣いに感謝を」


 それを聞くと、アルカーナは一瞬驚いたような顔になり、苦笑した。


「気付いていたのかい?」


「はい。貴女に館を空けることはお伝えしましたが、行先は隊長キャプテン以外にはお伝えしておりませんので」


 アルカーナは嘆息した。


「しまった。僕のミスか。いや、気を悪くしないでくれ、お嬢さんフロイライン。頼都君は、君の事を信用しているけど、それ以上に君が可愛いのさ」


「…そうなのですか?」


「ああ。だから、君の護衛とエスコート役を僕に依頼してきた。だが、欧州に用事があるというのは本当だよ?領主として、たまには領地の様子も見に行かないとね」


 アルカーナは「神祖」と呼ばれる吸血鬼の王の血を引くれっきとした貴族である。

 そのため、自身の領地をあちこちに有し、時にその務めを果たすために「永夜の城館エバーナイト」を空けることもある。

 同時に、人間界でも数々の事業を運営し、その資産は莫大ともいわれているほどだ。

 つまり、名実ともに「富裕層セレブ」なのである。


「とはいえ、君を騙すような真似をしたのは事実だ。そこで、ここからは頼都君の依頼ではなく、神祖Dの血を受け継ぐ、アルカーナ=Dドラクル=ローゼス三世として、君にお願いしよう」


 そう言うと、アルカーナは片膝をつき、フランチェスカの手を取った。


「純粋で可憐な姫君を守る騎士ナイトとして、どうか、君の旅路に同行させて欲しい」


 まるでプロポーズのような光景だが、当のアルカーナは極めて真剣だ。

 それに、フランチェスカは動じることなく頷いた。


「分かりました。そこまで仰るのであれば、お願いいたします」


 それを聞き、アルカーナはフランチェスカの手の甲に、軽くキスをした。


「感謝するよ、お嬢さんフロイライン。このアルカーナ、誠心誠意、君を守ろう」


 まるで、過酷な探索行に赴く前の騎士のようだ…と思いつつ、フランチェスカは、やや遠慮がちに口を開いた。


「その…サー・ドラクル、私からもお願いがあるのですが…」


「君からお願いとは珍しいね。いいさ、何なりと」


「私の事は、皆と同じように『フラン』とお呼びください」


 そう言ってから、やや俯くフランチェスカ。


「…私は『お嬢さんフロイライン』などと呼ばれるような存在ではありません」


「…」


 その様子に、無言だったアルカーナはニッコリと笑った。


「承知した。姫君直々のお願いとあらば、聞かない訳にはいかないからね」


 そして、


「ならば、僕の事も『サー・ドラクル』ではなく『アルカーナ』と呼んでくれたまえ。その方が、釣り合うだろう?」


 その言葉に、フランチェスカはほんの少し、口元をほころばせた。


「分かりました。では、よろしくお願いします、アルカーナ」


「お安い御用さ。では、旅立ちだ。行こうか、フラン」


 そう言うと、吸血鬼は微笑みながら外套を翻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る