第四夜 Frankenstein's Dream
Episode22 Departure -旅立ち-
「
大きな満月が浮かぶ常夜の世界。
そこに佇む「
古風なメイド姿の小柄な少女は、コクリと頷く。
「はい」
「そうか…もう、そんな時期か」
長椅子に身を預け、煙草を咥えながら、頼都は窓の外を見やった。
窓の外には、一面の花が咲き乱れる花畑が見えた。
「
永劫の夜が続くこの世界…「
日の光が差さないため、草花は枯れてしまいそうだが、現世の
フランチェスカが再び口を開く。
「なので、しばしの間、
相変わらずの無表情のまま、感情のない声でそう告げるフランチェスカ。
彼女は人造人間であるがゆえに、生来、感情表現に乏しい。
とはいえ、完全なロボットというわけでもなく、時折だが、感情を覗かせることもある。
頼都は椅子から身を起こすと、煙草を灰皿に置いた。
「いいだろう。余暇消化も兼ねて行ってこい。日頃から俺達の身の回りの世話をみてもらってるし、ここのところ働きづくめだったしな…で、いつ発つんだ?」
「明日の朝食後に」
頼都は小柄な少女を見やった。
「早いな…送りは
「足は確保してありますので、問題ありません」
「そうか」
「…」
「…」
室内に沈黙が落ちる。
無口な上、極めて事務的にしか話さないフランチェスカとの会話は、こうした風に途切れがちだ。
軽く溜息を吐いてから、頼都は自分のデスクに近寄ると、その引き出しを開けた。
中から、分厚い札束が取り出されるが、フランチェスカは驚いた様子もない。
そのまま、札束を放り投げてよこす頼都。
両手で受け止めてから、フランチェスカは尋ねた。
「これは?」
「
手の中の札束を見下ろしてから、フランチェスカは再び視線を頼都へと戻した。
「失礼ですが、これは
「そうだ」
フランチェスカは、僅かに首を傾げた。
「では、頂く訳にはいきません」
「いいからもってけ。旅行中、邪魔になるもんでもないだろ」
「ですが…」
「これは|命令(オーダー)だ」
「了解です」
直ちに姿勢を正すフランチェスカに、頼都は珍しく優し気な笑みを浮かべた。
「…どうせ、俺にはただの紙切れだ。釣りも
「了解です」
一礼し、部屋を辞するフランチェスカ。
閉じられたドアを見詰めたまま、頼都は軽く溜息を吐いた。
感情表現に乏しいものの、曲者揃いの頼都の部下の中では、フランチェスカは常識がある方だ。
が、世間慣れしているかと言えば、いささか気掛かりな部分はぬぐえない。
良くも悪くも、フランチェスカには純真な部分がある。
そのため「歩く桃色脳」とも評されるミュカレ(
「…一応、保険はつけておくか」
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翌日。
メイドとして諸々の業務をこなし、家主であるミュカレ(
「やあ。出立の準備は済んだようだね、
「…サー・ドラクル?」
フランチェスカの出立を待っていたかのように、アルカーナ(
いつもの夜会服に愛用の
唯一異なるのは、その足元にこれまた愛用の棺桶が置かれているところだろうか。
「このような場所で如何されましたか?」
「君を待っていたんだ」
「私を?何か御用がおありですか?」
「いや、君が
そう言うと、アルカーナはやわらかな微笑みを浮かべた。
「どうだろう?お許しいただけるかな?
美しい銀色の髪に、中性的な顔立ち。
それが、人外の美しさとなれば、彼女が同性であっても、胸をときめかせる女性は多い。
そして、その正体が吸血鬼だと知っても、陶酔のうちに、喜んで自らの喉を差し出すだろう。
が、フランチェスカにはそうした感情が薄い。
特に頬を染めるでもなく、少しの間、思案すると、
「私は構いませんが…」
「よし。ならば、決まりだね」
笑いながら、アルカーナは白薔薇をフランチェスカに差し出した。
「白い薔薇の花言葉はご存知かな?」
「いえ。不勉強ですみません」
すると、夜の貴族はウィンクし、告げた。
「『私はあなたに相応しい』…この場合は、道連れとして解釈してくれたまえ」
薔薇を受け取りつつ、フランチェスカはコクリと頷いた。
「了解しました、サー・ドラクル。貴方と隊長のお気遣いに感謝を」
それを聞くと、アルカーナは一瞬驚いたような顔になり、苦笑した。
「気付いていたのかい?」
「はい。貴女に館を空けることはお伝えしましたが、行先は
アルカーナは嘆息した。
「しまった。僕のミスか。いや、気を悪くしないでくれ、
「…そうなのですか?」
「ああ。だから、君の護衛とエスコート役を僕に依頼してきた。だが、欧州に用事があるというのは本当だよ?領主として、たまには領地の様子も見に行かないとね」
アルカーナは「神祖」と呼ばれる吸血鬼の王の血を引くれっきとした貴族である。
そのため、自身の領地をあちこちに有し、時にその務めを果たすために「
同時に、人間界でも数々の事業を運営し、その資産は莫大ともいわれているほどだ。
つまり、名実ともに「
「とはいえ、君を騙すような真似をしたのは事実だ。そこで、ここからは頼都君の依頼ではなく、神祖Dの血を受け継ぐ、アルカーナ=
そう言うと、アルカーナは片膝をつき、フランチェスカの手を取った。
「純粋で可憐な姫君を守る
まるでプロポーズのような光景だが、当のアルカーナは極めて真剣だ。
それに、フランチェスカは動じることなく頷いた。
「分かりました。そこまで仰るのであれば、お願いいたします」
それを聞き、アルカーナはフランチェスカの手の甲に、軽くキスをした。
「感謝するよ、
まるで、過酷な探索行に赴く前の騎士のようだ…と思いつつ、フランチェスカは、やや遠慮がちに口を開いた。
「その…サー・ドラクル、私からもお願いがあるのですが…」
「君からお願いとは珍しいね。いいさ、何なりと」
「私の事は、皆と同じように『フラン』とお呼びください」
そう言ってから、やや俯くフランチェスカ。
「…私は『
「…」
その様子に、無言だったアルカーナはニッコリと笑った。
「承知した。姫君直々のお願いとあらば、聞かない訳にはいかないからね」
そして、
「ならば、僕の事も『サー・ドラクル』ではなく『アルカーナ』と呼んでくれたまえ。その方が、釣り合うだろう?」
その言葉に、フランチェスカはほんの少し、口元をほころばせた。
「分かりました。では、よろしくお願いします、アルカーナ」
「お安い御用さ。では、旅立ちだ。行こうか、フラン」
そう言うと、吸血鬼は微笑みながら外套を翻した。
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