Episode17 Evil God -邪神-
玄室内を、不気味な沈黙が支配していた。
「
そこに強制転移されたリュカ(
二人は、いずれも闇の世界に名を刻むの
積み重ねてきた歴史や能力も、そんじょそこらの怪物などとは比較にもならない存在だ。
しかし、いま二人の眼前に現れた漆黒の大蛇アペプは、そんな二人をも金縛りにするほどの殺気を放っていた。
邪神アペプ…その名は、古代エジプト神話に見ることが出来る。
「闇」と「混沌」の化身ともされ、その姿は、古代エジプトより畏怖された「蛇」として描かれることが多い。
アペプは、太陽神ラーによる太陽の運行を邪魔する「日蝕」を引き起こしたので、ラーにとって最大の敵とされた。
しかし、最終的には冥界に捕えられ、のちにその眼前を通る死者の魂を襲う存在になったといわれている。
それほどの存在である邪神が、何故この幽世に現れたのか?
聡明なミュカレをしても、まったく理解が出来なかった。
(確か、神話の時代にアペプを捕らえた
ミュカレ達を見下ろす
と、その口腔がおもむろに開かれる。
光が一切差し込まない暗黒の渦のような口内を目にした瞬間、ミュカレは叫んだ。
「リュカ、死ぬ気で避けなさい!!」
「What!?」
キョトンとなるリュカに、ミュカレは歯噛みした。
(ダメね、もう間に合わない!なら…!)
瞬間、アペプの口腔から、漆黒の闇が炎のように吐き出される。
「“Hagall Nied”!!(全き加護を我は求める)」
神速の速さで杖を振るい、呪文を詠唱するミュカレ。
すると、その眼前にルーン文字が展開し、二人を覆う虹のような陽炎が発生した。
漆黒の
空間が軋み、金切り音が響き渡る。
同時に、ミュカレ達を包むヴェールが激しく明滅した。
「んもう!やっぱりヒドイ威力ねん!
杖を構えたまま、ミュカレが防御魔術を維持しつつ、顔を歪めて毒づく。
咄嗟に身構えていたミュカレが、その様子に息を呑んだ。
「ミュカレ、この黒いのは一体…!?」
「“
「“虚無”!?」
繰り返すリュカに頷きながら、ミュカレは続けた。
「太陽神と敵対したアペプはね『闇』や『混沌』または『夜』の化身とされてるのよん。つまり万物を育む『光』や、この世を形作る『秩序』の反存在ねん」
ミュカレは、闇そのものが凝縮したようなアペプの巨体を睨んだ。
「神話や伝承にある『闇』と『混沌』に属する神々が有する
しばし、黙考してから、リュカは牙を剥きつつ、刀を抜いた。
「それはとんでもない
「…いまの、理解できたのん?」
気勢を上げるリュカに、ジト目になるミュカレ。
彼女は、リュカのこめかみに浮かぶ汗を見逃さなかった。
「オ、
ミュカレは嘆息した。
「あー、まー、もー、いいわん、それで」
そして、一転真剣な表情になって続けた。
「いずれにしろ、アペプの口の中を覗いた時、さっき食われたはずの小鬼達の残骸が、一つも見当たらなかったわん。たぶん、こいつに食われたり、闇の吐息に触れたら最後、跡形もなく原子分解されて消滅しちゃうと思うわん。だから、くれぐれも気を付けてねん…!」
「
と、そこでアペプが口を閉じる。
どうやら、闇の吐息が防がれたのを見て、攻勢を変えようというのだろう。
「次、来るわよん!出ておいで“
ミュカレが石畳で
それに腰掛けると同時に、ミュカレはリュカに呼びかけた。
「後ろ、乗って!早くん!」
「OK!」
リュカは、躊躇なくミュカレの箒の後部に跳躍した。
神業に近い体術を駆使する彼女にとっては、細い箒の柄の上に着地するなど、雑作もない。
二人を乗せたまま、音もなく高速で飛翔する箒。
その上で、二人はアペプが牙を閃かせて襲い掛かって来るのを目にした。
通常、蛇の攻撃速度は常人の目には止まらぬほど早い。
本来なら、先程の小鬼達のように、ひと呑みだろう。
しかし、それを完全に見切る目がここにあった。
「Hey!ミュカレ、右へ!」
鋭いリュカの声に、ミュカレは迷わず箒に思念を飛ばす。
それを受け、ヒラリと旋回する箒。
その巨大さにそぐわぬアペプの高速の牙を、二人は危なげなく回避した。
「次、上!その次は右…と見せかけて、もう一度左!」
矢継ぎ早に指示をするリュカの読み通り、アペプの牙は全て空を切った。
「やるわねん!さっすが“
巨体とはいえ、アペプの攻撃は、常人なら到底かわしきれる速度ではない。
だが、その圧倒的強さから、武芸者達の間で「幻の武術」と囁かれる古武術“無流”…その伝承者であるリュカ自身の力と、人狼特有の並外れた動体視力の前では、いかなアペプの牙も意味をなさない。
ミュカレの称賛に、リュカは、むっふんと胸を張る。
「All right!
「ホント、頼もしいわん♡それじゃあ、そろそろ…」
ミュカレの目が鋭く光る。
「トンズラするわよぉーん!」
急制動の後、転進する箒の上で、身構えていたリュカがずりコケつつ、慌ててバランスをとる。
「ホ、What!?ここで逃げるですカー!?」
抗議の声を上げるリュカに、ミュカレが肩を竦める。
「勿論よん。あんな規格外の化け物、相手にしてたら命がいくつあっても足りないわん」
「No!戦わずしての敵前逃亡は、士道不覚悟ヨー!いかなる相手でも、一矢報いることなく背を向けるのは賛同しかねマース!」
武士道かぶれの人狼娘には、一方的に攻撃されたのが余程悔しいようだ。
だが、ミュカレは、それに首を横に振った。
「悪いけど、喧嘩しようにも、そもそも力の次元が違い過ぎるのよん。アレと一戦交えるってことは、強いて言うなら、嵐や津波に素手で喧嘩を売るようなものよん」
「あ、あの真っ黒、そんなに強いですカー?」
「まかりなりにも、古代エジプトでは神様の一柱に数えられた存在よん?せめて、チーム全員が揃ってれば…」
「心配に
不意に。
深く威厳に満ちた男の声が響いた。
同時に、目映いばかりの数条の光の槍が、アペプの蛇体を刺し貫く。
“uuuuaaaaaaoo…!”
悠然と鎌首をもたげていたアペプが、苦悶の声を漏らした。
「邪悪なる『闇』の蛇よ。よもや、
再び響いた深い声に、目を見張った二人は、眼下に立つ二つの影に気付いた。
「あれは…」
「Wow!
リュカが大きく手を振ると、地上の影の一つ…
「よう、無事に生きてたか、ワン公に
「焰魔よ、再会の挨拶は後にせよ」
その傍らに立つもう一つの巨影…太陽帝アクエンアテン(
「この邪神を冥府に送り返す。下賤の手を借りるのは不本意なれど、事を急する事態である。特別に助力を許す」
「へいへい。仰せのままに」
表情の読めない黄金の仮面の
そんな二人を、アペプが深紅の目を燃え上がらせながら見下ろす。
頼都はヒュー、と口笛を吹いた。
「おやおや、大変だ。さっきので随分とお怒りのようだぜ?」
その横で、アクエンアテンが低く呪文を紡いだ。
「
呪文と共に、その頭上に光り輝く数本の
今しがた、アペプの体を貫いたものだ。
太陽の如き光芒を放つ投槍を従え、
「『夜』は日の光にて、終焉を迎える…今がその時なり」
“ooooooomm!”
咆哮と共に、アペプは再び闇の吐息を吐いた。
が、
「
アクエンアテンが呪文と共に両手を広げると、浮遊していた光の投槍が飛翔し、巨大な
そして、その間を目映い光の膜が覆う。
万物を原子の塵へと変える死の吐息は、その光の障壁によって遮られ、霧散していった。
「Wow!スゴイデース!アレを完全にShut Outしてるヨー!」
上空から地上に着地したリュカが、感嘆の声を上げる。
そこへ、
「お、お二人共、無事だったんですね…!」
振り返る二人の前に、おっかなびっくり
「Oh!狭間那サーン、貴女も無事だったんですネー!良かったデース!」
「え、ええ、何とか…」
引きつった笑みを浮かべる狭間那に、ミュカレがいたずらっぽく笑い掛ける。
「その様子だと随分楽しめたみたいね、幽世旅行♪どーお?貴女が全否定してた世界の姿は?」
狭間那は、それに膨れっ面でそっぽを向いた。
当初、頼都達を「胡散臭いオカルトマニア」と評していた彼女にしてみれば、博物館から続くこの幽世での出来事は、その価値観を覆されたに等しい。
クスリと笑ってから、ミュカレは、アクエンアテンとアペプの攻防へ再び目を向けた。
「なるほどん…さすがは『太陽帝』を名乗るだけはあるわねん。アペプとも相性がいいみたい」
「What?相性?」
「彼…アクエンアテン王は『太陽神ラー』と同一視された『アテン神』を厚く信奉した王様なのよん。それまで、多神教だったエジプト宗教は、彼の治世では、太陽神アテンを唯一神とした一神教に改宗されたわん。そして…」
太陽の如き光に包まれたアクエンアテンを見ながら、狭間那が後を継いだ。
「彼自身も、アテン神に並ぶ神とされ、民衆に信奉された」
「自分も神様に?」
驚くリュカに、ミュカレがは頷きつつウィンクする。
「さすが専門家ね、狭間那ちゃん」
そして、邪神と向かい合う
「相性っていうのはね、要は『五行相克』みたいなものよん」
「『ゴギョーソーコク』…確か『火は土に勝るけど、水には負ける』っていうアレですカー?」
「そ。神話や伝承で『太陽を司る神』と『太陽神に関連する血脈を有する者』なら『闇』の属性を持つアペプのような神様相手でも、互角以上に戦えるってわけ。さっき、アクエンアテン王自身が言った通り『光』は『闇』を駆逐できる唯一のものなのよん」
ミュカレの言葉通り、アペプの闇の吐息は、アクエンアテンが敷いた光の防壁を一向に突破できないでいる。
すると、効果が及ばないと見るや、アペプは再度鎌首をもたげた。
そして、巨大な虚無の口腔を開き、アクエンアテンを飲み込もうと襲い掛かる。
その前に、頼都が立ち塞がった。
「おっと、俺もいることを忘れてもらっちゃ困るぜ…
声と共に、指を鳴らすと、その右手が業火に包まれる。
見る者を畏怖させる紅蓮の炎に、アペプが僅かに怯んだように見えた。
「どうした?混沌の蛇さんよ」
薄く笑う頼都。
「地獄の炎なんざ珍しくもないだろう?お前さんが繋がれていた冥府なら、特にな」
“guuuuuooooooommm!”
その不遜な態度に激昂したように、アペプが吠える。
そして、漆黒の口腔から、再び闇の吐息が放たれた。
「十逢さん!」
狭間那が思わず悲鳴を上げる。
頼都は、既にアクエンアテンが敷いた光の壁の外にいた。
そして、その身体は一瞬で黒い奔流に飲み込まれた。
「あ、ああ…」
狭間那が声にならない声を上げる。
闇の奔流が収まった後、そこには頼都の姿はきれいに消滅していた。
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