Episode16 Encounter -遭遇-
頼都達が玄室で“
リュカ(
「う、ううん…」
混濁する意識を整えつつ、ミュカレが、何とも悩ましげな声を上げながら、ゆっくりと身を起こす。
「…やれやれ。強制転移なんて、随分と大仰な真似するわねん」
頭を振りながら、周囲の様子を確認するミュカレ。
彼女は知り得なかったが、そこは頼都達が転移した玄室と瓜二つの造りをした玄室だった。
(…見たことのない構造の建物ねん。様式も人間界のそれとは違うようだけれど…パッと見は古代の中央アジア…いえ、エジプトの遺跡に似てるかも)
そう分析しつつ、辺りを観察していたミュカレの目に、床に倒れ伏すリュカの姿が目に映った。
近付いて様子を見ると、特に外傷もない。
それどころか、大きな鼻ちょうちんが出ていた。
どうやら、完全に睡眠状態にあるようだ。
ミュカレは、リュカの胆力に半ば呆れつつ、その身体を揺すった。
「ちょっと、起きてよ、リュカ」
「うーん、もう食べられないヨー…でも、その上カルビは見過ごせないネー…」
だらしなく涎を垂らし、テンプレな寝ぼけ台詞をのたまうその姿に、さすがのミュカレも嘆息する。
「…ホント、どういう肝の据わり方してるのかしらん、この娘」
そう、一人ボヤいた時だった。
「…!」
不意に、付近に漂う何者かの気配を察し、ミュカレは自分の杖を手繰り寄せた。
気配は一つではない。
いくつもの気配が、玄室に近付きつつある。
「リュカ、起きて」
ミュカレは、再度リュカの身を揺すった。
しかし、
「みゅ~…
と、まだ寝言をほざき続ける人狼娘。
ミュカレは、少し思案した後に、リュカの耳元で低めの声で怒鳴った。
「敵襲!敵襲じゃあ!出会えい!者ども、出会え~い!」
その瞬間。
リュカはカッと目を見開き、腰の「
「Shit!討ち入りですカー!人の寝込みを襲うとは、卑怯センボンネー!」
と、キョロキョロと周囲を見回す。
「ハレレ?
不思議そうにそう尋ねてくるリュカに、ミュカレは苦笑した。
出会った頃から、侍や刀など、日本文化かぶれが激しい武士娘だったが、どうやら骨の髄まで染み込んでいるようだ。
「相手なら、今から来るわよん。寝起きだからって油断しないでねん」
そう言いながら、杖を振るい、呪文を唱えるミュカレ。
「…わお。いま
不敵に笑うミュカレに、ミュカレが尋ねる。
「What?相手は何なんですカー?新選組とカー?」
「ま、そこまで剣呑な連中ではないけど、いかんせん数が問題ねん」
「数?」
「ええ。ホラ、ご到着よん」
ミュカレが、玄室の出入り口を指差す。
見ると、そこから、わらわらと深い緑色の肌をした醜い姿の
矮躯で毛髪は無く、鋭く尖った耳に鷲鼻、大きく裂けた口。
黄色く濁った眼が周囲を油断なく見回している。
リュカが声を上げた。
「
「あら、まー。想像以上の数ねん」
そう呑気な声を上げるミュカレ。
“小鬼”とは、
伝承により異なるものの、概ね「狡猾で残虐、人に悪意を持つ」という点では共通している。
近年のサブカルチャーの中でも同種の性格を持ち、強大な力は持たないものの、旺盛な繁殖力を元に大群を成して人を襲う
見る限り、この幽世においても、その性質は同じようだ。
ミュカレの見立てでも、ゆうに百匹以上の群れが、この玄室に入り込もうとしている。
「§…☆‡λШ∬…!」
二人の存在に気付いた一匹の小鬼が、何事かを叫ぶ。
それを機に、ミュカレにも理解できない言語で、会話をする小鬼達。
リュカは、小声でミュカレに尋ねた。
「Hey、ミュカレ。連中が何を言ってるか分かルー?」
「さあ、ねん。全然分からないけど…」
話がまとまったのか、ミュカレの視線の先で、小鬼達が二人をじぃっと見詰めてくる。
そして、揃って涎を垂らしながら、下卑た笑みを浮かべた。
「…彼ら、相当飢えてるみたいねん」
この幽世に迷い込む人間は稀だろう。
故に、無力な人間の女性に見える二人は、小鬼達にとっては、最高のディナーに映ったに違いない。
「…そう言えば、私も
先程見ていた夢の余韻でもあるのか、腹を抑えるリュカ。
心なし、小鬼達を見る目が、飢えた狼の如く爛々としている。
ミュカレは、ギョッとなって言った。
「ひょっとして…
それに、リュカは舌なめずりをし、
「Yes!見てくれはマズそうだけど、肉には違いないデース。生はちょっとアレですが、焼けば案外イケるかモー」
リュカは人狼だ。
いわば、生まれながらのの
そして、怪物達の世界でも、弱肉強食の
ミュカレがぼやいた。
「小鬼の丸焼きかぁ…私は遠慮しとこうかしらん…おなか壊しそうだし」
「何事もChallengeヨー?
そう言いながら、抜刀するリュカに並ぶと、ミュカレは杖を振るった。
「じゃあ、私は
そう言い合いながら、不穏な空気を発し始める怪物娘二人組。
獲物をなぶり殺しにするつもりだった小鬼達が、それに気付き、気圧されたように動揺を浮かべた。
「先手必勝ネー!
抜刀した刀を正眼に構え、リュカが呼気を整える。
「
瞬間。
横薙ぎに一閃された刀の刃から、不可視の何かが放たれる。
それは居並ぶ小鬼達数匹を胴から真っ二つにした。
「無流」…選ばれた者だけに、口伝のみで伝えられる幻の古武術。
流派として一切の「型」は持たず、その神髄は「剣術」「体術」などの「武芸十八般」を基礎に、鍛え上げた心技体を相乗させ、技と成すところにある。
今しがたリュカが放った技も、通常の「居合術」を昇華させ、鞘走りと共に刃が真空を生み、離れた対象を斬殺する、まさに「不可視の刃」だった。
突然のことに、小鬼達が混乱し、騒ぎ始める中、ミュカレの詠唱が響く。
「sōwilō ūruz(太陽の牡牛よ)」
ミュカレが空中にルーン文字をを杖で描くと、そこから生じた炎の奔流が、小鬼達に襲い掛かった。
渦巻く炎の中、20匹ほどの小鬼達が黒焦げになって転がる。
「あちゃー、やっぱりこれじゃあ火力が強いか」
「ミュカレ、もっと
唇を尖らせるリュカに、ミュカレは軽く舌を出した。
「あはっ、ゴメンゴメン。次はもうちょっと上手くやるわん☆」
そんな怪物娘達のやり取りを理解したのかは分からないが、小鬼達は一斉に怯えだす。
無力な人間の娘かと思ったが、ここに至り、彼らもとんでもない相手に喧嘩を売ろうとしたことに気付いたのだ。
「θ×★ь≦…!?」
「#@%…!Σ&<…!!」
負傷した仲間を見捨てて、我先に背を向けて逃げ出す小鬼達。
だが、玄室の入り口に殺到し過ぎたせいで、押し合いへし合いになる。
「あらら…ちょっと脅かし過ぎちゃったかしらん」
「No、あれじゃあ上手く捌くの難しいヨー」
さすがに、混乱する小鬼達の群れに飛び込む気はないのか、リュカが不服そうにぼやく。
その時だった。
バクン…!!
突然。
玄室の入り口から、巨大な蛇の頭が覗く。
それは、混乱状態にあった小鬼達をほぼ一呑みで食い尽くした。
「What!?」
「えっ…!?」
リュカとミュカレも思わず目を剥いた。
唐突に出現したのもそうだが、大蛇の大きさも尋常ではない。
頭だけの大きさから推測するに、恐らく全長20メートルは下らないだろう。
おおよそ自然界には存在しえない巨大さだ。
そんな大蛇が、一瞬で50匹以上の小鬼達を一気に食い尽くしたのだ。
まさに悪夢のような光景だった。
「ミュ、ミュカレ…何アレ…?」
息を呑みつつ、そうミュカレに尋ねるリュカ。
「…」
一方、ミュカレはそれに答えることが出来なかった。
突然の出来事であることもそうだが、何より、闇そのものを思わせるその漆黒の巨体に、覚えがあったからだ。
ミュカレは、これまで知り得た知識や情報を脳内に貯蔵し、任意で引き出せる能力を持っている。
その収められた膨大な知識の一片が、目の前の黒い大蛇の正体を明らかにした。
動かない二人の姿を捉えたのか、大蛇が動き始める。
遮るものも無くなった玄室の入り口から、ズルリ…ズルリ…と室内に入り込んで来る。
玄室を埋め尽くさんばかりのその巨大さに、二人は瞠目した。
ふと、ミュカレが呟く。
「邪神アペプ…」
「えっ?」
ミュカレを見やるリュカ。
その視線の先で、稀代の魔女は珍しく驚愕の表情を浮かべ、目を見開いていた。
「古代エジプトに伝わる、闇と混沌を象徴する邪神…そんな馬鹿な…!冥界に囚われている筈の彼が、何故こんな所に…!?」
畏怖と戦慄に彩られた魔女の声。
リュカが記憶する限り、ミュカレのそんな声を耳にしたのは初めてだった
そして。
明らかに知識を宿した眼で、漆黒の大蛇…邪神アペプは二人を見下ろしていた。
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