Episode12 Queen -女王-

 頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)、リュカ(人狼ウェアウルフ)、ミュカレ(魔女ウィッチ)、そして狭間那さまなが見詰める先で、異変は生じた。

 古代エジプトの遺産の数々が並ぶ企画展示室。

 “騒霊ポルターガイスト”現象のように鳴動する史料の中心には、一つのひつぎが浮遊している。

 狭間那は、目を見張った。


「あれは…女王ネフェルティティの棺…!」


 その言葉に、ミュカレが目を細める。


(ふぅん。


 見守る一同の視線の先で、棺の上に、白いおぼろげな影が形を成しつつあった。

 頼都が呟く。


「お出ましか」


『やれ騒々しいのう。我が眠りに水を差すのは何者じゃ…?』


 空気を震わせる…というよりは、脳裏に直接響いたという感じで、女の声が響く。

 一同の目の前で、白い影は一人の女性の形となり、頼都達を見下ろした。

 年齢は二十代前半と言ったところが。

 深い夜空のような黒髪。

 目じりには、青の染料で彩られたアイライン。

 そこにはエキゾチックな褐色の肌の美しい女性の姿があった。

 たなびく白い鞘型シーズドレスと、コブラを模した黄金の額冠が高貴な雰囲気を放っている。

 身につけた黄金の首飾りや腕輪からして、相当な身分であることが伺い知れた。


 女王ネフェルティティ…古代エジプト第18王朝のファラオ、アクエンアテンの妻にして「古代エジプト三大美女」の一人とされた女王。

 その言い伝えにある通りの輝かんばかりの美貌が、頼都たちを見下ろしていた。


「まさか、ネフェルティティの幽霊…?う、嘘よ…こんな…こんなことって…」


 狭間那が、目を見開いて後退る。

 それを横目に、頼都は一歩踏み出した。


「よう。突然の深夜の来訪、すまねぇな。あんたに聞きたいことがあってやって来た」


 口ではそう言いながらも、全く申し訳なさそうではない頼都。

 そんな頼都を見るネフェルティティの目が、すぅっと細まる。


『…神妃たるわらわに、不遜な物言いをする者よ…汝は何者か?』


「俺達は『Halloween Corpsハロウィンコープス』。俺の名は頼都、そっちはリュカにミュカレ。平たく言えば、さ」


『…ほう』


 黒曜石のようなその瞳が、頼都たちを見詰める。

 そして、女王は小さく笑った。


『成程のう…確かにその方ら、人ではないな。特にその方、炎の女神ウアジェトの眷属か?そのような身体で、のよ』


 頼都は苦笑した。


「目が良いんだな。まあ、訳ありでね。そんなことより、知っていたら教えてくれ」


 一転、頼都の目が鋭くなる。


「今から一カ月前、エジプトのテーベで発見された古代の神殿で発掘調査を行っていた一団が、何者かに惨殺された。あんた、何か知らないか?」


 頼都の言葉に、硬直していた狭間那がようやく声を上げた。


「ちょっとストップ!待ってください!」


 狭間那は脳内の混乱を追い出すようかように、頭を振った。


「認めるのよ…これは現実…これは現実…」


 自分に言い聞かせるようにブツブツ呟いてから、顔を上げる狭間那。


「…いいでしょう。とりあえず、この状況は現実と認識しました…それを前提に確認させてください。そもそも、一連の怪現象といい、このネフェルティティといい、一体あなた達は何なんですか…!?」


「言ってませんでしたカー?私達は正義の味方デース!!」


「…言ってないし、真っ赤な嘘ですよね、それ」


 得意げに胸を張るリュカに、狭間那が冷たい視線のまま、極めて冷静なツッコミを入れる。

 それにズッコケるリュカ。


「What!?何故に信用してくれないのですカー!?」


「だって、思いっ切り歴史を捏造ねつぞうしようとしてたし…」


「あはは、もしかして根に持ってるのぉ?」


 悪びれもせずに笑うミュカレに、狭間那は敵意剥き出しの視線を向けた。


「当然でしょう!大体、あの胸像をテーマに書かれた論文が、一体いくつあると思ってるんです!?」


「待て。俺が説明するから、その辺のケリは、取りあえず後にしとけ」


 話の腰を折られ、頼都が嘆息しつつ、説明する。


「手短に言えばな、俺達はあんたが説明を受けたような『政府の人間』じゃあない。正確には各国政府の依頼を受けて動く、国境のない特殊チームみたいなもんだ」


「世界各国の…政府の依頼を受けて…?」


 胡散臭そうな眼差しを向けてくる狭間那に、頼都は続けた。


「あんたのような科学信奉者には、にわかには信じられんだろうが、この世とあの世の狭間には『幽世かくりょ』と呼ばれる魔境がある。そこには、あんたたち人間の神話や伝承で語られるような怪物モンスター共が蠢いている」


 そこで頼都は、ふと尋ねた。


「あんた『万聖節前夜ハロウィン』を知ってるか…?」


「え、ええ。確か、古代ケルトに端を発する祭事ですね。最近、日本でも流行ってきたようですが…でも、それが?」


 戸惑いながら答えた狭間那に、頼都はニヤリと笑った。 


「さすが学者、博識だな。まあ、今でこそ安っぽい民間行事になり果ててはいるが、元々、古代ケルトでは『万聖節前夜』には、この世とあの世を繋ぐ門が開き、死者の霊や魔物がこの世に湧き出てくるとされている」


「それも聞いたことがあります」


「で、それはマジな話だったりする」


「…本気で言っているんですか?」


 未だ半信半疑の狭間那に、頼都は人差し指を立てて見せる。


「見てな」


 次の瞬間、その指先に突然出現した鬼火を見て、目を丸くする狭間那。


「断っておくが、これはマジックじゃないぜ?」


 炎を見詰めていた頼都の顔が、ゆっくりと狭間那へと向き直る。


「きゃああああああッ!?」


 火影が生んだ影の部分に、炎の悪魔の如き凶相が浮かぶ。

 それを目にした狭間那は、悲鳴を上げ、腰を抜かしたようにへたり込んだ。 

 焔魔えんまが薄く笑った。


「なあ、学者さんよ。あんたが信奉する『科学』の灯が、この世の全てをあまねく照らし出しているって考えているなら、そいつは大きな間違いだ」


 狭間那は見た。

 頼都の横に進み出るリュカには狼の耳と尻尾。

 ミュカレも、どこから取り出したのか、一本のほうきに腰掛け、宙に浮いている。


「この世にはな『科学』にも照らし出せない“闇”が、いくらでも存在するのさ。で、俺達はその中で蠢き“ルール”を守らない怪物れんちゅう共を始末するのがお役目なんだよ」


 頼都は、声もなく震える狭間那から、視線を宙に浮かぶ女王へ戻した。


「さあて、先の質問に答えてもらうぜ、砂漠の女王サマ。言っとくが、返答次第では、幽霊ゴーストだろうが何だろうが消し炭になってもらうぜ?」


『さても、不遜な輩よな』


 ネフェルティティは、呆れたように続けた。


『恐れ多くも、偉大なるファラオの妻たる妾に歯向かおうとする下賤の者。言っておくが、汝の炎など恐るるに足らぬ』


「それが答えか」


 指先の炎が一気に燃え広がり、頼都の右腕全体を包み込む。

 が、女王は静かに笑った。


『まあ、待つが良い、煉獄れんごくまといし者よ。我が力を示し、汝らを平伏させるのは容易いが、妾は荒事は好まぬ…故に答えてやろう』


 女王は一転、真剣な表情で続けた。


『その方が問うた無辜むこの民の虐殺の件、妾は預かり知らぬことじゃ』


「…」


 頼都が、何かを確かめるようにミュカレに視線を送る。

 それを受けて、ミュカレは頬に手を当てながら、一歩踏み出た。


「では、続けてお伺いします、女王陛下」


 ミュカレは、普段は見せない理知的な表情で告げた。


「貴女の夫…アクエンアテン王は、今いずこにいらっしゃいますの?」


『何…?』


 ミュカレの問いに、ネフェルティティが妙な顔になる。

 それに構わず、ミュカレは続けた。」


「先のエジプトの事件は、アクエンアテン王ゆかりの神殿で起きたもの。生き残った研究者たちの話では、そこには王の棺と、それを収めた玄室が発見されたと報告がなされています」


『…』


「しかしながら、そこにあった棺は空っぽだったそうです。そして、本来一緒に葬られるはずの女王である貴女の棺は、どういうわけか、この極東の国にある。そんな中で、虐殺事件は起きたのです」


『…』


「虐殺の現場には私達も赴きました。そして、その痕跡から、発掘調査団を襲ったのは、


 ミュカレの言葉に、ネフェルティティが静かに問う。


『魔女よ、何が言いたい?』


「私達は確認したいのです。事件の真相を。そして…」


 ミュカレの目が怪しく光る。



 室内に静寂が落ちる。

 やがて、ネフェルティティは含み笑いをした。


『何者かじゃと?それなら、今しがたその方が確認したであろう?我が名はネフェルティティ。偉大なる太陽帝アクエンアテンの妻…』


「いいえ」


 ミュカレは毅然と告げた。


「そういうありきたりなことは聞いておりませんわ」


 すると、先程から成り行きを見守っていた狭間那が、かすれた声を上げる。


「そ、そう言えば…」


 中空に浮かぶネフェルティティを見ながら、狭間那は呟くように続けた。


「女王ネフェルティティ…その出自は、全くの不明とされていて、両親が誰なのか、王家に連なるに足る血統なのかも解明されていないとされている…」


 狭間那は息を呑んで、女王を見上げた。


「誰なんですか、貴女は…?」

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