第一夜 Halloween Corps

Episode1 Sign -兆し-

「はあああああ…しんど」


 10月某日。

 きらびやかな街のネオンの海を歩きながら、十逢とあい 頼都らいとは溜息を吐く。

 今まさに身体に圧し掛かる疲労もそうだが、毎年訪れるこの時期の空気には慣れない。


「…明日地球が滅びねーかな」


 そんな末期的な台詞が飛び出るくらいに彼は疲労し、鬱屈していた。

 原因の一つは、いまの街の装いだ。

 10月…といえば、思い浮かぶキーワードは色々ある。

 衣替えに運動会、神無月ということで、八百万やおろずの神々が出雲でサミットするとか…

 それに加え、日本ではこの近年で定着化しつつある一つのイベントがあった。


 そう「ハロウィン」だ。


 元々は、北欧はケルトのお祭りだった。

 古代ケルトでは、一年の終りは10月31日で、この日の夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりとなる。

 そして、死者の霊が家族の元に訪ねてくると信じられているのと同時に、併せて姿を見せる悪霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたのが起源とされていた。

 現代の外国では、子供達がこうした魔物などの仮装をし、家々を回っては「お菓子をくれないと悪戯するぞ」と言って、お菓子をもらうスタイルがメジャー化している。

 そして、日本では更なる勘違いが起きていた。

 子供達が仮装するのは、微笑ましいから、まあ良しとして。

 何を曲解したのか、いい歳した大人達も便乗してコスプレを行い、徒党を組んで街を練り歩き、乱痴気騒ぎを起こすというバカげた現象になり下がっているのである。

 普段抑圧されている反動なのか、大人達のマナーもへったくれもないこの様子をニュースで見るたび、頼都は神経を逆なでされていた。


「アホらし。そんなにストレス溜まってんなら、普段から発散しとけってんだよ、まったく」


 実際、ハロウィン当日まではまだ少し時間がある。

 にも関わらず、街には既に『ジャック・オー・ランタン』が溢れかえり、今夜の様な週末の夜にもなれば、下手なアニメか漫画のキャラクターのコスプレをした大人達が、酔いどれて大騒ぎしている。

 今に始まった事ではないが、こうした日本人の無節操ぶりには、頼都自身呆れていた。

 毎月祭が無ければ、大和民族はまともに生きていけないのだろうか。


「ねーねー、それ『LOVE Line』に出てくる渚ちゃんでしょ?すっげー可愛いね!」


 歩き過ぎる中、不意にそんな声が聞こえてくる。

 見れば、一人の女子高生に何人かの若い男達が群がっていた。

 囲まれた女子高生は、戸惑った表情を浮かべていた。


「えっ…いえ、違います」


「うそぉ。その制服、来鶯女学院のやつにそっくりじゃん!」


「うんうん。肩のラインとか、色もそっくりだよね。作ったの?それとも通販?」


「カバンまでピッタリコーデしてるなんて気合入ってるしwww」


「バーカ、基本だよ基本」


 酔っ払って本物の女子高生をコスプレイヤーと勘違いしているのか、男達は好き勝手に女子高生の品評を始めていた。

 女子高生が助けを求めるように辺りを見回すが、そんなに切迫した様子を見せていないからか、誰も見向きもしない。

 恐らく、切迫していても見向きもしないだろうが。


「あ、あの!スミマセン、失礼します!」


 立ち去ろうとした女子高生の肩を、若者達の一人が掴む。


「まーまー」


 ニヤけた顔には、下心がべったり張り付いていた。


「実はさー、俺達これからちょっと早めのハロウィンパーティーやるんだよね。よければ、君も一緒にどう?」


「い、いえ、スミマセン。急いで帰らなきゃいけないので」


「あっそ。じゃあ、俺達で送って行こっか。なあ?」


「だなー。こんな夜に女の子一人じゃ危ないし」


 追従する男達。

 女子高生は、脅えた表情で固まった。

 どうやら、見かけ通り、男のあしらいに慣れていないお嬢様の様だ。


「いえ、大丈夫です…本当に大丈夫ですから」


「あ、怖がってる?もしかして、俺らの事怖がってる?」


「おめーのツラじゃ無理もねぇよ」


「大丈夫大丈夫。俺ら、車もあるから家まで送っていけるよ」


 そう言いながらも、全員酒が入っているのは明白だ。

 運転など、出来る訳が無い。

 遠慮ない男達に挟まれ、女子高生は泣きそうな表情になる。

 一連のやり取りを見てしまった頼都は、頭を掻いた。


「…コレだから、週末の街ってのは苦手なんだよ」


 面倒臭そうに言うと、眉間にしわを寄せる。


「ついでに、演技ってのも苦手だよ」


 そうボヤくと、一転キツイ表情を浮かべながら、頼都は女子高生と男達に近寄った。


「現行犯だな…!」


 突然の闖入者に、男達が驚いた様に頼都を見る。

 女子高生も、見ず知らずの頼都に声を掛けられ、キョトンとしていた。


「署に同行してもらうぞ。今度は言い逃れは出来ないからな!」


「え?あ、あの…?」


 強引に腕をとり、女子高生を連行する。


「お、おい!何だよ、アンタ!」


「横から何だよ、いきなり!」


 詰め寄ろうとする男達を、頼都はジロリを睨んだ。


「あんたら、こいつの『客』か?それとも…仲間か?」


 その尋常ならざる迫力に、男達が顔を思わず見合わせる。


「もしそうなら、一緒に警察署に来てもらう」


「はあ!?何でだよ!」


「こいつはヤクのバイ人の前科持ちだ」


 乱暴に女子高生の手を捻り上げる。

 ただし、絶妙に力を加減したので、痛みは無い筈だ。

 驚きに目を見開く女子高生に、頼都はこっそり片目をつぶって見せた。


『黙って話を合わせろ』


 という合図だった。


「女子高生の恰好で油断させて、ナンパしてきた男共にヤクを盛って中毒にする…そういう手口で『客』を増やすのが、コイツのやり方さ」


 そう言うや否や、頼都は捩じり上げた女子高生の袖口に指を突っ込む。

 そうして抜いた指には、紙に包まれた「何か」が挟まれていた。


「見ろ。これが証拠だ。中身は言うまでもないよな、おい?」


 犯罪者を見る目で、女子高生を睨む。

 女子高生はそっぽを向いて押し黙った。

 種明かしをすれば、紙の中身は空っぽだ。

 紙も手元にあったコンビニのレシートを適当に手早く折り、隠し持っていただけの代物だった。

 だが、演技と知らない者が見れば、一連の流れから彼女が見せた態度は肯定の沈黙に見えただろう。

 そして、頼都の手品じみたトリックを駆使して引っ張り出された「物的証拠」が更なる効果を生む。

 現に、男達は顔色を変えた。


「いや、知らない!俺ら、別にそいつと知り合いじゃないし!」


「そ、そうそう!今、声を掛けただけッスよ!」


 頼都は睨むように、若者達を見回す。


「本当だろうな?嘘だったら、お前らもブタ箱にぶち込…」


「失礼します!」


「お勤めご苦労さんです!」


 言うや否や、若者達は脱兎のごとく逃げ出した。


「…ありがとうございました」


 若者達が見えなくなり、頼都が腕を離すと、女子高生はおもむろにそう言って頭を下げた。

 よく見れば、黒髪が美しい顔立ちの整った少女だ。

 昼間に普通に歩いていても、声を掛けてくる男は多いだろう。


「悪かったな。正面きって助ける王子様って柄じゃないんでよ。ああいう芝居しか思いつかなかった」


「いいえ。びっくりしたけど、少しだけ…楽しかったです」


 微笑むと、少女の器量は更に上昇した。


「申し遅れました。私は時坂ときさか 深月みつきっていいます」


「十逢 頼都だ。あんた、機転が利く女だな」


 つられて、頼都も少しだけ口元を緩ませる。

 だが、それ以上に舞い上がる程、頼都は初心うぶではない。


「じゃあ、俺はこれで。気を付けて帰れよ、JK」


「あ、ちょっと待ってください」


 呼び止められたので振り向くと、深月は鞄からスマートホンを取り出した。


「失礼ついでにお伺いします。最近、この辺りでこの娘を見ませんでしたか?」


 そう言いながら、スマートホンの画面を見せる。

 画面には深月と、もう一人の女子高生が笑顔でピースサインをしている写真が写っていた。

 深月とは対照的に、快活そうな目の大きい娘だ。


「いや…知らないな」


「そうですか…」


 肩を落とす深月。

 頼都は察した様に言った。


「知らないが、心当たりはある…噂の失踪事件の被害者の一人か」


 深月が驚いて顔を上げる。


「別に驚く事じゃないだろう。今朝もニュースでやってたし」


「そう、でしたね…」


 ここ10月に入ってから、この町に住む若い娘数名が行方不明になっているのは、誰もが知っている話題だ。

 共通しているのは少女であるという点だけで、他に関連性も無く、警察の捜査も難航しているという。

 巷では、近隣のとある町に住んでいる「特別住民ようかい」の仕業ではないかとも騒がれている。

 が、真偽の程は不明だ。


「…親友か?」


「はい…」


「いつ居なくなった?」


「二日前です。夜、この近くのお店でバイトをしていて、そのまま…」


「行方不明、か」


 俯く深月に、頼都は頭を掻いて告げる。


「まだ、もあるのに…運が無かったな」


「…えっ?」


「酷なようだが、最悪の結末ってのは、往々にしてよく起こるもんだ…その気構えだけはしといた方がいい」


「どういう…意味ですか?」


「別に。単なる覚悟の話だ」


「待ってください。何かご存知なんですか…!?」


 深月が縋るように頼都を見上げる。

 頼都は、その肩を叩いた。


「帰れ。あんたまで行方不明になったら、家族が悲しむ」


「あの娘の家族は、いま悲しんでます。私だって…」


 頼都は無言で背を向けた。


「お願いします。何か知っているなら、教えてください…!」


 深月の悲痛な声には応えず、頼都は夜の闇に溶けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る