Side White(1)
制服の真新しさが少し抜けてきた4月下旬のある日。
高く蹴り出されたボールを追って、一馬は草むらに踏み込んだ。ったく、これで3回目だぞ。
踏み込んだ先には、草は生えていない。土だけだから、ボールの在処がすぐに分かるのはいいが、さすがにめんどくさい。
一馬がボールを拾い上げようとした時、
「おい、そこの、白い髪の君」
少し離れた場所から声をかけられた。
顔を向けると 少し先に“巨人”という言葉が似合いそうなごつい男が立っていた。
「そこには、近いうちに種を撒くんだ。だから、あまり踏み固めないでもらいたい」
「げ」
ここ畑だったのか。まあ、3回目だし、さすがに注意されても仕方ない。
「さーせん」
ひとまず頭を下げた。
先生、か? 疑問形なのは、入学式での職員紹介をほとんど聞いていなかったせいで自信がないのと、なぜか自分たちが体育の時に着るのと同じ、緑色のジャージを着ているからだ。
そもそも、入学式であの頭を見かけていたら、絶対目に留まるはずだ。なんだよあれ。
大男はほぼ丸坊主で、頭頂部に少し残した毛を立てている。毛っていうより草?
男の“てっぺんモヒカン”とでも言うべき髪は、長めの芝に見えそうな緑色だ。
いるじゃん、緑!
一馬が師匠の健太とその友人・白井の三人で“緑の髪色”について話したのは、10日ほど前のことだ。白井は真っ赤な髪をしている。一馬の髪が白だから、健太が緑に染めてイタリアンレストランに行けば面白いと思ったのだが、健太が髪色の変更は望まないというので、その件はひとまず保留になっている。
一馬は一緒に遊んでいた連中に向かってボールを投げておいて、しゃがみこんで何やら作業をしている、緑モヒカンの教師に声をかけた。
「そっち、行きたいんすけど」
どこなら踏んでいいかを尋ねると、指を指して教えてくれたので、その経路を辿った。もちろん、緑色の髪をしているからといって、教師連れで“コンセプト食事会”を催すつもりはない。
まあ、参考までに、ってやつ?
「あの」
教師は土だか肥料だかを混ぜていたようだ。一馬が声をかけると、手を止めて顔を上げた。
「その髪。どうやったらそんな色になるんすか?」
「これ、か」
大男は黒目だけを大きく上に移動させた。
「すまない。分からない」
「え、なんで?」
「あまりに地味だから、少し個性をアピールしろ、と姉に言われたものの、私はそういうのがよく分からない。それで、姉に任せたら、結果としてこうなった」
この先生にはずいぶんぶっとんだ姉ちゃんがいるらしい。
「校長先生とか、それOKなんだ」
思わず口にすると、相手が不思議そうな顔で見返してきた。
「君の髪も、元々の色じゃないと思うが?」
「まあ、そっすね」
一馬が白い髪の理由をクラスメイトに説明したのは、脱色翌日の一度だけで、その後は、担任を含め誰も髪の色には触れてこない。この緑モヒカンのおかげで納得できた。教師も学生も好きなようにしていいわけだ。自分が思っていた以上にこの学校は“ゆるい”らしい。
「まあ、この頭のおかげか、クラスの皆に早く名前を憶えてもらえたのは良かった」
いや、頭のてっぺんに緑色が乗っかってなくても、そのでかい図体とスキンヘッドで十分個性をアピールできてるって。一馬は、心の中で突っ込んだ。
「いい色っすね」
これは本心から言った。
「ありがとう」
強面顔がほころんだ。見かけのわりには穏やかそうな人だ。この人は一体何を教えるんだ? 授業は一通り受けたから、一馬が1年のうちに彼に教わることはなさそうだ。
「普通科、じゃないすよね」
「ああ、私は園芸科だ」
そう言うと、教師は立ち上がった。そばに立たれるとなおさら大きく見える。たぶん健太師匠よりでかい。190はありそうだ。
「1のL、緑川耕喜だ。よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
名前も緑かよ。
「コウキは耕すに喜ぶと書く」
うわ。ジャージの緑まで入れたら、徹底的にグリーンの人だ。耕して喜ぶ園芸の先生ってどうよ。真っ赤な頭の白井さん、その辺どうなの?
「なんか、てんこ盛りっすね」
相手がぽかんとしているので、一馬は思った通りのことを言った。
「そうだな。姉もその辺を意図して緑にしたらしい。ただ、私は教員ではないぞ。園芸科の生徒だ」
「へえ、って、ちょっと待った!」
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