Side Red(2)
すっかり忘れていた。勝負とともに、さっきのギャラリーの大絶賛まで思い出した。
「それさ。俺の不戦敗でいいや」
「え、何で?」
「コンボ79とか言ってたよな」
そんなバケモンみてえな奴とやれるか、と言ったら、健太は笑った。
「親父は150超え、だよ」
「は?」
健太の親父=期間限定のアイスや菓子が大好きな男だ。ついでに言えば、(秀人が健太の姉と間違えたくらいの)美魔女のダンナ、ということになる。その前に150て何だ? 指何本あんだよ。
「まあ、たか兄はバケモンっすからね」
一馬のつぶやきで、さらにわけが分からなくなった。一馬の兄貴分が健太の親父?
秀人が頭を抱えていると、一馬が言った。
「たか兄はオレの友達。健太さんは師匠」
一馬が中学に入学してみたら、一学年上に“たか兄”の息子がいた、ということらしい。余計分からなくなった。
まあいいや、バケモン親父と化け物級に若く見える母ちゃんから生まれたんだから、健太も化け物だってことだ。聞きはしないが、おそらく妹も化け物なんだろう。
「じゃあ、行こっか」
健太が例によって楽し気に言った。
「赤と白と、黒で」
いつの間にか、仲良し三人組みたいにされている。歩き出しながら、一馬が健太に言った。
「今度、緑にしてみません?」
「緑? 髪のこと言ってんの?」
「はい。三人でイタメシ屋行って、マルゲリータ頼んだら、面白えかなって」
「一馬は、そういうの好きだよね」
コンセプト食事会? と健太が笑い、頭に手をやった。
「でも、オレ、髪はこのままがいいなあ」
「じゃあ、イエメン料理屋」
「イエメンって」
どこにあんだよ! 秀人の代わりに健太が突っ込んでくれた。
「中東っす」
「いや、料理屋の話してんだけど」
イエメン料理を出す店というのは、聞いたことがない。そもそも、赤と白と黒――の国旗は意外に少ない。
「エジプト料理なら、ありそうじゃねえか?」
秀人が言うと、一馬がおお、と手を打ち、健太は少し驚いたような顔をした後、笑った。
「一馬も白井も、なんでそんなに詳しいの?」
何を隠そう、ちびっこ時代は世界の国旗博士だった。秀人がそう言うと、一馬がオレも、と嬉しそうに手を上げた。思わぬ共通点だ。
「エジプトもいいけど、オレ、黄色にしよっかな」
ドイツ料理屋の方が探しやすいし、と一馬が言う。
「デザートはベルギーのワッフルとチョコで」
「何、その徹底ぶり」
健太が苦笑している。
「行くのはいいけどさ、色変える前に」
国旗博士同士、二人で寿司でも食ってくれば? と健太は言った。
「赤と白ならいっぱいありそうじゃん」
と、視線を上に向けて何か考えていたが、そこから先が続かない。どうやら健太の頭には日本の国旗しか浮かんでないらしい。
「カナダ、トルコ、デンマークだな」
「スイス、ポーランドも、っすね」
「インドネシア、シンガポール」
「トンガにチュニジア!」
二人で面白がって挙げていたら、
「おーい。完全に料理屋から離れてるよ?」
健太が止めてくれた。ついでにインドネシア料理なら、うまい店を知っていると教えてくれた。
「白井さんは、何かポリシーあって赤にしてんの?」
一馬が聞いてきた。なるほど、奴としては、さん付け&タメ口ってことで、折り合いを付けたらしい。今日のところはそれで許してやろう。勝負して負かしたら、敬語に変えさせるけどな。
「ポリシーってほどじゃねえけど、ベニタスファンとしては、やっぱ赤だろ」
「ベニタス? マジで?」
うわあ、と悔しそうに言うと、一馬は頭を抱えた。
「その発想はなかったわ」
聞けば、一馬もファンなのだと言う。
「オレ、今日帰ったら赤くする。絶対」
その必死な様子に、笑ってしまった。
「仲良しになれて、良かったね」
健太がまた小学生みたいなことを言い出した。ま、いっか。
「今度一緒に応援行こうよ、赤井さん」
ったく、健太といい、こいつといい……。
「お前ら、おれが頭真っ白けにしたら、白井って呼ぶか?」
「呼ばない」
健太のやつ、即答かよ。
「白い髪の白井なんて、つまんないもん」
そんな、捨てられそうな子犬みてえな顔で言うな!
「お前、俺に突っ込ませてえだけだろ」
「うん」
たぶんこの顔だ。相当数の男ども(女にもか?)に“竹中健太には敵わねえ”のセリフを吐かせるのは。
「オレさ、赤井といるとほっとするんだよ」
しかも、こんなセリフを真顔で男に向かって言う。
「普段、ボケ役ばっかり相手してるから、新鮮っていうかさ」
「すいませんっ」
なぜか一馬が頭を下げた。
「いっつも健太さんにばっか突っ込みやらせちゃって」
オレもやりますよ、と殊勝な顔で言っている。健太が笑った。
「ボケはたまにでいいや。だって高等技術だよね。オレ、赤井って呼ぶのが精一杯」
「いや、そこはもうちょっとがんばれ」
秀人は言ってやることにした。
「お前も知ってんだろ。めんどくせえから突っ込まねえ、ができねえ辛さ」
「そうそう。スルーしたらしたで、変なストレス感じるんだよね」
「あの、ボケる方はあんま考えてないすよ、たぶん」
一馬がおずおずと言った。
「ボケてないのに、何じゃそりゃ! って言われることよくありますし」
「狙ってねえの?」
「そりゃ、たまには狙いますけど」
こいつは半分天然らしい。
「あんまり俺に辛い思いさせんな。二人とも」
「そんなあ」
「お前ら、特に健太は、レベルアップが必要だ。“赤井”以外の、突っ込み甲斐のあるボケを何か考えろ」
秀人がそう言うと、健太が哀しそうな顔をした。
「赤井はオレの安息の地だったのに……」
「そうだよ。急にハードル上げんなよ。赤井さん」
こいつら……。
もう“赤井”には突っ込まねえ。突っ込まねえぞ。
「ほら、うずうずしてる」
「うるせえ!」
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