Side Red(1)

「ねえ、そこの、赤い髪の人」

 2年に進級して、まだそれほど日が経たない4月中旬のある日、商店街に入ったところで、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、長めの髪を真っ白けにした男が立っていた。背丈は自分と同じくらいだ。

「あんたがシロイ、シュート?」

 どこの高校かは知らないが、着崩している制服がまだ新しい。たぶん、年下――1年だ。何だ、いきなり。黙ったままにらんでいると、相手は薄ら笑いを浮かべた。

「あんた、強いんだって? オレと勝負してよ」

 勝負だ? ざけんな。秀人が頭の中で相手を罵っていると、

「オレはアカギ。赤城一馬」

 意外にもまともに名乗ってきた。

「赤城? その頭で?」

 思わず突っ込んでしまった。一馬が秀人の頭を指さして笑う。

「人のこと言えねえじゃん」

 確かに。自分の赤い髪――今日もいい尖り具合だ――に触れる。すっかり調子が狂ってしまった。

「で、何で俺がお前と勝負しなくちゃなんねえんだよ」

「強い奴を倒してえから」

 似たようなセリフを少し前にどっかで聞いたな。そうだ、俺が言ったんだ。自分がそう言った時の相手の反応を思い出す。なるほど、確かに死ぬほどめんどくせえな。あいつも、ほんとは腹ん中でこんな風に思ってたかな。

 ふと、“あいつ”の顔とともに、ある考えが頭に浮かんだ。

「赤城」

 声をかけると、見返してきた。

「相手、してやるよ」

 ケンカ売る方法なんていくらでもあるのに、一応こいつは声をかけてきた。厚かましい一年坊主だが、卑怯もんじゃあない。

「俺の弟子がな」

「弟子?」

「やべえくらい強えぞ。3分以内にそいつに一発当てられたら、俺と勝負する資格アリと認めてやる」

 秀人の言葉を聞いて、赤城はかかかと笑った。

「いいよ」

 あいつとは、実はこれから遊ぶ約束をしている。正直気が咎めたが、“負け知らずの男”がどんな身のこなし方をするのか、傍から見てみたいという思いの方が勝った。わざわざ勝負を挑んでくるくらいだから、赤城もそこそこ自信があるのだろう。

 待ち合わせ場所のゲームセンターはすぐそこだ。ついてこい、と歩き出しながら、秀人は言った。

「お前、連れは?」

 一馬は黙って首を横に振った。

「じゃあ、勝とうが負けようが好きなように言えるな」

「あんたらがホントのこと言やあいいんだよ。オレに負けたって」

 こいつ、どんだけ生意気なんだ。昔の俺よりひでえ。おかしくなった。

 さて、どう持っていけば、あいつと赤城一馬を対決させられるか。

 考えがまとまらないうちに、目的地に着いてしまった。騒然とした店内に入ると、秀人は一馬とともに奥へ進んだ。赤髪と白髪の二人連れは人目を引くらしく、あちこちで何だあいつら、と指を差された。こいつと紅白でペアって見られてんだろうな。すごく癪だ。

「えっと」

 あいつと対戦することになってる、格ゲーはどこだ?

 見回していると、どっとどよめきが聞こえた。

「79だってよ! 惜しいな」

「あの手、どうやって動かしてんだ?」

 ギャラリーが盛り上がっているのが見えた。誰かが新記録でも叩き出したか? と思ったら、その中から誰か立ち上がった。 あれ、あいつじゃねえか。

 ギャラリーの中には、拍手を送っている者もおり、あいつ――竹中健太は、照れくさそうにしながら、人垣から抜け出てきた。

「おい」

 声をかけると、にかっと笑い返してきた。

「あれ?」

 秀人が連れている白髪男を、不思議に思ったのだろう。どう説明したものか考えていたら、自分の少し後ろにいた一馬が飛び出してきた。

「うわ、健太さん!?」

「ん? 一馬?」

 そ、の髪ど、したの? とセリフが途切れ途切れに聞こえるのは、健太の両手を取った一馬が、それをぶんぶん振っているからだ。興奮気味の一馬の返答で、白髪頭はブリーチに失敗した結果だと言うことが分かった。

「そっか、今M高行ってんだ」

「はい!」

 さっきとは別人じゃねえか。今の一馬は、犬っころが飼い主に――といっても、健太自身にも犬っころみたいな雰囲気があるのだが――じゃれついてるみたいだ。

 てか、こいつら知り合い?

「何、二人って知り合いだったの?」

 聞いてきたのは、健太の方だった。

「紅白で、いいね」

 微笑まれて、思わず一馬と顔を見合わせてしまった。

「いや、ついさっき会ったばっかなんだけど」

「マジで?」

 驚く健太に、一馬が言った。

「いや、あの。赤い髪がちょっと気になったから」

 この野郎、よく言うぜ。

「まさか一馬、白井にケンカ売ったりしてないよね?」

 3秒ほどの間――の後、白髪頭ががばりと下がった。

「ごめんなさいっ」

 めっちゃ素直! バカ正直だな。吹き出しそうになった。こいつも健太に“敵わねえ”うちの一人らしい。

「でも、まだ何もやってないすよ」

 この人が、弟子とならやらせてくれるって言うから、と一馬がファイティングポーズを取った。

「ついてきただけっす」

「弟子?」

 あ、やべ。思っていたら、健太がこちらに笑顔を向けてきた。

「オレ、いつから赤井の弟子になったのかな?」

 赤じゃねえっての。いや、そんな場合じゃなかった。

「えっと」

 だはははは、と爆笑でごまかそうとしたが、

「何、弟子って健太さんのこと言ってたの?」

 一馬が血相を変えた。

「あり得ねえし!」

 百憶万年早えんだよ! とすさまじい勢いで突っかかってきた。何なんだよ、この扱いの差は。

「かーずま」

 健太がのん気な声で声をかけ、手を伸ばして一馬を制した。それから秀人に言った。

「もう、そういうこと言うのナシだよ」

 勝負とかホントやなんだから、と一瞬その目に強い光が宿った。どん、と心臓で拳を受けたような感覚を覚えて、秀人は思わず一歩下がった。

 健太を見返すと、いつも通りの笑顔を浮かべている。何だ今の? やんわり注意されただけでこれだ。もしキレたら、こいつどうなるんだ? 興味が湧いたが、その好奇心は封印することにした。元々自分が一方的にケンカを売ったことがきっかけで付き合うようになった健太だが、今では大事な友達だ。

 弟子呼ばわりしたことも、自分の身代わりに一馬の相手をさせようとしたことも、自分に非がある。

「悪かった。もうしねえよ」

 頭を下げた。一応、一馬にも言っておく。

「今度、おれ自身が相手になる」

 いつでもかかってこい。そう言うと、白髪頭がうなずいた。

「じゃ、今日は三人で遊ぼっか」

 急に明るい声で言われた。小学生かよ。健太といると、よくそんな風に突っ込みたくなることがある。

「ボウリングなんか、どう?」

「いいすね!」

 こいつはこいつで、態度が変わり過ぎだ。そのうちうっかり変え損ねて、健太に悪態つくかも。そうなったら面白えのに。

「ごめん、その前に」

 健太が背後のゲーム機を指した。

「白井と対決してからね」

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