Side Black(3)

 来た道を少し戻ると、二人はコンクリートブロックを敷き詰めた土手に並んで腰を下ろした。

 しばらくお互い黙っていたが、やがて白井がポケットから煙草の包みを取り出した。おら、と健太に差し出してきたが、健太は断った。

「前に、死にかけたことあるからさ」

 それ以来、一度も喫おうと思ったことがない。

「ガキの頃?」

「うん」

 あの不快感は今でも思い出せる。つい顔をしかめてしまい、それを見た白井が笑った。

(注:この辺りのいきさつは「二代目はでめこちゃん」番外編「反乱のあと」をご覧くださいませ)

 白井は一本つまみ出そうとしたが、手を止めた。どうしたんだろうと健太が見ていたら、ふんと鼻を鳴らして、ポケットにぐいとねじ込んだ。

 それから、ぽつりと言った。

「お前が一回も負けたことがねえ、って意味、分かったよ」

 健太も、なぜ自分がそんな風に言われているのか分かった。

「オレ、避けてるだけだからね」

 負けたことがない、は必ず勝っているという意味ではない。本気の勝負だったら、闘志のない自分はすぐにのされてしまうだろう。健太がそう言うと白井はそうかもな、とうなずいた。

「でも、まあ、なんつーか」

 そう言いながら、健太を不思議そうに見た。

「確かに、お前には“敵わねえ”わ」

 ほんと変な奴、と力を込めて言う。失礼な奴だ。

「なあ、聞いてもいいか?」

「何?」

「ボクシングか何か、やってんのか?」

 別に何も、と健太が答えると、

「じゃあ、なんで全部かわせんだよ」

 急に怒ったように言った。

「ああ。それ、たぶん親父のせい」

 油断してると攻撃してくんだよ、と健太は説明した。

「手とか足がいきなり飛んでくんの。頭突きも」

 確か小学3、4年ごろからだったと思う。

「そのうち、避けるの慣れてきた」

「親父って、アイス好きの?」

「うん」

 お前んち、やっぱ変わってんな、と白井がしみじみ言った。

「あ、オレも質問」

 健太の挙手に白井がうなずいた。

「名前、白井なのになんで髪赤いの?」

「苗字は関係ねえんだって」

 白井は、ベニタスのファンなのだと言った。ひいきのチームカラーに頭髪を染めるほどサッカー好きとは意外だった。

「前に応援に行った時、染めてみたらさ」

 意外と周りの評判が良かったので、以来それで通しているという。

「うん、似合ってるよ」

 健太が褒めると、白井はまた、ふんと鼻を鳴らしたが、少し嬉しそうに赤毛を摘まんだ。

「でも、その髪見たら、つい赤井って呼んじゃう」

「いや、関係ねえから。白井だから」

 白井がやけ気味に言うのがおかしくて、健太が笑っていると、

「健太」

 後方から急に呼びかけられた。振り返ると、遊歩道から、スポーツウエア姿の母親が、耳からイヤホンを外しながら手を振っていた。

「あれ、どしたの?」

「お正月、食べ過ぎちゃったから」

 シェイプしないと、と母親は大きく息をしながら、上気した顔で微笑んだ。

「今日、ぽかぽかで気持ちいいわね」

「うん。あ、彼は白井君」

 今度は友達扱いで紹介した。

「髪は赤いけど」

 隣で白井が、

「いい加減、髪から離れろっつーの!」

 小さく突っ込むのが聞こえた。

「白井君」

 母親は首にかけたタオルでさっと顔を拭うと再び微笑んで、こんにちは、とお辞儀した。

「健太がお世話になってます」

 母の挨拶は美春とほぼ同じだったが、さすがに年長者と見てか、白井はちっす、と妙な音を漏らしながら母親に向かって赤い頭をぺこっと下げた。

「じゃあね」

 手を振って走り去っていく母親の姿を、白井は口を開けたまま見送っていたが、

「お前、姉ちゃんもいるんだ」

 と心なしか顔を赤らめながら言った。あ、言うの忘れてた。

「今の、母ちゃん」

 健太が言うと、はあ? と抗議するかのような顔を向けてきた。

「んなわけねえだろ」

 いくつで産ん、と言いかけて急に止めた。

「悪い」

 いろいろ事情があんだな、としんみりしている。

「いや、よく間違われるんだけど」

 実の親だと言うと、嘘だろと目を剥いたが、健太の顔を見て真実だと悟ったのか、

「あ、そう……」

 肩を落とした。そこまでがっかりしなくてもいいのに。面白い奴だ。

「赤井君、また遊ぼうね」

 声をかけると、ガキみてえな言い方すんなよ、と呆れたように白井は言った。

「君、もいらねえ」

「分かった」

「畜生、もう一回やりてえなあ」

と拳を固めて構える。

「今度はぜってえ、当ててやるのに」

「たまになら相手になってもいいよ、赤井」

「なんだ、その余裕」

 ほんとむかつく、と拳で健太の肩を軽く小突くと白井は立ち上がった。

「あ」

 思い出したように、健太に指を突きつける。

「俺は白井だ!」

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