第22話
「あ、ニッケル今家を出るって」
そうラインが来てから十分足らずでチャイムが鳴った。
来たのは案の定白銅貨。
「よう」
と冷たい声で言われた。
白銅貨の普段着はシンプルだった。柄は一切なく、白とグレー、ネイビーなどのシックな色合いをしている。
眼鏡は銀の細いフレームだった。
「ナポリタンな」
「いや、休みだし」
「何も食ってないんだ」
「いや、休みだし」
「葡萄パンでもいいぜ。トーストしてバター塗ってくれ」
「いや、休みだし」
白銅貨と二コラの静かな戦いが勃発していた。
「紅茶、スコーンとバラジャム」
「いや、休みだし」
これはいつまで続くのだろうか。
二コラは白銅貨と仲良くないといっていたが、これはかなり仲良しのやり取りのような気がした。
「あー。ナポリタン楽しみー」
抑揚のない口調で言い、白銅貨は新聞をラックからとると読みだした。
ニコラがぼそりと言った。
「……寿司でも取るか」
そして寿司が届いた。
大輔は展開についていけず、この寿司代はだれが払うのだろうと思いながら、見るからに高級な寿司を口に運んだ。
「んで? 結局どうなったんだよ」
二コラが言う。
「ん? なにがだ」
白銅貨はアイスコーヒーを飲みながら答えた。寿司にコーヒーという組み合わせは斬新だったが、誰もそれに異を唱えなかった。
なぜならみんなアイスコーヒーをお茶代わりにすすっていたからだ。
「リコだよ」
「それな」
「それなじゃなくて」
「手は打ってある」
「どんな。インゴットの名誉回復になるのか?」
「回復はするだろう。あのリコの性格からするとな」
「具体的にどうするんだ」
「イミテーションに復讐相手と接触させるんだ」
大輔と二コラは寿司をつまむ手を止めた。
「リコはストーカーレベルに堕ちてる。いつも復讐相手を見張ってる。自分の店も休業中だ。はたから見ていてかなり怪しい行動をとっているな。エステサロンマーキュリーの周りにも私服警官がいるから、誰かが通報したんだろう。店の警備も厚くなっている」
「うっわ、やばいんじゃないの」
「んで、あのマネージャーってのも結構やばい。あの店、離職率がかなり高いんだ。離職者を調べると、通院している人間が多いな。いや、リコ以外は全員何かしらの病院にお世話になっている。精神科もそうだし、皮膚科も多い」
「皮膚科?」
「そう。ストレスだな。で、エステティシャンってのは手を酷使するだろう。そこにももろに影響が出ているんだろう。サロンをやめるとあっという間に治る。けど精神科に通っている人間は、重度の鬱患者になっているから……。あそこのパワハラは尋常じゃない」
「……リコもその被害者ってわけか」
「リコの場合、精神病院やカウンセリングではなくて、……インゴットを頼ってしまったんだ。復讐。……リコの背景を知っていたら、受けなかった案件だよ。精神科でもなくカウンセリングも受けないのなら、頼るべきはせめて占い師だった。探偵じゃない」
「……」
大輔は言葉がない。
「俺たちできることは、お前のためになにかをしてやっているんだぞ、と思わせて満足させることだけだ」
「……満足度を高めることだけ、か……」
「そう。もちろん報酬なんてもらわないね。経費の回収もあきらめる。当然これから行う仕上げのための資金もな。ま、その辺は五億様のお財布にはまったく痛手にはならないだろうから、安心しようか」
「痛手にならないってのはちょっと癪だと思ってるんじゃないのか?」
二コラが笑って言った。白銅貨も笑った。
「思ってる。せめて俺が情報収集に使った金くらいは回収したいものだ」
「……、は、払います……」
大輔は泣きたくなってきた。
「ほんとか? レシートを取っといてよかったよ。頼むな、五億」
「じゃあこの寿司代も払って払って! 五億さん!」
「は、払わせていただきます」
「まじか」
「ほんとに五億持ってんだなー、疑ってたわー、悪かった」
そういいながら二人はレシートを出した。
エステ代、一回九万五千円と消費税が五回分。
寿司代、特上三人前、二万四千円。
「……て、手持ちが十万円しかないので、……エステ代は明日でよろしいでしょうか」
二万四千円だけ差し出して、大輔は頭を下げた。
「んじゃ、明日は五億の部屋で飲み会だな」
二コラが財布に金をしまいながら言った。
「酒代はもちろん五億持ち。料理も」
「……か、かしこまりました」
「んじゃあ俺は早めに仕事切り上げてくるかな」
「ニッケルってなんの仕事してんの?」
「いろいろ」
「……ふーん。残業厳しいの?」
「いや? 自由出勤自由退勤。オフィスはこの辺、喫茶店で仕事する場合もある。いつ呼び出されるかわからないからスーツ着てるけど、職場には私服で来るやつもいるかな。半々だ」
「いいとこのエリート様って感じ。嫌味くさーい」
「どこがだよ。それよりお前は就職しろよ。バーテンダーになる気もないくせに」
「あー、……オヤジの不動産でも適当に管理してのらりくらりと暮らしていきたいっすー」
「そろそろ家を追い出されるんじゃないのかよ」
「それを回避するために、昼間はここで喫茶店のお手伝いをですね、しているんでございますよ。ニッケルさん」
ふっふっふ、二コラはふざけている。それが気に食わなかったらしく、白銅貨は鼻の横の筋肉を
引くつかせていた。
「あの、そういえば、白銅貨さんはどうしてニッケルって呼ばれてるんですか? 二コラさんは、なんで二コラって呼ばれてるんですか?」
大輔はちょっとだけ声を張って訊ねた。
「俺は本名だよ。白鳥二コラ」
白鳥二コラ。
「本名」
「うん」
「まじか」
「まじだよ。文句あるかよ」
「いや、ないっす」
「そうゆうお前はなんて名前なんだよ」
「淋代大輔っていいます」
「寂しそう」
「よく言われます」
「んでサビかよ。錆びるとか、まさしくイミテーションって感じだな」
すごい嫌な気分になったのだが、確かに金の延べ棒は錆びないだろう。偽物の証拠だと大輔自身笑ってしまった。
「ニッケルはあれだよな。本名だよな」
「違う。本名じゃない」
白銅貨が速攻否定した。
「俺は日計煌大だよ。ヒバカリコウダイ」
「え? ニッケイコウタろだろ? それをもじってニッケル硬貨。百円玉」
「うるせえ」
「あれ? ニッケイキラタだっけ? そうなると百円玉にならないか」
「ヒバカリコウダイだって言ってるだろ。百円玉っていうな」
「百円玉だとかわいそうだから白銅貨だろ」
「それはそうだ」
「認めたよ、こいつのプライドよくわかんない」
「インゴットと百円玉だぞ。金延べ棒と百円玉。ギリで白銅貨選ぶだろ。まだ百円よりましだろ」
この二人は、やはり仲が良い。
きっととっても仲が良い。
大輔はさみしくなってきた。
自分も仲間に入りたいと思った。うらやましかった。
「つーことで五億、こいつのことは百円って呼んでいいぜ」
「やめろ。この偽物が五億でなんで俺が百円呼ばわりされなきゃなんないんだ!」
「仲良いんですね……」
「そー! 仲良し!」
「良くねーよふざんな!」
「……いいなぁ、俺、友達いないんで……うらやましいっす」
「……く、暗い……」
「……友達なんて別に要らないだろ」
「……しんみりさせてしまってすみません……」
しん。
その言葉で静まり返ってしまった。
「本題に入るか」
白銅貨がまじめな顔に戻って言った。
「だな。依頼者の満足度をあげるってどうするんだ、結局さ」
「単純だよ。インゴットが、エステサロンマーキュリーに行く。それでいい。ということで、イミテーション、お前明日の一時にマーキュリーに行け。サビシロダイスケの名前で予約しておいた。復讐したいっていう相手の名前は佐々木エミっていうやつだ。マネージャーはあまり施術には出ないらしい。だから、エミっていうエステティシャンと接触できるまで延々と通え」
「え」
「運良ければ明日で終わる」
「け、けど……、それだけでいいのかよ」
「いいんだよ。まあ、なにかしたければ好きにしろ。ちなみにセクハラや犯罪はだめだぞ」
「するかよ!」
「だといい。ちょっとお偉いさんに頼んで紹介してもらった手前な、その人に迷惑がかかると困るんで」
恐ろしいことをさらりと言われた。
お偉いさんというのはどんな人物なのか、気にしたらマーキュリーに行けない気がする。予約をすっぽかしたらアパートの二階から白銅貨が殺しにやってきそうだ。
「……わかった、行く。行ってみるよ」
「じゃー結果報告は明日の夜にイミテーションの部屋でだな!」
二コラが楽しそう言った。
大輔は気が重かったのだが、明日の夜に、自分の部屋に誰かが来てくれるというのが単純にうれしかった。
仲間に入れてもらえるかもしれない。
そんな淡い期待を持ってしまったのだった。
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます