第21話

 クロード・ファブリ。

 緊張しながらチャイムを押す。

 すると現れたのは二コラだった。


「お? ……、」


「あ……」


 二コラと大輔はお互いに固まった。


「は、白銅貨が、今夜二コラのとこでって、……言ってたんで」


「……んで、よくここが分かったな」


「タランチュラで、ここでバイトしてるって聞いて……」


「あ、……そう。ただ、……ここ、今日は休みだぞ」


「え?」


「だからここ、……今日はクロード・ファブリじゃなくて、ただの家だけど」


「……え?」


 じゃあ、この家は二コラの実家。

 ひゅっと息をのんだ。


「まあ入れよ。せっかくだし。アイスコーヒーくらいだすぜ」


「……、おじゃましまーす」


 古き良き明治のお屋敷は、中身もまさに想像通りだった。

 今にも伯爵夫人がドレスを着て階段から降りてきそうだった。そんな内装に二コラの今風なファッションが浮いて見えるかと思いきや、不思議といいとこのお坊ちゃんに見えてくるのだ。


「玄関を一部改装して店にしてるんだ。靴を脱ぐ必要はないんで、どうぞ」


 家に招かれるのではなく、店に招かれたようだ。少しがっかりだったけれど、ま、友達じゃないしな、と自分に言い聞かせる。

 玄関脇にある一角に電気がともされると、そこには落ち着いた雰囲気の喫茶店が現れた。三人くらいが座れるカウンター、テーブル席が三つ。その奥には半個室のテーブル席が一つ。

 テーブル席からは庭が見えるようだった。


「好きなとこに座ってくれよ」


「ど、どうも」


 一番そばのテーブル席に座ると、二コラはアイスコーヒーを二つ持ってきた。

 一つを大輔の前に置き、もう一つは自分で持ったまま向かいの席に座った。


「つか、ニッケルのやつ、俺に何も言ってこないけど? ほんとにここで待ち合わせしてんのか? タランチュラじゃなくて?」


「最初はタランチュラに行ったんですけど、二コラさんは十二時すぎないと来ないし、白銅貨さんは明日仕事だろうから夜中には来ないって……」


「ふーん。とか言ってタランチュラに行ってたりして」


 笑いながら二コラは電話をし始めた。

 タランチュラにだった。すぐに電話は終わった。


「来てないってさ」


「あ、そうなんですね」


「敬語やめろよ」


「あ、はい」


「……」


「……」


 会話が持たない。


「お前、ニッケルの連絡先知ってる?」


「いえ、知りません」


「俺もあんま知らないんだよな。ラインしても既読つかねーし。あいつ最悪」


「仲良くないんですか」


「別に悪くはないね。ただ、……親密じゃないかな。仲良くなろうかと最初は努力したんだけど、あっちがどうもそうは望んでないような、感じ?」


「……、はあ、そうなんすか」


「いいや、ラインしてみよー。あ、既読ついた。珍しい」


「既読つきましたか」


「……、お前来てるって送ったら、よく辿り着いたな、ってかえってきた」


「そっすか」


「つかここ休みなんすけどー」


 スマホ画面を見ながらそう呟いている。

 そして操作を終えたらスマホを置いて、アイスコーヒーを飲み始めた。


「仕事してるから遅くなるって。しばらくなんかしゃべってろってさ」


「……仕事、なんの仕事なんすかね」


「さあ?」


「スーツ着てるし」


「いいとこに勤めてるとは思うけど。何してるかは知らないな」


「二コラさんは、なにやってるんですか」


「ニート?」


 仲間か。


「コーヒー屋の手伝いしたり、タランチュラの手伝いしたり、……、俺、落ちこぼれなんで」


「……へえ?」


「高校まではよかったんだけど……クラスでね、ちょっと」


「……」


「大学も行ったけど、浪人してたしさー、同じ大学にクラスのヤな奴がいて、いろいろあってさ、留学してそっちで卒業した。そっちにいればよかったんだけど、特に何をやりたいってこともなかったんで、戻ってきてだらだらしてる。お前は?」


「俺は……田舎で、……友達もいなくて。それで出てきました」


「東京に。大学は?」


「高卒で地元のスーパーに就職して」


「貯金して代官山に一発当てようとやってきたんだ?」


「いや、宝くじで五億当たったんで、そのままもう、田舎出よう! 逃げよう! って思って、仕事辞めてそっこーで出てきました」


 それを言うと二コラはゲラゲラ笑いだした。


「なにそれ最高」


「そ、そうすか?」


「ってか宝くじってマジ?」


「まじっす」


「けど、インゴットの手紙が届くってことはあのくっそぼろいアパートだろ? なんでそこに住んでんだよ。もっといいとこあるだろ」


「あ、はい。最初は……六本木とか? 麻布とか? 田園調布? とか探したんですけど」


 すると再びゲラゲラ笑われた。


「テンプレ!」


「ま、まあそうっす。ただそのあたりの街の雰囲気がちょっと、合わなくて」


「んで代官山かよ。……けどなんであのボロアパートに?」


「安かったんす」


「おい! 五億! ウケる」


「それに……この辺りって、一部屋五億くらいするじゃないですか。五億って、……はしたがねだなーって思ったら、なんか、……身の丈を知ったというか。田舎に帰って一千万の家を買って住むか、東京でくっそ安い部屋を借りて住むか、……なら代官山のくっそ安い部屋に住もうって……」


 もうゲラゲラとは笑われなかったが、二コラはニヤつきを隠せないようで、大輔と目を合わせずに庭を見ている。


「あのアパート、まじで神ってるな」


「自分を変えたかったんすよ。……もっと、自由に、生きたくて」


「んで、自分勝手にやらかしたと」


「……すみません」


「よくニッケルのやつ許したよなー」


「責任取れって、意味だと思います。それで今夜、二コラさんのとこで会おうって」


「あいつ、インゴットにしか心許してなかったからな」


「インゴットさんってどんな人なんですか」


「強引」


「……」


「強引だけど、相手の言うことを否定しないんだ。人の前を常に歩くけど、人の上からは発言しない」


 それを聞いて、白銅貨とは正反対の人物だなと思った。

 そして、会ってみたかったとも思った。



 続く。

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