第19話

「今後……」


 今、白銅貨は「俺たち」と言っただろうか。

 大輔は理解が追い付かない。

 待ってくれ、待ってくれ、そういう代わりに手のひらを見せて制止をお願いした。


「えーと……今後っていうのは、……えっと……」


「責任の話だよ。世の中、謝っとけば済む問題ばっかりじゃないんだ。それは俺が言ったよな?」


「あ、はい。それにつきましては、本当に」


「謝罪はとっくに聞き飽きた。それよりも、今後だよ、今後。この状況を打開する必要がある。それに関して、お前に逃げる権利はない。無職だろうがニートだろうが、自分の引き起こした責任はちゃんととれ。それまで逃がすつもりはないからな。必要があるなら、お前の実家にまで責任を及ばせてやる」


「じ、実家っすか」


 それは困る。

 汗が噴き出た。けれど白銅貨は大輔の実家など知らないはずだ。きっと大げさに言ってビビらすとしているのだろう。


「その顔、どうせ実家なんて分かりっこないって思ってるだろ」


 見透かされている。


「俺をなめるなよ。俺を誰の片腕だったと思ってるんだ。言っとくが、俺にかかればお前の実家くらいすぐに突き止められるんだぜ?」


「……どうやって」


「それは秘密だ」


 白銅貨はさっとラップトップを見た。

 ネット。

 この世の中はほとんどすべてがデータ化されてしまっている。

 吹き出た汗が、幾筋もの道を作って流れ落ちる。


「お前、だまされたな」


「え?」


 俺がパソコンを見たから、ネットを使って調べてるんだと思ったろ」


 白銅貨は嫌味臭い笑みを浮かべて、ゆっくりとコーヒーを口に含んだ。


「え……、ち、違うのか? は? 待って、ほんとわけ分かんないんだけど。えーと……、結局、なに?」


「話を戻すぜ」


「は?」


 白銅貨は人とコミュニケーションを取る気があるのだろうか。

 もしくはわざとだろうか。

 陽動されている。手のひらで転がされている。

 気が付いていも、大輔はその流れを変えることができなかった。


「信頼を取り戻す。そのために動く。当然、お前も動く。だろ?」


「あ、ああ。もちろん俺の責任だし」


「よし、じゃあ次に行こう」


 よしと言ったとき、白銅貨はとてもきれいな笑顔を一瞬だけ浮かべた。

 先ほどまでの嫌味な笑顔ではなく、大輔はなにか見間違えをしたのかと思ったほどの、自然で優しい笑顔だった。


「何も悲観するほどのことじゃなかったんだ。あの女の行動パターンを考えれば、うまくやればすぐにでも信頼は回復する。けれど、今回の依頼には基本的に関わり合いになりたくない。そうじゃないか?」


「そりゃあ、関わり合いになんてないたくないさ。コワイからな、あれ」


「だろ?」


「だからって、責任を取るんだったら、依頼をこなさなきゃいけないんじゃないのか?」


「思考を止めるなよ。この世は止まっていないんだ」


 白銅貨は何を言いたいのだろう。


「思考を止めるなって……、別に俺は頭停止してないけど」


「この世の中がいかにつながり、どれだけの動きをしているのか考えるんだよ。自分がどう動けば、一体周りにどんな影響を与えるのかを考えてみろ。例えばだ、あの店員」


 カフェでせわしなく働く店員を白銅貨が見る。


「あの店員が、俺に不愛想にコーヒーを運んで来たらどうなってた?」


「え? ……さあ?」


「俺はな、超短気なんだ」


 だろうな、と大輔は思った。


「仕事上のやり取りでだったら上っ面に笑顔を張り付けてやるけれど、今の俺は単体でここに存在し、あの店員は俺の仕事上に関係のない人間だ。となると、俺は、くそ機嫌が悪くなる。むすっとするし、会計士の時もありがとうすら言わないし、舌打ちして店内を出るだろうな。そして、その後の仕事をイライラしてこなし、周りにも俺の機嫌の悪さが伝わるだろう。そしてあの店員も俺の瘴気にあてられて、もっと態度が悪化する。そして悪化した態度で接客された客も気分が悪くなる」


「……この店の営業にも悪影響」


「だけじゃない。見てみろ、ここの客は外国人も多い。その外国人が、日本の接客に期待してカフェにやってきた。このカフェはきっと母国の雰囲気に似ているのだろう。だから客層もどちらかといえば、このあたりに住んでいる外国人が多い。代官山に住む外国人、つまりハイソサエティだ。大使館関係者かもな。その外国人からの評判が落ちる。日本の評判にもかかわる」


「世界観がいきなり大きくなったな」


「そして、この外国人たちの気分を害する。家に帰って、害された気持ちが家族に伝わる。その中には俺のように短気な人間もいるかもしれない。苛立って運転が荒くなるかもしれない。それで事故に会うかもしれない。部下を感情にまかせて叱るかもしれない。叱られた部下がやけを起こして仕事に来なくなるかもしれない。もしくは酒を飲んで暴れるかもしれない。傷害事件に発展するかもしれない。やけになって薬に手を出すかもしれない。自殺するかもしれない。もしくは、悲しんでいるところを好意を寄せている相手に慰められて、うまくいくかもしれないけれど」


「……そこまで考えるのはただの妄想じゃないか」


「妄想にするか、現実にするかだ。一つの行動は、その行動だけでは終わらず必ず何かにつながってゆく。それを想像しろ。できるだろ?」


「そりゃあできるけど……」


「よし」


 また、あの「よし」の笑顔がはじけた。

 大輔はびくっとした。


「ならあとは簡単だ。一つの結果を決めるんだ」


「結果って、」


「だからな、こうなってほしいっていう結果だよ」


「こうなって……。んー、一つは、……インゴットの名誉が回復してほしい……」


「お、そうだな。じゃあ、どんな風に解決してほしいんだ?」


 詳しく聞かれて、大輔は困った。

 どんな風にと言われても、もともとがどんなものだったのかわからないのだ。

 しばらく悩んでいると、白銅貨は


「悪い、ちょっと先走りすぎたみたいだ。今回は俺がその答えを言おう」


 と大輔の思考を止めた。


「あと、インゴットの名前はあまり出さないでくれ」


「ごめん」


「いい。……、名誉の回復。俺ももちろんそれが一番の望みだ。だから、どんな形で名誉を回復させるかを考えたんだ。単純だ。あの女に、疑ってた私が悪かったわ、ちゃんと動いてくれたわ、とブログで宣言させる、それだけでいいんだ。そして、あの呪いだの復讐だのには一切近寄らない。それが最終的なゴール」


「……そのゴールに向けて、どうするか方法を考えるってことか?」


 白銅貨は「よし」とは言わなかったが、その時の笑顔を浮かべてうなずいた。

 びくっとする。どうも慣れない。


「でさ、お前、エステとか受けたことあるか?」


 大輔は白銅貨の発言に、は? の顔付きで固まった。

 思考が完全に停止した。


 続く。

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