第15話

 二コラはカウンターの向こうに立っった。


「お、ブラックブッシュ飲んでんの? 奇遇! 俺好きなんだよね!」


 このものすごい香りの酒は、ブラックブッシュというらしい。


「お前とは気が合いそうだ。ニッケルはこれが飲み物だとは思えないんだと。あいつこそ癖の強い焼酎とか飲むくせにさ」


 二コラは楽しそうに話しながら、自分用にブラックブッシュのソーダ割りを作った。


「あ、お前のもうほとんどないじゃん。サービスするよ」


 二コラが酒瓶を傾ける。やっとゴールが見えてきていたウィスキーが、スタート時よりも大幅増量されて手の中にあった。


「……」


「では。乾杯! インゴット君」


「あ、……僕は、インゴットじゃ……」


「知ってるよ。イミテーション君」


 その言葉は、大輔の心にざくりと刺さった。

 カチン、グラスとグラスがぶつかり、二コラはおいしそうにソーダ割りを飲み始めた。


「あー、この苦みがたまんない!」


 大輔はウィスキーの表面を見つめた。


「それで? イミテーション君は何をしに来たんだ? あ、単純にタランチュラのお客だった? だったらごめんねー」


 ものすごい挑発をされている。


「あの女性が来るかと思って。居場所を知りたいんです」


「あってどうするんだ?」


「わかりません……」


「あほなの?」


「……なにもわからないんで、手の施しようがないんです」


「どう手を施すつもりなんだよ。会って「すみません。僕偽物なんです、だからあの依頼はなしでいいですか」って言うつもり?」


「……そう、です、かね……」


「あー、そう」


「あの、なので、あの女性についてなにか知ってることがあったら教えてください」


「残念ながら俺はなにも知らない」


「でも、二コラって、手紙に書いてあった二コラってあなたのことなんですよね? しかも仲介役みたいなことしてましたし」


「うん。そうだよ。けど俺はなにも知らない。あの女性は噂を頼りに俺に辿りついた。そしてインゴットに会いたいって言った。だから手紙を受け取った。そしてインゴット宛に手紙を送った。運が良ければインゴットが来る。来なければそれまで。……今回は運悪く、イミテーションが来てしまった。いやー、星の巡りが悪い女だね。かわいそすぎる!」


 腹の底から二コラが笑っている。

 そしてウィスキーのソーダ割りを炭酸飲料か何かのように喉を鳴らして飲んだ。


「イミテーション君さえこなかったら、あの女もこんな風に狂うこともなく、ただのうつ病患者で済んだかもしれないのにね」


そういって二コラはタブレットの画面を大輔に向けた。

 そこに表示されていたのは、あの恐ろしいリコリコの代官山ライフだった。


「問題はここだよね」


 ****


 これは白銅貨に文句を言わなければならないわ。

 いいえ、むしろ白銅貨に責任と取らせなければならないわ!


 ****


「……白銅貨に?」


「そう。とうとうインゴットでは埒があかないとおもったのか、矛先が白銅貨にむかっちゃったね。インゴットの本物はいないし、君はイミテーションだからどんなに評判が墜落したって気にしないだろうけど、白銅貨は本物として存在してるからねぇ」


「けど、なんで、白銅貨に責任をって……」


「インゴットが失敗したなら、相棒がどうにかしなきゃいけないっしょ。連帯責任。いや、連帯保証人? 借金と同じ」


 大輔はあの白銅貨のあの剣幕を思い出していた。


「あいつ、今頃やばいことになってるんじゃないの?」


 大輔は勢いよく立ち上がった。

 二コラが酒を飲みながらニヤニヤ笑っている。


「他人のことなんてどーでもいい、自分さえよければそれでいいイミテーション君、どうした?」


「うるさい」


 二コラをにらみつけ、大輔はタランチュラを飛び出した。

 あの女に殺されてしまう。

 白銅貨が。

 自分のせいで。


 続く。  

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