第13話
「どうゆうことだ」
「……なんのことだよ……」
ずりずりと床に尻をこすって後ずさる。とうとう背中が壁についた。
白銅貨は靴を脱ぐと、大輔の真ん前にしゃがんだ。
「勝手に依頼人に会っただろ」
「……」
「インゴットの振りをして」
「……」
「インゴットの手紙は俺によこせと言ったよな?」
「……」
「俺に渡さず、勝手に開いて、勝手に依頼人に会いに行って、……ふざけるな!」
「す、すみません!」
返す言葉が一つも見当たらない。
「すみませんの一言で済ませられると思ってるのか? どんな状況か教えてやろうか」
白銅貨はスーツのポケットからスマホを取り出した。
そして大輔を一睨みしてから、画面を押し付けるように見せてきた。
*リコリコの代官山ライフ*
とうとうインゴットに会えた。
これであの女に復讐ができる。
あの女って誰かって?
ふふふ。秘密。
でも今日はまだ生きてたみたい。
殺してなんて頼んでないからあたりまえだけど、ちょっと残念~。
あのクソブタの顔がこれからどんどん歪んでゆくのね!
想像するだけで楽しみ!
****
早く不幸になあれ!
不幸になあれ!
ああ、とっても明るかった私をこんな人の不幸を願う女に変えちゃったのは誰?
それは、あのクソブタ!
あのクソブタさえいなければ、私はこんな風にはならなかった。
だから不幸になあれ!
****
最高の仕事ができた。お客さんも喜んでくれたし。今日は帰りにイタリアンカフェによろうかな。
緑に囲まれて濃いエスプレッソを飲むの、とっても気持ちがいいの!
そしてあの女が苦悶に顔を歪ませるのを想像するのよ。
でもおかしいの、まだ平然としているのよね。
インゴットは何をしているのかしら?
****
インゴット。ねえ、ちゃんと仕事しているの?
あのクソブタ、楽しそうにデートなんかっしちゃってたわ。
しかもあの! ガラス張りの! ステーキ店で!
幸せそうに!
インゴット?
私がお願いしたのは、あのクソブタが笑顔で男と乳繰り合うことじゃなく、生きていてごめんなさい、生きてしまってごめんなさい、私は存在するだけで犯罪者です、日本の腐ったミカンです! すみませんごめんなさい! そう鼻水たらしながら泣いて徘徊するような状態におとすことなの。
インゴット?
信じてるわよ?
「こ、れ……、あの人のブログ?」
「どう考えたってそうだろう」
「……こわ……」
「こわ、で済むと思ってるのか。どうするつもりだよ。この女から復讐の依頼を受けたことになっている。インゴットの名前でな!」
「ご、ごめん!」
「だからどうするつもりだって聞いてるんだ!」
白銅貨は怒鳴った。
耳鳴りがするほどの大声だった。
思わず目をつぶると、首を壁に押し付けるように胸ぐらをつかまれた。
「かっ……、はっ……」
冷たい目が大輔を見ている。
胸ぐらから手が離れた。
大輔はむせるように息をした。
「ゲホっ、……、」
「答えを聞こうか。どうするつもりだ?」
「ど、どうって、かかわらないほうがいいというか、もうかかわりたくない」
「そうか。お前はそれでいいんだろうか。だがインゴットはどうなる? 本物のインゴットだ。お前は他人のふりをして依頼を受け、それを反故にする。で? それで迷惑をこうむるのは? 誰だ? インゴットだ。本物のインゴットだよ! ふざけるな!」
「……っ」
「どう責任を取ってくれる?」
「責任って?」
「この依頼を反故にする責任だよ」
白銅貨のいら立ちが爆発しかけている。
「せ、責任。俺に……依頼を受けろっていうのか?」
「なら依頼を受ける責任は?」
「は、はぁ? 何が言いたいのかわかんねぇよ。どうしろってんだよ!」
「逆ギレかよ」
チッと舌打ちが飛んだ。
「どうしろって? 何が言いたいのかわかんないって? こっちのセリフなんだよ、このクズ」
吐き捨てられた言葉で、心にひびが入った。
クズ。
「お前はなにがしたかったんだ? インゴットになりたかったのか?」
インゴットとはなんなのだ。
「インゴットになりすまして、そしてインゴットに責任を押し付けて、お前は全く関係ないって? 知らん顔。お前のせいだろ? それともなにか? お前は自分さえよければそれでいいのか? お前以外の人間がどうなったっていいってのかよ」
「……どうなったって……」
「他人がお前のしたことで嫌な思いをしても、自分は好きなようにしたいから気にしないんだろ?」
「いや、そんなわけないだろ! 馬鹿にするな!」
「そんなわけあるだろ!」
「わかったような口きいてるんじゃねえよ!」
「お前の今までのすべての行動や情報を見る限りそうなんだよ! 自分さえよければいいクズなんだよ! だから、……、ああ、くそ! ほんと最悪だ!」
白銅貨が急に泣きそうな顔になり、額に屁手を当てるとうつむいた。
「どうすればいいんだよ。本当に……、くそ……、お前のせいだからな」
再び上げた顔には涙などなく、憎しみと怒りに燃える目だけが光っている。
白銅貨が出て行ってしばらくたっても、大輔はその目の恐ろしさのせいで動くことができなかった。
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます