最終話 それぞれの「好き」の意味

 ラウルのお城に神官が来たあの日から、数日が経つ。

 ハルトによる魔王討伐の話も、人間 対 魔族の戦争も回避でき、私たちは晴れて自由の身となった。

 国王陛下との平和維持の調印やらなにやら、たくさんの儀式をしなくてはならなくなったラウルは、私たちと一緒に旅に出ることは叶わず、見送りきてくれた日も、「なるべく早く追いつきます」と半泣きになりながら、私たちを見送ってくれた。


 そして、まずは海、その後、全員の故郷を訪れてみよう、ということで私たちの意見は纏まり、現在は海のある街へと来て、二日が経った。



「海も堪能したし、次、どこ行く?」

「そうですねえ」

「次、砂漠とかどうだ?」

「暑いのはもういい」

「海がこんなにしょっぱいなんて思ってなかったよ……」


 少し日に焼けた肌をさすりながら、買っておいた飲み物を手にしながら言えば、「俺もそれ思った」とハルトが頷きながら答える。



「なあなあ、フィン!」

「なぁに?」


 唐突に名前を呼ばれ、振り返れば、リアーノが私の手をとり、笑う。


「まずは、オレっちからさ」

「何が?」

「手、貸して」

「手?」


 なんだろう、と思いつつ、言われた通りに、飲み物を持っていないほうの手をリアーノに差し出せば、ひょい、とリアーノに手首が掴まれ、軽く持ち上げられる。


「リアーノ?」

「好きだよ。フィン」

「……へ? あ……っ?!」


 リアーノに持ち上げられた手のひらに、リアーノの顔が近づき、柔らかな感触と温もりが手のひらに伝わる。


「オレっちからは、これね」

「っ?!」


 私の手のひらから顔を離し、ほんの少し上目づかいをしたリアーノが、にっ、といつもと違う表情で笑う。


 パッ、と離された手を思わず、ぎゅっ、と握りしめれば、「次は、オレだな!」と今度はジャンが満面の笑みを浮かべて、私の前に立つ。


「な、なに……」


 にこにこ、と久しぶりに見る良い笑顔に思わず一歩後ずさりをすれば、「フィン」と妙に優しい声で、ジャンが私の名前を呼ぶ。

 一体なんなんだ。

 突然の状況に、混乱し始めた私を見て、ジャンは「やっぱりフィンは可愛いな」と笑う。


「もー!なんなの!」


 意味がわからない。

 そう思いジャンを見上げた瞬間、ジャンの顔が目前に迫り、思わずバッ、と手で顔を覆う。

 が、何も起きない。

 なんだったんだ、と、そろーっ、と手をどけた瞬間。


「オレは、ここ」


 そう言ったジャンの唇が、鼻先に触れた。


「……鼻?」

「そ、鼻」


 ぺたり、とジャンにキスをされた鼻先を触れば、ジャンが、「オレにしてもいいぞ」とぐい、と顔をつきだしてくる。


「わっ?!」


 そんなジャンに驚き、声を上げるものの、次の瞬間、ジャンの身体が砂浜に沈む。


「まったく。フィンからはされない、こっちからするだけのルールだと決めたでしょう」

「二ヴェル、何そのルール……」


 人の真後ろに立ち、意味のわからないルールについて説明を始めた二ヴェルに、上半身だけ捻りながら問いかければ、二ヴェルは怪しく笑うだけで何も答えない。


「……リアーノにジャン……ってことは次は二ヴェル……?」

「そうですね」


 フフ、と珍しく本当に楽しそうな表情をして笑う二ヴェルに、少し呆気にとられ、ポカンとしながら二ヴェルを見上げれば、「フィン」と楽しそうな彼に名前を呼ばれる。


「何?」

「前を向いていてください」

「前?」

「そう、前です」

「うん?」


 分かったような、分からないような。

 とりあえず前を向け、というからには向いたほうがいいのだろう、と二ヴェルの言葉に、身体の向きを戻す。


「向いたよ?」

「……君は……相変わらず無防備だな」

「な、にっ?!」


 呆れたような、でも嬉しい。そんな声で小さく呟いた二ヴェルの声が聞こえたのと同時に、髪を結んでいて露出していた首筋に、小さなリップ音とともに、柔らかいものがあたる。


「な、な、な、っ?!」

「ワタシからは、首、ですね」

「首って……?!」

「本当は、この前、ハルトが唇にキスをしたので、上書きをしたいところですが……」

「う、上書きって……っ!!」

「おや、言ったでしょう? 誰かのものになっているフィンに、手を出すのも堪らないと」

「………っ?!!」


 そう言って、さり気なく近づけてきた顔は、やけにうっとりとしていて、背筋にぞわりと冷たい何かが走る。

 思わず持っていた飲み物を二ヴェルの顔へと押し付ければ、二ヴェルが「冷たいですねぇ」と楽しげに笑う。


「二ヴェル、さっさとフィンから離れろ」

「おや、まだいいでしょうに」

「もう終わっただろ!」

「おやおや」

「おわっ?!」


 くんっ、と二ヴェルから引き剥がすように、ハルトが私の腕を引くものの、慣れない砂浜にバランスを崩し、ハルトの腕の中に、ボスッ、と倒れ込む。


「あ、ごめん」

「いいよ、別に。むしろ大歓迎。ずっとこれでも全然いい。むしろずっとこうしてて」

「変態か。絶対やだ!」


 離れようとした私を、ぎゅむ、と両腕の中にしまいこみながら、両頬を緩ませて言うハルトに、なんだか少しイラッとして、ハルトの頬をぐに、と引っ張る。


「いひゃい」

「痛くしてないでしょ」

「知ってる」


 私の言葉に、くくっ、と笑って答えたハルトに、どくん、と大きく心臓が音を立て、思わず頬を掴んでいた手を離せば、パッ、と今度はその手をハルトに掴まれる。


「なぁ、フィン」

「なに?」

「フィンは俺のもの、だから」


 じ、と近い距離で見てくるハルトに、直感的に何かが危険だ、と察知をするものの、しっかりと腕を掴まれているせいで、逃げられない。


「俺は、」

「っ?!」


 少しかがんで近づいてきた顔に、思わず目を瞑って顔をそらせば、「上、見て」と耳元でハルトの声が聞こえ、「上?」と目を開けて上を見た瞬間。


「隙あり」


 喉に、チクッ、と軽い痛みのあとに、ペロ、と舐められた感触が走る。


「なっ?!」


 バッ、と顎をひき、目の前のハルトを見やれば、幼馴染みの見たこともない表情に、思わず息がつまる。


「フィンの味がする」


 声にならない悲鳴をあげ、手を振りほどこうとするものの、ハルトは笑ってばかりで、一向に手を離してくれる気配はなく。


「そんな、顔するってことは、もう一回、キスしてもいいって、ことだよな?」


 そう言って近づいてきたハルトの顔に、思わず目を瞑れば、ドゴッ、と鈍い音ともに、「痛え!」とハルトの軽い悲鳴が聞こえる。


「だ、だいじょうっ?!」

「フィン」

「え、あ、な」


 結構な音だった、と心配し、ハルトの顔を見ようと目を開けた、ふいに誰かの声が聞こえる。

 その瞬間、見えたのは、太陽の光を背にした、彼のシルエットで。


「隙あり」

「んん?!」


 あのとき、重なった唇は、誰のものだったかは、私たちだけの秘密。


 私の旅はまだまだ続く、のかもしれない。








 完








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病んでる勇者に連れてこられたけど、パーティには変態しかいない 渚乃雫 @Shizuku_N

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