第29話 勇者は我が道を行く
「つーわけで、フィン!」
「え、あ、うん?!」
「帰る」
ガタ、と立ち上がったハルトを座ったまま見上げ、何事、と思わず身構えながらハルトを見やれば、出てきた言葉は、「帰る」。
「……はい?」
聞き間違えたか。そう思うくらいに場違いな発言に、「えっと…?」と首を傾げながら問いかければ、「だから、帰るぞ」とハルトはさらり、と告げる。
「え、いや、帰るって」
「もう俺たち関係ないじゃん」
「いや、まぁ、そうと言えばそうだけど?!」
慌てて問いかけた私に、「ほら、立って」と私の両手を掴み、ぐん、と椅子から立ち上がらせ、ハルトは、ガサゴソ、と自分の身体から様々なものを外し、テーブルへと置いていく。
「これも。これも。これも、いらないな」
ぶつぶつと呟きながら、次々にテーブルに置かれていくものは、神官から旅のはじめに渡されたものばかり。
「ハル」
「フィン、俺を選んで。いや、俺を選べよ。フィン」
そう言って、私の指先をとったハルトの瞳は、いつになく真剣で。
もうイヤというほどに見慣れているはずのハルトが、なぜだか妙にキラキラしているように見える。
ドク、ドク、と心臓の音も煩い。
なんだろう。急に、なんだ。
なにかに侵食されているかのように、じわり、と内側からくる熱さに、「ハル、」と幼馴染みの名前が上手く言えない。
さっきまでの不安な気持ちも、怖かった気持ちもいつの間にかなくなり、ただ目の前のハルトが眩しい。
そんな気持ちになった、瞬間。
「ハルト。抜け駆けはダメだろう!」
「ジャン?!」
パッと横から現れて、私の手をとったジャンが、少年みたいな満面の笑顔をグンッ、と近づけて口を開く。
「オレと、旅しよう、フィン」
ただでさえ、わけが分からないけどハルトのせいで熱くなっていたのに、ジャンの真っ直ぐな瞳と笑顔を直視したせいで、一瞬にして頬に熱が走る。
「ちょ、ジャンっ、離れ」
わたわた、と焦りながらジャンから少しでも距離をとろうと必死に手を伸ばし、ジャンの手が緩んだ次の瞬間、ぐい、と身体が後ろへと引っ張られ、トスッ、と背中に何かが当たる。
「何を言ってるんです。フィンはワタシと旅に出るに決まってるでしょう?」
「ニ、二ヴェル?!」
「そうだろう? フィン」
背の高い二ヴェルに引き寄せられ、思わず顔をあげれば、耳に残る少し低めの声で、覗きこんでくる瞳は、熱を帯びていて。
いつもの気持ち悪さはどこに行った?! なんて訳のわからない文句を言いたくなるほど、格好つけている二ヴェルに、耳までが熱くなる。
「ね、フィン」
「やっ、もう…離し」
もう限界。無理。
そう思った瞬間、ドゴッ、という鈍い音とともに、「痛ってぇ?!」という二ヴェルの声が聞こえ、お腹に回されていた手がふっ、と開放される。
「だぁぁ!もう!お前ら!フィンが困ってんだろ!」
「リアーノ!」
「フィン、オレっちと世界一周新婚旅行に行こう!」
「うわあっ?!」
ひょい、と軽々と私を持ち上げて、向日葵みたいにニカッ、と笑うリアーノに、抱き上げられたことも、顔が近いことにも、どちらにも驚き、思わず変な声を出る。
「まったく…」
なんとかリアーノの腕から降ろされ、いまだギャンギャンと話し合う四人からほんの少しだけ距離をとり、小さく息を吐けば、近くにきたクレマンが「大丈夫ですか?」とほんの少しだけ眉間に皺を刻みながら私に問いかける。
「なんだかいつもと少し違う気はしますけど…大丈夫です…」
「やはり、あの野獣で変態な集団に貴女を置いておくのは危険なのではないでしょうか…」
そんなクレマンさんの心配をよそに、さっきまでリアーノに抱えられてくるくると回っていた感覚を思い出し、ふふふ、と思わずほんの少し笑い声をこぼせば、クレマンさんがそう言って、ラウルと私を交互に見やる。
「……いや、でも…良いんじゃないかな?」
「ジュニア?」
みんなを見たあと、私を見たラウルの言葉に、クレマンもまた、同じ流れで怪訝そうな表情をしながらみんなを見て、私を見やる。
「…ああ。余計な心配、でしたね」
「うぇ?」
ふっ、と私を見たあとに、柔らかな笑顔を浮かべたクレマンさんに、なんの事だろう、と首を傾げれば、ラウルが「なんでもないよ」と優しい表情で笑った。
この時、ラウルが寂しそうな表情もしていたのだ、と知ったのは、私たちがお城を去り、旅立った時だった。
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