第28話 神官の独白と、ラウルの真実

『その毒は、以前からの研究対象だったが、解毒方法も見つかっていない』

『我々に出来たことは、少しでも、痛みを減らし、少しでも長く命を繋ぎ止めること』


「遺跡の探査中に、猛毒の罠に襲われたわたしたちを、魔族界の王である魔王たちが庇った。だが、魔王たちが浴びた毒は、毒性が強すぎて、わたしたちでは治せない。ならば、貴重な、魔力も、薬草も、魔王たちに使う必要なんてないだろう。誰かが、そう言い始め、わたしたちは、その声に従った。その結果、前魔王夫妻は、猛毒に倒れ、命を奪われ、わたしたちは、魔王を倒した英雄として扱われるようになった」


 まるで誰の言葉の介入も許さないかのように、一度に言い切った神官が、一人静かに乱れた呼吸を直す。

 そんな神官の独白に、ラウルは、「もう、おしまいですか」と静かな声で、彼に問いかける。


「おしまい、とは…?」


 ラウルの言葉に、びくり、と肩を揺らし、彼を見た神官に、ラウルが、小さく息を吸い込み、口を開く。


「僕が聞いている話とは、違いますね」

「ラウル…?」


 思わず名前を呼んだ私を見て、ラウルがにこりと柔らかく微笑む。


「父上から聞きました。あの日、何があったのかも。他の誰でもなく、父上本人から。ね、クレマン」


 そう言って、横に立つクレマンさんへ声をかけたラウルに、クレマンさんは、ほんの少しだけ頭をさげる。


「あなた達を守るためだと。きっと父上のことです。危ない、と思った時には身体が動いていて、庇っていたのだと思います。人間だの、魔族だの、そんなことは関係なく」

「……そんな…」

「僕の知っている父上は、そういう人ですから。魔王なのに、お人好しで、城下に出れば、人間、魔族、そんな枠組みにとらわれず、誰からも好かれる。父上が亡くなったあと、父上がそういう人だと、城下の皆さんに、何度となく教え聞かされているから、間違いなんてありませんよ」


 少しだけ、窓のほうへと視線を投げかけたあと、ラウルは何かを決したような瞳をして、神官を真っ直ぐに見やる。


「ですから、僕は、僕たちはあなた達を恨んでも憎んでもいません。現にここの城下町は、魔族と人間が争うことなく共存をしている。僕は、ハルトさんやフィンと闘うつもりなんて、これっぽちもありません。願うのは、ただ、みんなが笑顔で暮らせる。そんな世の中にしていきたい。それだけです」


 私たちの顔を、一人ひとり見ながら、優しく微笑むラウルに、クレマンさんの瞳が、きらり、と光るものの、彼女はまたすぐにいつもの表情へと切り替わる。


「それに…二ヴェルさん」

「なんだ?」


 ふいにラウルから話を振られた二ヴェルが、きょとん、とした表情のあと、ラウルが指し示した地図の一部を見て、ふっ、と小さく笑う。


「あなたなら、あの地図に書かれていた記号も、毒の登録番号からの研究結果も、理解されてますよね」

「…まあな」


 その会話に、神官が何か、を呟いたような気がして、視線を動かせば、神官の身体が小刻みに震えている。


「じゃあ、何か。わたしたちは……魔族が、魔王が復活し、世界を滅ぼすなんて…」

「ま、あり得なさそうだな」

「そんなの!どうしてだ?!どうしてお前のせいだと、おれたちのせいで君の両親は…!なぜ責めない?!なんでっ…!」


 リアーノの相槌に、ガタッ、と大きな音を立て立ち上がった神官が、ラウルの胸元へと手を伸ばす。


「ラウル様に触れることは、容認できません」

「っがっ?!」


 ドンッ、という音とともに、クレマンさんに両腕を後ろ手に抑えられ、テーブルへと押し付けられる神官に、ラウルは席を動くことなく、彼に声をかける。


「責めたところで、父上と母上が帰ってくるわけでもない。亡くなった人は、戻らない。それとも、あなたは、責められたかったのですか?」

「…おれは…わたしは…」


 項垂れ、テーブルへと顔を押し当てる神官を目の前にし、二ヴェルが「あー…」と気だるそうな声を出し、前髪をかきあげ、眉間に皺を刻みながら口を開く。


「ということは。結論を言うと、アンタがたの罪悪感を晴らすためだけにワタシたちは利用され、挙げ句、魔王たちを殺すことになっていた、と」

「………」

「黙ってるってことは図星ってことじゃんね?」


 抑揚のない声の二ヴェルの問いかけに、なんの反応も示さずにいた神官に、リアーノが呆れた顔をしながら声をかける。


 ……そんなことって。

 一度に色んなことを聞いて、考えが追いつかない。

 利用されていた。ただの罪滅ぼしのために、殺さなくてもいい人を、殺していたかもしれない。


 しかも、それが、私のみならず、ハルトや、ジャン、二ヴェルにリアーノの手によって、だったかもしれない。


 突然つきつけられた事実に、身体が小さく震えだす。

 怖い。


 ただそれだけの感情が身体を支配しはじめた時、ふいに、ゴツン、という衝撃が右肩へと走る。


「…ゴツン?」


 何の音、と右肩を見やれば、青みがかった黒色の真っ直ぐな髪が頬にあたる。


「……くだらねえ」

「…ハルト?」


 こんな時に何をしているんだ、と幼馴染みの名前を呼べば、身体を起こすのと同時に、私を見ていたハルトとばち、と瞳があう。


「くだらないし、寒すぎる」

「ちょ、ハルト、くだらないって」


 けろり、とした表情で、心底どうでもよさそうな表情をして口を開くハルトが、私とつないだままの手を、にぎ、にぎ、と握ったり離したり、と私の手を使って遊び始める。


「くだらなくないか? っていうか、本当どうでもいい」

「おい、ハルト」


 たしなめるように言ったジャンをちらり、と見やるものの、ハルトの瞳に反省の色などまるでなく、ぴりぴりとした空気も、だからなんだ、という表情のままで、ハルトは、「おい、アンタ」と神官に向かっていつもと変わらぬ様子で声をかける。


「悪いと思ってたんなら、謝りゃ良かった。それだけの話だろ。人を巻き込んだりすんなよ。それと、ラウル!」

「うえ?! はい?!」


 思わぬ方向から、声かけに、さっきまでの張り詰めた緊張感がすべて吹き飛び、幼い顔つきに戻ったラウルが、ハルトの声にぴんっ、と背筋を伸ばす。


「お前もお前だろ! そう言うことはさっさと言えば良かった話じゃねえか。そしたらこんな面倒くさいことになってないだろうが!」

「……いや、ハルト、言うタイミングなくね?」

「知るかそんなもん」

「ははっ!ハルトらしいな!」

「全く。すべてをぶち壊しましたね」


 ハルトの発言に、思わずツッコミを入れたリアーノに対し、「知るか」と返したハルトを見て、ジャンは、いつもと同じ表情で、楽しそうに笑い声をあげ、二ヴェルもまた呆れたような、けれど、愉快そうな表情をして、口元を緩ませた。















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