第27話 神官と再会す

「説明、すべきですかね」

「そうですね。納得できる説明をしてもらいたいものですが」

「……ですよね」


 ハルトと二ヴェル、それからジャンの険しい視線を受け、ラウルは誰に、とも言えないような小さな声で問いかける。

 そんなラウルに、厳しい目元のまま静かに言った二ヴェルに、長い睫毛を伏せたまま、ラウルは何かを諦めたように、小さく息を吐き、口を開いた。



「事の発端は、些細なことだった、と聞いています」

「聞いています…とは?」

「なにしろ、僕が小さな頃の話、ですから」

「なるほど」


 静かに、淡々と。そんな表現がしっくりとくるほど、語りだしたラウルの表情は固く、声も、大きくはない。


「まだ僕が小さかったとき。僕の両親は…」

「ラウル様」


 コン、という音とともに、ラウルの名前が少し低い声に呼ばれる。


「出過ぎた真似かとは思いましたが、お客人をお通ししました」

「クレマン」


 私たちが今いる部屋の入り口には、さっきまでとは違い、燕尾服に着替えたラウルの側近のクレマンさんが、扉へ拳を当てたまま、じ、とラウルを見つめる。

 ほんの一瞬。ラウルを見つめるクレマンさんの瞳が、細くなったように思った直後、カツン、と聞き慣れない足音が室内へと響く。


「……久しぶりですね。ラウル卿」

「……貴方は……」


 クレマンさんの背後から現れた真白な服を着た一人の人物が、ラウルの瞳を、ぐらり、と揺らした。



「……和解、ですか」

「はい」

「……それを、双方が望んでいると」

「戦ったところで、誰にも得がありませんし」

「…そうですか」


 抑揚のない声色で、ラウルと二ヴェルの言葉に答えた人物は、眉間を抑え、大きく息を吐き出す。


 クレマンさんが連れてきた人物。それは、ハルトを勇者だと認定し、私をこの旅に巻き込んだ張本人。

 この国の、第一神官を長きに渡り務め、国民からの信頼も厚い、らしい。

 まぁ、私にしてみれば、平和な日々を突然、一変させた張本人でもあるし、もともと神託とかとは無縁の生活だったから、ただの迷惑な人、だったのだけれど。


 なぜだかは分からないけど、私は今、この人がとても嫌な人に思える。

 理由なんて分からない。でも、何かが嫌だ。

 そう思い、隣に座るハルトの服の裾をきゅ、と掴めば、それに気がついたハルトが、私を見ることなく、私の手を握る。

 そんな些細なことに、はぁ、と小さく安堵の息を吐けば、ハルトの雰囲気が少し和らいだ気がした。



「神官どの。単刀直入にお聞きします。流さなくていい血が流れる。亡くならなくていい人が亡くなる。あなた達の言う、魔王討伐。その先にあるものは、なんですか?」

「……何、といいますと」


 感情を抑えながらも、真っ直ぐに神官を見ながら言ったラウルに、神官もまた、眉ひとつ動かすことなく、ラウルの言葉に答える。


「誰かの命を奪えば、奪われた側が、奪った側を憎む。そこにまた争いの火種が生まれる。結局はキリの無い話なのでは?」

「……随分と正論を仰るのですね。今世の魔王殿は」

「正論で、何がいけないのでしょうか」


 ピリ、とした空気が流れる中、神官へとハッキリと意見を伝えるラウルは、遺跡で出会った泣いていた少年とはまるきり別人のように見える。

 そんなラウルの真っ直ぐな視線を遮ることなく受け止めていた神官が、大きく息を吐くとともに、テーブルの上で静かに手を組み、ラウルを見つめる。



「……あなたが一番、我々が憎いのではないですか?」

「……え…?」


「あなたの両親を殺した我々が」

「……今、なんて」


 耳を疑うような神官の発言に、私の言葉に、目があったラウルの頬に、長い睫毛が影を落とした。



「事の発端は、わたしが神官になったばかりの頃。ラウル卿がまだ小さな少年だった頃。ソレはこの国のとある遺跡の探査中に起きた。あの頃はまだ、国の中で、魔族たちとの共存派と、人間至上主義派、この二つの派閥が激しく争っていた時代だった」

「え…じゃあ神官…さまたちも、その…人間至上主義派、だったんですか?」


 ぽつりぽつりと昔のことを話し始めた神官に、思い浮かんだ疑問をぶつければ、「いや」と彼は静かに首を横に振る。


「信じてはもらえないかもしれないがね。わたしは、魔族たちとの共存派、なのだよ」

「……嘘クセェ」

「オレも同感」


 魔王討伐をハルトに命令した神官のまさかの発言に、リアーノとジャンが明らかな疑惑の眼差しを遠慮なく神官へとぶつける。


「はは、そりゃ、そういう視線になるだろうね」


 素直な二人の視線に、乾いた笑いを零しながら答える。


「…で?」

「…君は…ハルト、だったね。わたしが任命した、今世の勇者」

「俺のこともアンタのこともどうだっていい。問題は、共存派だっていうアンタが、なんであいつの両親を殺したか、だろ」


 ハルトの薄紫色の瞳が、じっ、とそらすことなく神官を見つめる。


「そうだね。この場でのわたし自身の説明は不要だったね。そう…あの日、わたしたちと、ラウル卿の両親を含む魔族らの複数人で、国内で初めて探査をする遺跡に入った。まだ誰もが足を踏み入れていない遺跡に入る。だからこそ、人間と魔族が一緒に向かうべきだと思ってね」

「…初めて聞きますね。そんな話」

「今では探査していない遺跡はほとんど無いと言われているからね」

「…なるほど」


 神官の説明に疑問を持った二ヴェルの言葉に、神官はにこり、と笑いながら答え、また口を開く。


「どんな仕掛けがあるかも、遺跡に何が眠っているのかも分からない。そんな状況ではあったけれど、わたしたちは互いに協力をして奥へと順調に進んでいった。あらかたの罠も、仕掛けも確認して、出口まであと少し。そんな時に、事件は起きた」

「…事件…?」

「……遺跡の罠の一つに、毒が仕込んであったそうなんです」

「…毒…?」

「ええ。それも、とても強力な」


 神官の、「事件」という言葉が引っかかり、思わず呟いた私の疑問に、答えをくれたのは、神官たちに両親を殺された、というラウルで、私に説明をするラウルは、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「やはり、知っていたのですね」

「…父上本人から、聞きましたから」


 静かに神官にそう告げたラウルに、神官は「そうですか」と短い言葉で答える。


「ラウル卿の両親、前魔王夫妻は、わたしたち人間を庇い、その毒を浴びた」

「え……」

「そして、わたしたちは、ラウル卿の両親を、見殺しにしたんです」

「…見殺し…?」


 すべてを諦めるような、そんな瞳をしながら呟いた神官の言葉がうまく飲み込めず、ぐるぐると、神官の声が頭の中を回っていった。







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