〈閑話〉とある日のリアーノの話
「リアって、美形よね」
「おう。そんじょそこらのお嬢さんよりは綺麗に化けれる自信はあるぜ」
「うっわ。でもその顔で言われて納得しちゃう自分にも腹立つー」
ケラケラと笑うオレに、最近よく仕事と、宿でお世話になっているそこそこ年上らしいお姉さんが、ゲシッ、とオレの脛を軽く蹴る。
「だから痛えって」
「痛くしてんのよ」
ふっ、と笑う彼女の指に挟まれた煙草が、白煙をゆるりと伸ばしながら空へと上がっていく。
「まだ街の外へ出ないんでしょう?」
「あー、そうだな。まだ、行かないかな」
「じゃ、ちゃんと帰ってきなさいよ」
そう言って、どこの誰だかも分からないオレを今日も彼女は家に泊める。
「なぁ……」
「なにー?」
ジュウジュウと音を立てる肉の前に立つ彼女の背に問いかければ、彼女が、顔だけをこちらをに向ける。
「なんで、オレっちなんかを泊めてんの? 素性も知らねぇのに」
「あ」
「んあ?」
ヒュン、と飛んできた白い物体を思わず受け取れば、ビチャ、と手のなかを湿り気が伝う。
「んなくだらないこと言ってないでテーブル拭いて」
「くだらないって」
「くだらないわよ。リアの出身地がどこでありうと誰であろうと、そんなの些細なことじゃない」
「些細か……?」
寝首をかかれるかもしれないのに。
よく知りもしないオレを、この人は何故、家に招きあげく温かい布団も、飯も用意してくれるのだろう。
「些細よ。あたしがそうしたいからしてんの。文句ある?」
ビッ、と振り返り、菜箸の先をオレに向けながら言う彼女の剣幕に、思わず「ありません」と答えれば、彼女は「それで良し」と満足そうに笑う。
「いつか、リアにも分かる日が来るわ」
「……?」
「ああ、この人に何かをしてあげたいって、この人のために、この人が喜んでくれる顔が見たい。そんな風に思う日が、ね」
そう言って、また音をたてる肉と向き合った彼女の背は、妙に懐かしい気配がした。
「リアーノ? どうかした?」
「ん? どうもしてないよ?」
「……そう?」
ジュー、と香ばしい焼き音を立てる屋台と、そこに立つおかみさんの背に、少し前のことを思い出して立ち止まったオレを、ジ、と見つめてくる淡い紫色の瞳は、納得はしていないものの、とりあえずは何も聞かないことにしたらしい。
そんな彼女のちょっとした気遣いに、ほんの少し口元が緩む。
桃色の髪が揺れる彼女の横に並び、人通りの多い市場を歩く。
一緒に旅をはじめてから気づいたのは、彼女、フィンは結構知らないことが多く、かなり好奇心が強いこと。
「あれは何だろう」とキラキラとした瞳で色々なものを見るフィンは見ていて飽きない。
「リアーノ、リアーノ。あれ、何?」
いつの間にか、また何かに気づき、くん、とオレの服の裾を引っ張り、問いかけてくるフィンに「どれ?」と質問を返せば、フィンは少し先にある屋台を指をさす。
「ああ、あれね。あれはー……」
説明をして、こっそり買い食いをして、二人で食べて、他の奴らに気づかれては、その度にフィンと二人で笑う。
こんな些細なことで、胸の中は温かくなるし、フィンが笑うなら、もっと色んなことをしてあげたい。
食べていたものをハルト達に横取りをされたフィンの少しむくれた横顔が、まるで小さな子みたいで、思わず小さく笑い声を零す。
「な、何でリアーノまで笑ってるの!」
「いや、別に」
「むう……」
相変わらずむくれているフィンの頭をぽん、ぽん、と軽く撫でる。
「フィンの髪ってさらさらなんだな」
「んー、癖はつきにくいかな」
「羨ましい限りだな」
「そう?リアーノの少し癖のある髪のほうが羨ましいけどなぁ」
頭を撫でていたはずだったが、思いのほか、さらさらとしたフィンの髪に、撫でていた手は止まり、彼女の髪へと移る。
指に絡むことない真っ直ぐなフィンの髪に比べ、オレの髪は若干の癖があって、こんな風にスルスルと指は通っていかない。
そんなオレの髪に、フィンは手を伸ばす。
「リアーノの髪は案外硬いよね。柔らかそうに見えるのに」
「フィンのが柔らかすぎるだけじゃん?」
「そうかなぁ」
オレより少し背の低いフィンが、楽しそうな顔をしながら、一つ結びにしたオレの髪をいじる。
これ、少し近づけば、チュー出来るのでは。
そんな邪な考えが頭をよぎった瞬間。
「あらあらー、仲の良い兄妹ねえ」
ちょうど立ち止まっていた店先の店主の言葉に、フィンの両肩に置こうとした手が、ピタリと止まる。
「兄妹って……」
「確かにリアーノってお兄ちゃんっぽいね」
ふふふ、と嬉しそうに笑うフィンに、ガックリと項垂れつつも、まぁ、楽しそうだからいいか、とさっき止まってしまった手でフィンの手を掴み歩き出す。
「リアーノ? どうしたの?」
ずんずんと歩きだしたオレに、ほんの少し戸惑いながらもフィンは手を振りほどくことなくついてくる。
「兄妹じゃデート出来ないだろ」
振り向いて、フィンを見ながら言えば、彼女の頬がじわりと赤く染まる。
「オレっちに惚れちゃった?」
ニッ、とほんの少しだけ格好つけて笑いかければ、フィンが「違います!」と赤い頬のまま、全力で否定をしてくる。
「なんだよー、そんなに否定しなくても」
あまりにも必死な姿に、少しくらい冗談でもいいから言って欲しかった、なんて思ったのもつかの間。
「でも」
「…でも?」
「ほんの少しだけ、格好良かったよ」
そう言って、照れたように笑い、前を歩くハルト達に向かって走りだした彼女の耳は、赤く。
もっともっと赤く染め上げてもいいけど、今はもっと、彼女の色んな面が見たい。
「さて、次はフィンのために、何をしてあげよっかなあ」
そんなことを思ったオレに、あの時の彼女が笑った。
そんな気がした。
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