第26話 魔王は民に愛される
「うおぉ。なんかまだ身体がふわふわしてんな。フィン、手貸して」
「え、ありがと」
私よりも先に降りたリアーノが何回かトントンッ、と地面の上で軽くはねたあと、まだドラゴンの背にいた私に手をのばす。
その手を借り、ドラゴンから降りるものの、リアーノの言葉とおり、なんだかまだふわついているような気がする。
「初めての感覚だなぁ」
「船の長旅から陸を踏んだときもたまにこんな感じになりますよ」
よっ、と身軽に飛び降りた二ヴェルの言葉に、「わかるー!」と私の手を握ったままのリアーノが笑いながら頷く。
「船旅かぁ…してみたいなぁ」
「その前に、俺は海をもっと近くで見たい」
私がつぶやいた言葉に、もう一頭のドラゴンから降りてきたハルトが、もう片方の私の手を掴んで、まだ少し興奮が残る表情をしながら口を開く。
「あ、私も海見たい!」
「お、いいねぇ。オレっち海得意だぜ」
ひょい、と私の手を持ち上げながら言ったリアーノに、ハルトが「なんでお前が」と声に出さずに表情で訴えかければ、「そうそう二人っきりになんてさせないさ」とリアーノがにやり、と笑いながら答える。
「オレは船旅はないなぁ」
「船旅、ですか」
「あー、お坊ちゃんはしたことなさそうだなぁ」
自分の言った言葉に、小さく答えたラウルに、ジャンは笑いながらラウルの頭をガシガシと軽く撫でる。
「うわわ」
「ちょ、おい、お前なにしてんだよ!相手は魔王だぞ?!」
焦ったように言ったリアーノの言葉に、ジャンはラウルの頭に手をおいたまま、「あぁ、すまん」と悪びれる気配は皆無のまま答える。
「なんか撫でたくなる頭をしているんだよな、お坊ちゃんは」
「お坊ちゃんって。ってそもそも撫でたくなる頭ってなに?」
「こう…なんていうか…」
さすさす、とラウルの頭を再度なでながら、ジャンがううん、と小さな唸り声をこぼす。
「手に収まりがいいサイズ、とでも言うか。弟たちの頭もよく撫でてたからなあ」
「ジャンさんは弟がいるんですか?」
ジャンに頭に手を置かれたまま、ラウルがそう問いかければ、ジャンは「ああ!」と楽しそうな表情をして頷く。
「兄貴も妹も弟もいるぞ!」
「あーなんとなく分かる気がする」
「そうなんですか?」
ジャンの言葉に、大きく頷きながら言ったリアーノに、ラウルが不思議そうな表情をしながら口を開く。
「ラウルだっけか? 兄弟はいないのか?」
「え…っと…」
リアーノの問いかけに、ラウルの表情が一瞬曇る。
「ラウ」
「ジュニア。皆さんの支度も整いましたし、城内に入っていただいては?」
すっ、ラウルの手をとり、そう告げたクレマンさんに、「ああ、そうだね」と返したラウルの表情は、彼の髪に隠されて見えない。
だけど。
「とりあえず、中で休憩しましょうか」
そう言ったラウルの声は、初めて会った時みたいに、寂しそうな声をしていた。
「ワタクシは報告などがありますので、一旦失礼します」
「あ、はい…」
ラウルとクレマンさんに連れられて城内へと足を踏み込むものの、高くそびえ立つ城門もさることながら、一歩、足を進めただけで、まるきり世界が違う。
「門の中にも、街…?」
「街、というほどではないんですが…商人の交流する場というか…」
「まるで市場ですね」
「すっげー」
「だなぁ」
お城につながる長い道と大きな広場には、ずらりと両端に屋台が並び、活気があふれ、みんな自由に行き来をしている。
慌ただしそうな人に、手をつなぎ楽しそうに歩く恋人たち、食材を手に持った家族連れ。
人間と魔族。その垣根を超えた家族、恋人、友人。商売仲間。
そんな人たちの行き交う姿に、思わず城門で立ち止まり、つぶやいた私に、ラウルは目の前の光景を簡単に説明してくれて、二ヴェルとリアーノ、ジャンの三人もまた思い思いの言葉を発する。
「城壁がでかいわけじゃないんだな」
私の隣に立ち、みんなとは違い、周囲をきょろきょろと見回していたハルトの言葉に、私も辺りを見回すものの、言われてみれば、背が高い建物は、ラウルたちが暮らしているお城と、この城門だけだ。
ほかにあるとすれば遠くに離れた塔が見えるくらいで、目立った見当たらず、「…たしかに」と小さくうなずけば、ラウルが「そうですね」と少し笑いながら答える。
「高い城壁を構える必要なんて、ないですから」
広場を行き交う人達を見ながら、そう呟いたラウルの表情は、本当に穏やかなもので、そんなラウルに、なんだかほんの少しだけ嬉しくなって、手をぎゅっ、と握れば、ラウルが一瞬、驚いた表情をしたあと、表情を崩す。
「フィン、あの、さ」
「ラウル?」
「あの…」
意を決したような表情をし、ほんの少しだけ言葉を詰まらせたラウルに、首を傾げながらラウルの口が開いたその時。
「あ、ジュニアだ! おかえり!」
「あらやだ、ジュニア様、今日はどちらへ?」
「ジュニア、その人たち友達ー?」
「あ、ジュニア様。今ちょうどパイが焼き上がったから持っていきな!」
ラウルの存在に気がついた広場の人たちが、わっ!とラウルの周りに次々と集まっていく。
気がつけば、ラウルは四方を街の人たちに囲まれ、もみくちゃにされてはいるものの、街の人たちに答えるラウルの笑顔は、今までで一番、良い笑顔をしていた。
「で、二ヴェル、どうする?」
「……まずは…神官たちに会わないと何も始まらないのでは?」
ラウルに案内され、たどり着いた城内の一室で、クレマンさんとお城の人たちが用意をしてくれていた飲み物や、軽食、それからこの国全体が描かれた大きな地図を見ながら、私たちは今後の予定を話し合うことにしたのだけれど。
むしゃむしゃと蒸しパンを両手に持ちながら問いかけたリアーノに、「せめてどっちかにしろ」とぴしゃり、と注意をしながら二ヴェルが答える。
「そのシンガンだかシンカンだかの、偉い奴らって何処にいるんだ?」
「シンガンじゃない、神官だ、ジャン。とりあえず、この国の神官だと、神殿にいるな」
ジャンの言葉に、はぁ、と大きくため息をつき、出された飲み物に口をつけながら答えた二ヴェルに、ジャンは「それだ、シンカン!」と大きく頷きながら言う。
「神殿って、どこにあるの? 山の上?」
「いや、この国の神殿は、首都にあるぞ、フィン」
「え、リアーノ、知ってるの?」
「いや…結構有名だぜ? あ、ほら、ここ。地図にも載ってるし」
私の問いかけに答えたリアーノに、首を傾げながら質問を返せば、リアーノがさきほど広げた大きな地図の一部を指差しながら答える。
「……」
そんなリアーノの行動を見ていた二ヴェルが、一人静かに眉間に皺を刻む。
その表情に、「二ヴェル?」と彼の名前を呼ぶものの、顎に手を当てなにかを考え始めた二ヴェルに、私の声は届いていないらしい。
二ヴェルの行動に、ラウルも気がついたのか、二ヴェルをきょとん、とした表情で見たあと、私を見るものの、私もどうしたらいいか分からず、小さく首を横に振る。
「なあ」
「あ?」
「何かあったか」
「…ちょっと気になることがな」
「なんだよ」
私とラウルの困惑をよそに、特に二ヴェルの考えている様子に気を使うことなく、ハルトが二ヴェルへと声をかける。
そんなハルトに、二ヴェルは一瞬、言葉の歯切れを悪くするものの、ハルトの引かない様子に、小さくため息をつき、「お前が渡された地図」と短く言って、旅の始まりに神官に渡された地図を取り出す。
「こっちは、魔王たちが持ってた地図。これは市場で売られてるのと大体同じものだ。で、コッチは、お前が一番始めに渡された地図」
「…で?」
「で、だ。大きさは違うにしても、描いてあるものは同じこの二枚の地図を並べてみる、と」
テーブルに広げられた大きな地図と、小さな地図。
その両方に描かれているものは、同じ。
「…同じじゃねぇな」
「ああ、違うな。コレ」
初めにそう言ったのは、ハルトで、その次に呟いたのはジャン。
「ハルト? ジャン?」
地図が違う。そう言っただけなのに、ハルトとジャン、それから二ヴェルの地図を見る目つきが明らかにさっきとは違う。
「…どう、したの?」
まるで、なにかに怒っているような。
突然のそんな雰囲気に、思わず小さく息をのめば、ハルトたち三人が、ジュニア、と呼ばれる魔王、ラウルへと、険しい視線を投げつけた。
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