第21話 黄色と紫

「どうしよう……!!」


 遺跡に突入して、まだ数刻も経っていない。

 にも関わらず、私は皆から離れて、一人ぼっちになっていた。



「なんか、思ってたより大丈夫そうじゃね?」

「…質の悪い噂だった可能性はありえますね」

「まぁ、でも、何も無いなら何も無いでいいんじゃないか?」


 昨晩、あれから皆しっかりと睡眠をとり、いい朝を迎え、5人揃って遺跡へと足を踏み入れた。


 特に何が起こるでもなく、時折現れる強くはないモンスターを倒しながら、罠があるわけでもない遺跡の中を皆でサクサクと歩いていく。

 緊張の糸を張っていたリアーノとニヴェル、それにジャンも、一旦、大丈夫そうだ、と警戒を解き、ハルトもまた、抜いたままだった剣を一度、鞘へとしまう。


「ふう」


 緊張しっぱなしで、喉が乾いた。

 水でも飲もう。

 そう思い、カバンの中を探った時、ふいに、目の前に黒い影がよぎる。


「な、」


 何、これ。

 そう呟こうとした瞬間、カラン、という音とともに、ニヴェルが持っていたはずのランタンが床に転がった。


「……え」


 誰も、いない。

 ニヴェルも、ジャンも、リアーノも。

 それに。


「ハルト? え、みんな、何処?!」


 居なくなったのだ。

 何の前触れもなく、何の音沙汰もなく。

 ハルトが立っていた場所に、落とし穴があるわけでも、ニヴェルの寄りかかっていた壁が回転するわけでも、ジャンとリアーノが座っていた場所が凹んでいるわけでもない。

 居ないのだ。みんなが。

 こつ然と、姿を、消した。


「どうしよう……!!」


 みんな、無事だろうか。

 いや、っていうか何が起きたの。


 破裂しそうなほど心臓がドクドクと大きな音を立てる。


「どうしたら、どこから探したらいいの…!」


 手元には地図も、何もない。

 いつもなら、嫌というほどに感じるハルトの気配も、何もない。

 絶望感に打ちひしがれそうになった時、ふと、誰かの、小さな声が聞こえた。


「…誰か、いるの?」


 おばけだったらどうしよう。

 そんな風にも考えるけれど、何故だか放っておけない気がして、声のする方へと足を進める。


「……あさま、お父様…!」


 さっきまで居た場所から、ほんの少し離れた外の明かりが差し込む場所に居たのは、この場には場違いなほど、綺麗な格好をした小さな子で、カタカタ、と身体が震えているように見える。


 ちら、と見えた頬からは、ぽろぽろといくつもの涙が零れ落ちていて、私はそっと、その子の背に、手を当てた。



「…まさか、君が魔王だなんて」

「……すみません……」

「え、いや、謝ることなんて一つもないでしょう?」

「でも、フィンさんが、こんな危ない旅をする原因の大きな一つですし…」

「んー、でも、君が…、って、ねぇ、魔王くん」

「はい?」


 ぽろぽろと涙を流していた少年の傷を治し、何故だかそこから号泣してしまった少年につられて私も泣き出してしまい、ふいに二人して可笑しくなって笑いだしてから数分後、私は目の前にいるこの美少年が、魔王だという事実を、この少年の口から告げられる。


「魔王くん、っていうのもアレだし…名前、なんていうの?」

「名前…ですか…?」

「そう、名前! せっかくなら名前で呼びたいんだけど…駄目かな」

「……名前…。ボク、もうずっと名前でなんて、呼ばれていないんです…」

「え、そうなの?」


 黄色の綺麗な瞳が、ほんの少し影を映す。

 ハルトみたいだ。

 そう思いながら、彼の言葉を待つ。


「魔王、とか。ジュニア、とか。ボクの名前なんて、みんな知らないし、興味ないんですよ」

「うーん…でも、私は知りたいよ?」

「…フィンさん…」

「それに、魔王くんは私の名前知ってるのに、私が知らないって不公平じゃない」


 どうやら、さっき聞いた話だと、魔王くんは私たちの旅をずっと見ていたらしい。

 いつか、何処かのタイミングで、和解ができないものか、と。

 ずっと、考えていたららしい。

 そんな優しい子の名前を、魔王くんの周りが何故呼ばないのか。気にはなるけれど、そんなことは、どうだっていい。


 私は、この子と。


「私、君と友達になりたい」

「…とも…だち…?」

「そう、友達!」


 私の言った言葉に、きょとん、とした表情を浮かべたあと、泣き虫の魔王くんはまた、黄色の大きな瞳を涙で滲ませた。



「ねぇ、ラウル。本当にこっちであってる?」

「…大丈夫。それにフィンの大事な人たちもこっちにいるよ」

「本当! あ、でも…変態ばっかりだけど…大丈夫かな…」

「あー…うん、それは大丈夫だと思う。ボクの周りも変なヒトたちばっかりだから…」


 ぷらぷらと手を揺らしながら、時々罠にひっかかりそうになる私を、ラウルはなんてことないようにリードしながら、スタスタと遺跡の中を歩いていく。

 さっきまで、不安で仕方なかったはずの気持ちも、ラウルが大丈夫、っていうなら、と次第に不安が薄れていき、私とラウルは、遺跡を進みながら、色々なことを話しはじめる。

 ラウルが行ったことのない山や川、街や商店。

 私のなんてことのない日常が、お城に籠もらざるを得なかったラウルにとっては、とても魅力的なものらしい。


「全部終わったら、ラウルも一緒に、街に行こうよ。絶対楽しいよ」

「うん。フィン達と一緒なら、楽しそ、フィン!」

「えっ?!うわっ?!」


 ブンッ、という音とともに、大きな石がラウルのすぐ傍を通過して後ろの壁へとあたり砕ける。

 何事?! とバッ、と後ろを振り返れば「フィンを返せ!!」と大声を出す幼馴染みの姿が視界に飛び込む。


「ハルト!」

「フィン!怪我は!」

「全然してない」


 ラウルと手を繋いだまま、ハルトに両手を広げて見せれば、ダッ、とハルトが一目散に駆け寄ってくる。


「…フィン、そいつ誰」

「ラウル君だよ。あのね、ラウルは」

「…ラウル…? …ねぇ、フィン」

「な、ハルト、痛っ」

「俺以外を選ぶの?」

「ハル…?」


 ぎゆうう、と抱きついてくるハルトの手が、かすかに震えている。


「…むしろ急に一人にされたのは私の方なんだけど」


 ぽん、ぽん、とラウルが離してくれた片手も一緒に、ハルトの背に回し、ゆっくりとハルトの背を叩けば、ハルトの手の震えが次第に収まっていく。


 すり、とすり寄ってくるハルトの髪がくすぐったくて、ほんの少し身体をよじれば、「良かった」とハルトの本当に小さな声と息が耳にあたる。


「置いていかないってば」


 もう一度、そう告げた私に、ハルトは返事の代わりに、腕の力を少しだけ、強くした。



「…で、何でこうなっているんだろうね…」

「大丈夫? フィン」

「…大丈夫」


 ラウルの言う通り、ハルトに会った直後から、ニヴェルとリアーノ、それからジャンと、立て続けに皆と再会した、まではまぁ、良かったのだけれど。


「いつまでそうやってフィンを独り占めするつもりなんです?」

「ずっと、一生」

「一生は困るなぁ。オレもフィンを独り占めしたいしな!」

「それを言ったらオレっちだって!」


 ぎゃあぎゃあ、わあわあ。

 ただでさえ狭い遺跡の中で、ただでさえこの四人は煩いというのに、再会してからずっと私にくっついまままのハルトと言い合いをし続けていて、いい加減、五月蝿い。


「ちょっと、もう、いい加減に!」


 いい加減にしろ!

 そう告げようとした時、「危ないっ!」とラウルの焦った声が響いた。




























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