第20話 少年は悩む
「例の遺跡に、ですか」
「ええ。ヤツラが現れるようですね」
「それはそれは…では、手始めに我々が相手をしに参りましょうか」
「クフフフ。いいですね。痛めつけて、ボロボロボロにして、それから」
「それから?」
「…ふふ。それからー……」
「…はあぁ…。何で、みんな、ああいう考え方なんだろう…」
朝から人に囲まれっぱなしで昼前だというのにも関わらず疲労感を覚えたボクは、自室、とは言っても、まるで演劇場のような広さを持つこの自室に、「誰も足を踏み入れないように!」とキツく周りに言い伝え、鍵をかけて引きこもる。
偉大なるお父様は、それはそれは格好良くて、ハンサムでダンディで、将来、ボクもあんな風になれたら、といつだって思うけれど。
でも、ボクはお父様のように、誰かを傷つけてまで欲しいと思うものも無いし、誰かの上に立ちたいなんて思ってもいない。
「ましてや、人間界の征服なんてさ…」
ボウ、と机の上に置かれた球体に、さっきまで皆が話していた『とある人間たち』の姿が映る。
「どうして、話し合うことを前提にしてはいけないんだろう…」
誰も傷つけたくなんてない。
そう思い、いつも、どうにかこうにか、この人たちとの接触を後へ後へと延ばしているけれど。
「きっと、この子なら、わかってくれると、思うんだけどな…」
そう呟いたボクの言葉に反応するように、球体は、薄いピンク色の髪を持つ、一人の小さな女の子の姿を映し出した。
「ジュニア様!」
「うわっ?!入ってくるなって言っただろう!!」
「足は、踏み入れてないですわ!」
「身体が部屋に入ってれば一緒だろ?!」
「やーん、つれない!」
「うるさい!離れろ!」
バアーン!と大きな音を立て、ボクの部屋の鍵を盛大に破壊しながら、人影が部屋へと飛び込んでくる。
抱きついてくる人影に全力で立ち向かうものの、所詮はジュニアと呼ばれる子どものボクと大人の魔族では力の差は歴然で、どんなに力を込めても離れようとはしない。
「離れてよ! ベルナール!」
「やだ、ベルって呼んでくれなきゃヤダ!」
「だぁぁ、もう!デュオン!」
「はい」
「いるなら止めてよ!」
「…ご自分で止めてみては?」
「できないから言ってるんだ、ってうわ、ちょっと、本当に離れてベルナール!」
ボクがベルナールと呼んだ彼女は、灰色の肌と黄色の瞳に、小さな黒い羽と黒い尻尾を持つ魔族で、ボクの隙をついては抱きついてきたり、寝込みを襲ってきたりするかなり変わっている魔族だ。
そしてもうひとり、デュオンと呼んだ彼女もまた、ベルナールと同じ魔族なのだけれど、彼女は、ベルナールと違い、魅力的な真っ白な肌と、真っ白な髪、それと真っ赤な瞳を持ち、デュオンもまたかなり変わっている。
「ジュニアは、ワタシとの口づけをご所望なのですか?」
ゲシィッ、とベルナールを強制的に投げ飛ばしてくれたのも束の間、何故だか、デュオンが透き通るような頬を、ほんの少し蒸気させながら、ボクの顎に人差し指をそえている。
「望んでないし?!」
「おや、では、何故、ワタシの名を?」
「呼んだからってキスするとは限らないし?!」
「おや残念。ですが、ジュニア、助けた褒美はいただきますよ」
「え…っんーー?!」
「あああーー!!デュオンずるいーー!」
そこからのことは、もう語りたくもない。
そんなわけで、ボクは、彼女からの魔の手から逃れるために、本気の鬼ごっこをこなし、安寧の地を求めて、城からだいぶ離れた古い遺跡のある土地へと逃げ込んだ。
「…どうしてボクばっかり…」
トボトボと肩を落としながら歩く。
「どうしてお父様は早くにいなくなってしまったの…」
魔王の息子でなかったら。
魔力がこんなにもなかったら。
ボクに彼女たちが群がることも、一人の時間を邪魔されることだって無かっただろう。
ゆっくり眠りたいのに、気がついたら誰かが布団に潜り込んでいるなんて日常茶飯事だし。
ゆっくりお風呂につかりたいのに、何故だか風呂場に誰かがいるなんてことも日常茶飯事だし。
ボロボロと、とめどなく涙が流れてくる。
「お母様、お父様…っ」
どうしてボクを置いて逝ってしまったの。
誰にいうでもなく、嗚咽が出るほどに泣き出したボクの背に、「大丈夫?」と優しい声と、温かい体温が降ってくる。
「なにかあったの? あ、それとも迷子…? でもないか」
「え…、あ」
「まぁいいや、とにかく、大丈夫? ゆっくり息吸わないと苦しくなっちゃうよ。ほら、吸って、吐いてー」
見ず知らずのはずのボクの横に膝をつき、背中をさすりながら、彼女はボクと一緒に深呼吸をしている。
「そう。その調子。って、あ! 君、怪我してるじゃない」
「え、と…あの」
「あ、えっとね。私、回復魔法は得意なんだ。ちょっと待ってね」
いつ怪我をしたのだろう。
気がつけば、むき出しだった手足と、頬に擦り傷や切り傷ができていて、それに気づくと同時にズキズキとした痛みが襲ってくる。
けれど、その痛みを感じたのもほんの束の間で、気がついた時には、温かい、薄い緑色の光に身体全体が包まれていた。
「…どうして、こんな…」
「ん?」
「なんで、見ず知らずのボクなんかに」
じわ、と視界が滲んでいく。
「だって、怪我してる人、放っておけないもの」
そう言って、にっこりと笑った彼女の笑顔は、ボクにはもう見えなかった。
「どどどど、どうしたの?!!! ごめんね?! 痛かった??!」
「ち、違うんです、ちがっ…うわぁぁぁん」
ボロボロと涙がまた大量に溢れる。
きゅう、と握られた手は温かくて、それがまた涙を増やす原因にもなっているのだけれど。
そんなことは彼女が気がつくはずもなく、彼女もまた、「え、もう、そんな、泣かれるとあたしだって、」と言って、ボロボロと涙を流し始める。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
もしかしたら、ほんの僅かな時間しか経っていないかもしれない。
けれど、ふと気がついた時に、涙で頬をぐしゃぐしゃにした彼女と目が合い、何故だかふいにどうしようもなく可笑しくなって、二人揃って「ぷっ」と笑い声を吹き出した。
それが、ボクと彼女の、始めての出会い。
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