第17話 猪突猛進
「オレっちのせいか?! え、オレっち悪くなくね?」
「でも叫んだのお前じゃん」
「いや、それはあんたが嬢ちゃんにあんな風に迫るから」
「あ?」
結局、ハルトに耐えきれなくなったリアーノが、大きな声を出した結果、撒いたと思っていたチンピラさん達が私たちの前に現れ、「見つけたぜ!」と悪者らしい悪い発言をして数分後。
「喧嘩を売ってきておきながら、情けない奴らだなあ」
殴っては投げ、蹴っては踏み、斬っては投げ。
自分に向かってきた自分よりもはるかにガタイのいい人たちをハルトが一人で次々と倒していれば、どうやら酒場でのことを片付けたらしいジャンとニヴェルも参戦し、ものの数分で、私たちの周りには、大量の人たちが気を失って倒れている。
「…なんだ、もう終わりか」
「いや、もうお前らが規格外だろ?!」
「こんなもんだろ?」
「まだまだ足りないですね」
「フィーンー!」
パシパシ、と服についた汚れを払いながら、こともなげに言ったジャンに、私の隣に立つリアーノは驚きの声をあげるものの、ジャンとニヴェルは、普通のテンションで返事をし、ハルトに至っては私の名前を呼びながら、倒れている人たちを容赦なく踏みつけてこっちへと走ってくる。
「ちょ、ハルト!踏んでる!踏んでる!」
「ん?」
満面の笑みを浮かべてこっちへと走ってくるハルトに声をかけるものの、ハルトは「だから何?」という表情のまま走る足を止めない。
時折、「ぐえ?!」という声が聞こえ、大丈夫かな…と踏まれた人……とハルトの犠牲になった人たちを心配していれば、まだ昼間なのに、大きな影ができている。
「……影?」
なんだろう。
そう思った瞬間、「くそっ!」という声がすぐ近くに聞こえた。
「女の子を背後から襲うとか、ないわ。有り得ない」
「……あ、りがとう」
そう言って、足をおろしたリアーノが、小さく呻き声をあげて、ドサッと倒れた男の人を仁王立ちで見ながら「ったく」と呆れた声を出す。
「怪我は?」
「ない。だい、じょうぶ」
悔しそうな声がした、と同時に、気がついた時にはグッ、と倒れない程度に身体が前に押しだされ、リアーノの身体が、足が、動いていた。
突然の出来事に驚き固まっている私を見て、「なら良かった」とリアーノはにかり、と笑う。
その表情に、またさらに驚き思わず瞬きを繰り返せば、何故かリアーノも驚いた表情をしたあと、「だ、大丈夫か?!」とガシッ、と私の腕を掴みながら焦った表情を浮かべる。
「リアーノ??」
「どうした?やっぱどっか痛い?もしかして当たった?!」
鼻先がぶつかるんじゃないかと思うほどの勢いで顔を覗きこんできたリアーノに思わずビクッ、と肩があがるものの、リアーノの勢いは止まらず、「だ、大丈夫」と言葉を詰まらせながらもどうにか答える。
だが。
「やべぇ、女の子に怪我させるなんて…!」
いや、してないし。
ものすごく衝撃を受けたような表情を浮かべ、私を見やるリアーノに、「リアーノ? 聞いてる?」と彼の名を呼ぶものの、リアーノは下を向いたまま何やらぶつぶつと呟いていて、全くもって聞く耳をもたない。
「リアーノ、だから大丈夫って」
言ってるじゃないか、ともう一度、話しかけるものの、「フィン!!」とリアーノが私の名前を叫びながら突然顔をあげ、彼の手に力がこもる。
「痛っ!」
「あああ?! オレっちのために嘘なんかつかなくていいさ!あ、ほらやっぱり怪我してるじゃん!!」
「え、ちが、今のはリアーノが」
ぐん、とリアーノに強く握られた腕が痛くて思わず出た声を、どうやら彼は、私が怪我をして痛がっていると勘違いをしているらしい。
「女の子に怪我させたんだ、腹決めるさ!フィン、オレっちが一生面倒みる。結婚しよう」
掴まれていた手が離れ、一度離れていたリアーノの顔がまた近づく。
「ちょっ?!」
「大丈夫、フィンに苦労はかけないさ」
ぎゅ、と握られた手と、真っ直ぐに見てくるリアーノに、「いや、だから、違うってば!」と声をかけても、「心配いらないさ」とリアーノはにこりと良い笑顔を浮かべる。
「そうと決まれ」
「決まってねぇし」
よし!と私を連れてリアーノが歩きだそうとした瞬間、バシッ、と繋がれていた手に衝撃が走る。
「フィンは誰にもやらない。俺だけのものだ」
喧騒の中、背後から、やけにはっきりと聞こえた声が誰のものかなんて、顔を見なくたってわかる。
「ハル」
幼馴染みの名を呟いたのと同時に、リアーノの身体が真横に吹き飛んだ。
「我々を差し置いて求婚だなんて、君、なかなかに命知らずですねぇ」
「なあ、二ヴェル、きゅうこんってなんだ?食えるか?」
「……プロポーズですよ。言わせんな」
「…プロポーズか!」
なるほど!と一人の少年を真横に投げ飛ばしておきながらジャンはポンっ、と手を打って頷いていて、二ヴェルは何が恥ずかしかったのか、耳を赤くしながら、ジャンの頭を軽く叩く。
「にしたって何も投げ飛ばすことないだろ!」
「むしろお前よく受け身とれたな!」
「投げたアンタが言うか?! それ!」
ジャンに思い切り投げ飛ばされたリアーノに、駆け寄ろうとした私を、背中からがっしりと抱き抱えているハルトが手放してはくれず、リアーノの無事を心配するものの、すぐにジャンと二ヴェルと話す声が聞こえ、ホッと息をはく。
リアーノの両隣に二ヴェルとジャン、そして相も変わらずハルトに拘束されたままの私、と相手の姿も見えて声もはっきりと聞こえるけれど、手や足が触れるには遠い、という絶妙な距離にほんの少し戸惑いを覚えるものの、さっきのリアーノの様子を思えばちょうどいいのかもしれない。
どのみち、この状態のハルトの腕から抜け出すのは至難の技だ。
そう結論づけた私は、この距離のままで、「あの、リアーノ」と彼の名前を呼ぶ。
「私、ホントに怪我なんてしてないから」
「そうなのか? でもさっき痛いって」
「あれは…」
「あれはお前が馬鹿力でフィンの腕を掴むからだろ」
「…ハルト」
リアーノの問いかけに一瞬とまどった私の言葉を、その場に居なかったハルトがリアーノに向かってはっきりと言い切る。
「ん?」
ハルトの言葉に驚き、幼馴染みを見上げれば、やけに優しい顔をしながらハルトが首を傾げる。
「や、あ…の」
ドクン、と心臓が大きく音を立てた気がする。
バッ、とハルトの視線から逃げるように顔を背ければ、「フィン?」とハルトの不思議そうな声が聞こえる。
「み、見てないのに何で分かったの」
ぎゅ、と掴むのは、さっきリアーノに掴まれていた自分の腕。
「ああ、それ?」
「ひゃっ」
「フィンのことなら何処にいても、何処からでも、何でも見てる」
さらりと私の耳元に口を寄せて言ったハルトの声が耳に響く。
髪に口をつけながら話したのであろう。
耳に髪と、ハルトの息があたり思わず変な声が出た私は、キッ!とハルトのほうを睨めば、ハルトはやけに満足そうな表情を浮かべている。
「何にやにやしてるの」
「いや、別に」
「してた」
「これが俺の平常運転」
しれっと反省することなく言ったハルトに「絶対にちがう」と言い返せば、「へえ?」とハルトが楽しそうな表情を浮かべながら言う。
「じゃあフィンの言う俺ってどんなやつ?」
じ、と私の瞳を真っ直ぐに見て言うハルトの少し長い前髪が揺れる。
「え、なに急に」
「答えてよ」
「何で」
「何でも」
私を抱きかかえている腕にさっきよりもほんの少し力が加わる。
「ねえ、俺は、フィンの瞳にはどう写ってる?」
「…ハルト」
「俺はずっとフィンが好きだし、愛してる。だから、フィンは誰にも渡さない。渡せない」
「……ハル?」
「俺だけのフィンでいてよ」
そう告げたハルトの瞳の色は、私より少し明るい色のはず。
それなのに、私よりも暗い色に見えたのは、きっと気のせいじゃ、ない。
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