第16話 光る地図
「結局、オレっちはよく分かんなかったんだけど、どゆこと?」
「私も」
リアーノの言葉に続いて、ひょい、と手をあげた私を見て、ハルトが「あー、えーと」と口を開きかけるものの、「二ヴェル」と私の横に座る二ヴェルへと丸投げをし、二ヴェルもまたそんなことだろうと予想していたのか、「仕方ねぇな」と言ってから、ジャンが粗方食べ尽くし空になった食器を片し、テーブルに地図を広げる。
「これはあくまでもワタシの仮説、ですが」
「仮説…?」
「ええ。複雑にかけられた魔法を読み解くにはそれなりの時間がかかりますが、今回はそんな学術的なことではないですし」
そう言った二ヴェルが、つい、と地図の一箇所を指さす。
「ここ、もう分かりますね?」
「私たちのいるところ、だったよね」
「ええ。ではハルトが外に出たとき、地図はどうでした?」
「小っさい光がハル…トだっけ、が動く度に一緒に動いてたな」
「リアーノの時も動いてたよ?」
「そうなのか?!」
驚きながら言ったリアーノに、うん、と頷けば、隣のハルトがほんの少しだけ、ムッ、とした表情を浮かべる。
「さっき、光るインクの話をしましたね。多分、この紙にも、インク自体にも魔法をかけたのでしょう。二重三重、いや、三重以上の魔法を重ねに重ねてある。まず、この国の街や村の入り口には、魔物避けの魔法が帝国の賢者や、魔法使いによってかけてある。この地図は、街や村の外にいるときにワールドマップになっているけれど、ある一定の距離に近づくと、その街や村の市街地図になる。それとハルトのネックレスですが」
「ハルトの?」
ちらり、と地図を見てからハルトを見た二ヴェルに続いてハルトを見やれば、「ん?」とハルトが嬉しそうな表情をして首を軽く傾ける。
「それには、というよりは、あのネックレスの後ろについてるタグに、この地図だけに反応する追跡魔法がかかっている、と思います。それと、もうひとつ」
「もうひとつ?」
「さっき、リアーノが出ていった時も
光ってましたよね?」
「うん」
リアーノが出ていった時も、ハルトの時ほどではないものの、同じように地図の上で小さな光が動いていた。
「多分、それも魔法のひとつです。パーティメンバーの居場所が分かる、のかと思われます」
「え、でも、リアーノはさっき仲間になったばかりよね……?」
そもそも、ハルトと私は、神官たちに勝手に任命されたけれど、ジャンもニヴェルも、もちろんリアーノも、あの神官たちには会っていない。
それなのにどうして仲間だと、判断できるのだろうか。
首を傾げながら地図を見ていた私に、「フィン」と二ヴェルが小さく笑いながら名前を呼ぶ。
「神官たちが使う魔法には、膨大な種類のものがあって、そのうちの一つに、予言に対しての魔法もあるんです」
「そうなの?」
「ええ。なのでまあ、色々組み合わせれば、予言対象の該当者の居場所を追跡する、とかも出来る、みたいですね」
「……みたい??」
ほんの少し、嫌そうな、というか、少し面倒くさそうに聞こえた声に、二ヴェルを見やれば、「ええ。みたい、です」と二ヴェルは変わらずに面倒くさそうな表情を浮かべる。
「まぁ、これはかなり特殊なもので、市場では売らないでしょうが、こういう物が作られると、今後、色々と面倒なものまで作られそうで嫌なんですよね」
「……へえぇ」
さらりと言ってのけた二ヴェルの言葉に、二ヴェルと地図を交互に見やる。
「オレも追跡魔法付きの地図の話は聞いたことあるぞ。だから普通の地図よりもかなり売値が高いよな!」
「ええ。そこそこ大きい都市に行かないと買えないですし、値段もそこそこな金額ですが、予算さえあれば一般人でも買えます。」
「……こんな紙っペラが…?」
分かりやすい二ヴェルの説明はもちろんのことながら、ジャンが地図もネックレスのことも知っていた事実にも驚くし、そもそもこんなボロボ…じゃなかった、神官たちに押し付け、じゃない、渡されたこの地図が高級品だなんて…と驚く私の向かい側で、リアーノが小さく呟く。
「……ちなみに、どれ位の値段するんだ…?」
地図をじい、と見たまま、視線を逸らさずに言うリアーノに、二ヴェルは興味を持たないらしく、「ま、普通の人間なら裕福に半年は遊んで暮らせるくらいですかね」と割と本気でどうでも良さそうな雰囲気で二ヴェルが答える。
「おまっ、お前ら!なんでそんな高けぇもん目の前にして動揺しねえんだよ?!絶対売ったほうがいいだろ?!」
「そうですか?ワタシのメガネや、ジャンの剣のほうがよほど高いですけど」
「……へ?」
「……え?」
さらりと言った二ヴェルの言葉に私とリアーノの動きが固まる。
ぽかん、とした表情のまま私を見たリアーノと言葉を交わすことなく二人揃って二ヴェルとジャンに向き直れば、「フィンはともかく、君まで知らないとは」と二ヴェルがほんの少しの驚きと呆れを入り混ぜたような表情を浮かべる。
「君は盗賊でしょう?」
「ハンター、もしくはシーフって言ってくんね?」
「どちらも一緒でしょうに」
「響きが違う!シーフのほうが格好いいだろ!」
「あ、それ、オレもなんとなく分かるぞ!剣士っていうよりソルジャーっていうほうが何か格好いいよな!」
「お、あんたは分かってくれるのか!だよな!だよな!」
二ヴェルの問いかけに、リアーノが不機嫌そうな顔をした、と思った次の瞬間には、リアーノは会話に参加してきた隣の席のジャンと何故だが拳と拳を突き合わせて、ハイタッチをしている。
笑ったり驚いたり怒ったり、リアーノの表情の変化は忙しなくコロコロと代わっていく。
人見知りのハルトとも、基本的になんでも受け入れるジャンとも、第一印象だけならとてもいい二ヴェルとも違う。
見ていてこっちまで楽しくなるリアーノの表情に「ふふっ」と思わず小さく笑えば「何なに?どした?」とリアーノが首が折れそうな角度で私を見てきて、「首折れちゃいそうだよ」と伝えた時、リアーノの頬がぶわっ、と赤色に染まる。
見ていて飽きないなあ、とリアーノの様子を眺めていると、くい、と隣から軽く髪が引っ張られる。
「なに?ハルト」
何だろう、とハルトのほうを向けば、「フィン」と小さくハルトが小さく呟いた、と思ったと同時に、ぎゅむ、と突然、暗くなった目元と片腕に温かさが伝わる。
「ちょっ、なに」
「俺以外見ないでよ」
目元に手があてられている。
そう理解し、ハルトの手をどかそうと掴まれていないほうの手でハルトの手をつかむものの、ぐ、と少しだけ力が籠もるハルトの手がぴくりとも動かない。
「ハルト、見えな」
「俺以外を見るなら全部見せない」
「んぐぐぐっ……あ!」
静かに言うハルトと私の、静かな攻防戦が私の負けに終わりそうだった時、ふいにハルトの押さえつける力がほんの少し緩まる。
「なんだよ、ジャン」
「フィンを連れて先に」
明るくなった視界に映るのは、ジャンに不機嫌そうな顔を向けるハルトと、なぜだか険しい表情をしているジャンで、私の腕を掴んだままのハルトが「分かった」とジャンに軽く頷きながら答える。
「フィン、食べましたか?」
「あんまり食べて、ないけど」
「じゃぁあとで買いましょう。リアーノ」
まるでハルトとジャンの短い会話が合図になったかのように、ハルトは私の腕を掴んでいた手で、私の手を握り、立ち上がる。
それと同時に、ニヴェルが私に問いかけ、わけも分からないままに答えた私を見たあと、ニヴェルはリアーノの顔を見やる。
「駄賃!あとオレっちの飯も!」
「銀貨15枚で。二人を頼みましたよ」
「よっしゃ。任せとけ!」
自身の腕を叩きながら言ったリアーノは、「行くぞ。お二人さん」と言い私の空いている方の手を掴んで走り出す。
「ちょ、ちょっと?!リアーノ?!」
「フィン、走って」
「ハル?!何、なに?!」
突然走り出した二人に半ば引き摺られるような形で店の外へと飛び出す。
ほんの少しちらりと振り返って見えたのは、慌てた顔をして私達を追いかけて店を出た人たちが、店の外へと倒れ込む姿だった。
「はっ、はぁっ、もっ、待ってっ、無、理っ」
「フィン、俺が抱こうか?」
「や、だっ。でも、もう、無理ぃっ!はあっ」
「ね、フィン。抱いてって言って」
「絶っ対、や、だ!」
「だーー!なんかお前らエロい!!!」
店を出てから必死に走り、途中、追いかけてきた人たちをハルトが容赦なく倒し、それでもリアーノに連れられるまま走り続け、私は息が完全にあがって、言葉がままならなくなる。
そんな私を、ハルトは妙に嬉しそうな顔をしながら私の顔を覗き込みながら意味の分からないことを言い、リアーノはなぜか顔を真っ赤にしながら走る足を止めた。
走る足が止まった瞬間、倒れ込みそうになった私を自分自身で受け止めたハルトが、「可愛い」と私の耳元でつぶやく。
「な、にをっ」
息が苦しくてハルトを押し返すほどの力も無くなっていた私は、精一杯の抵抗にハルトを見上げて睨み返すものの、ハルトは悦ぶだけで離そうとはしてくれない。
「おい!ハルマ!」
「…は?」
「あ?違ったか? えっと何だっけ。名前」
焦ったような声で、思い切り間違えてハルトの名前を呼んだリアーノに、ハルトは思い切り不審そうな表情で答える。
そんなハルトの顔を見て間違いだと気がついたリアーノに問いかけられるもの、ハルトは黙ったままで、何も答えようとはしない。
絶対、これ、教える必要がどこにある、とか思っている気がする。
ハルトの顔を見てその考えを確信した私が、「ハルト」と小さく名前を呼んだ時、「だああ!もう!」とリアーノの叫ぶ声が響いた。
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