第7話 バイオレンスな再会

「ねえねえ!この人エーシンニィニィじゃないですか?」


と克子オバアと共に夕食後片付けを済ませた知花さんが仏壇の横に落ちていたアメリカの音楽雑誌を開き…


とあるギタリストの写真を他の宿泊客たちの前に広げて見せた。


はい、最後の宿泊客出ましたねえー。わったーは語り部でここ波照間島の民宿しらはま荘の女将克子オバア、乱入再びさあ。


第一話から登場しているにも関わらず存在感の無かった地味ーな大学院生は知花由利佳、23才。わったーの遠縁の娘である。


由利佳は生まれは沖縄の本島だけれど12の時に内地の中高一貫性に進学して九州に渡り、大学院生の今までずーっと内地で暮らして来たこの子は体は沖縄産だが、ソウルはナイチャー(内地人)である。


せかせかしていて時間にうるさい子でさあー。時間を守らないと「マジ信じらんない」と激怒するのさ。


石垣での飲み会に二時間遅れたぐらいで、ねえ。


由利佳は大学一年から夏休みになると八重山諸島の民俗学の研究と言ってここしらはま荘を拠点に離島めぐりのフィールドワークをしている訳さあー。


民俗学で飯食えるのかねえ?

とわったーは心配してるけどそこは遠縁の娘。ここに来る時は格安料金で泊めてその分宿の仕事を手伝ってもらっている。


とうとうバカ孫エーシンの正体に由利佳が気づく時が来たか。



その雑誌は一昨年七月のバックナンバーでニューオリンズを拠点に活躍するギタリスト、ジェームズ・エーシン・ハテルマが紹介されていた。

ライブ会場で腰まである長髪を振り乱して光沢のある赤いエレキギターを弾く彼の見開き写真の下部に「有名バンドからのオファーが絶えず今最も有望なギタリストである」という内容の記事がある。


「この写真といい名前といい…まんまエーシンさんじゃないか!?ってかこの人のCD俺持ってるし!ちっくしょーシビれる弾き方しやがるなあと思った俺の憧れ返せ。あのダメ男…」


とショックを受けて畳に両手を付いて野上くんから雑誌を奪ったのはエーシン自身。


「他人の空似さあー。世の中にはそっくりさんが3人存在するっていうからねえ」


と笑いながら雑誌のページを破り取ろうとした所をニィニィそれ私の!と叫んで由利佳がエーシンの脳天に手刀を喰らわせ、エーシンは悶絶して真後ろに倒れた。


ちなみに由利佳は琉球空手の黒帯二段であった。


「こらエーシン、目の前に証拠突き付けられてシラを切るような汚い大人に育てた覚えはないよ!」


と克子オバアが叱るもエーシンは頭を両手で押さえながら「オバアに育てられたのは10才までさ」と不貞腐れて抗弁した。


波照間・ジェームズ・栄進、彼の生い立ちは何か色々と複雑なものがありそうだ…


と京子さん、桂教授と野上くんと篠田くんの医学生コンビ、田所夫妻、由利佳宿泊客7人全員が祖母に叱られているロン毛のチャラ男に注目した時、


「あのー、お取込み中非常にタイミング悪くて申し訳ないんだけど、波照間栄二の三線星屑ライブに参加するお客さんいませんか?」

とエーシンの弟栄昇が呼びかけた。


八重山諸島で知る人ぞ知る地元の民謡歌手の自宅でライブと言う企画と聞いて留守番係の由利佳以外全員参加を希望し、送迎車の後部座席真ん中に座った京子さんの隣に「俺も行く!」とエーシンが身をねじ込んだ。


「覚悟を決めたなニィニィ…命の保障は無いよ」

「それでも行く」


これから行くのは民謡歌手の家の筈なのに…この兄弟間の鬼気迫る遣り取りは一体何なの!?


と一同がビビりながら車に揺られる事10分足らず。牛糞の匂いが立ち昇る牧場の真ん中に京子さん達は降ろされた。辺りには羽虫が飛び交い、ぴしぴしと顔に当たる。


あー、あそこまで歩くのかあ…とこぼす篠田くんの口の中に虫が飛び込み、慌ててぺっと吐き出す。


「一体何なんですか?この蚊より多く飛ぶ虫は」と口を拭った篠田君が尋ねると


「とびらー(ゴキブリ)さあー」


と当たり前の口調で栄昇が答えたのでとびらーの意味を知っている田所夫妻はげえっ、と叫び、


「篠田君、あんた今ゴキブリ食ったよ!」


と指摘した。篠田くんはたちまち顔に脂汗を浮かべて「ぎゃあああああっ…!」叫んで唾を何度も地面に吐き、「京子さんも両手で口を覆って「ゴ、ゴキジェットゴキジェット!」とこの世で一番嫌いな生物が飛び回る地獄に涙声で震え、一同は波照間兄弟以外阿鼻叫喚の騒ぎとなった。


「屋外で殺虫剤撒いてもきりがないさあー」

仕様がないねえ、とエーシンはおぶってやる。と京子さんに背中を向けて屈んで牛糞をサンダルで踏みつけてしまった京子さんは仕方なく彼の背中にしがみついた。


「京子さんは細くて軽くていい匂いするねえー」

とあからさまに言われて京子さんは、い、今私生まれて初めて男性に密に接触している?で、でも、状況的に仕方ないじゃない。


とここは開き直ってエーシンに甘えた。


一同が牧場主宅のウッドデッキに昇ると人数分置かれたパイプ椅子に腰掛け、栄昇が玄関脇の冷蔵庫からオリオンビールやら泡波のミニボトルを取り出して全員に配った。


…そして、エーシンが玄関をノックしてから「親父?俺栄進だけど」と中の住人に呼び掛けるといきなり扉が開き、口ヒゲのおっさんの掌底がエーシンの胸板にめり込んだ。


こうなるだろうと予測して後ろ受け身を取ったエーシンはウッドデッキから転がり下りてから、けほっ!と強く胸を押された衝撃で空咳をした。


「18年ぶりの再会だから手加減してやったぞバカ息子よ…」


と半白髪を角刈りにしたTシャツにジーンズ姿の家主が発達した筋肉を見せびらかすように腕を組んで尻餅をつくエーシンを見下ろす。


民謡歌手、波照間栄二。

本業は牛農家で栄進と栄昇兄弟の父親はバイオレンスな親子の再会を唖然として見ていたお客さん達を前ににこり、と営業用の笑顔をし、


「えーわざわざ本土からいらしてくれた皆さん。今宵は一期一会、天の川の下年中七夕状態のこの星屑ライブにお越しいただき有り難う御座います…まずは皆が知ってるあの民謡から」


と三針を構え、安里屋ユンタ。花。十九の春。を歌い終えて見事な歌声を聞き惚れた一同の拍手を浴びた。


「悔しいけれど相変わらず親父上手いなあ」


と胸の痛みが取れてかはっ!と深呼吸したエーシンがミネラルウォーターのボトルを一口飲んで呟く。


「ねえ、あなた達親子に一体何があったの?ジェームズってあなただけアメリカ国籍なのはなぜ?」

と泡波でほろ酔いになった京子さんは酒の力を借りてだがやっと思ったことを率直にエーシンに聞けた。


エーシンは京子さんの顔を見てから目線を落とし、やがて意を決して


「あれは十才の冬でした」

と民謡十九の春の歌詞をパロって自分の過去を話し出した。









































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