第8話 星になったあなた

波照間栄進は民謡歌手の波照間英二と客室乗務員の美佐子の長男として生まれ、物心ついた時から三線を弾いていた。


多忙な両親に代わって父方の祖母である克子オバアが自身が経営する民宿に栄進と弟の栄昇を引き取って育てた。


三線だけでなく泊まり客が持ってきたおもちゃの琴やフォークギターにカンカラ三線。とにかく糸が張ってあれば何でも弾いた。


上手く演奏すればお客さん達は拍手や口笛で誉めてくれ、少ないけれどお小遣いもくれた。


たまに帰ってきて稽古をつける父の教えは厳しかったし失敗すれば叩かれもした。


「そんな短気な子育てをしてはいけない!」

と克子オバアはその都度父を叱ったが、

「こうでもしないとガキはいう通りにはならない」と父は聞く耳を持たなかった。


まあいいや、ぶたれるのは年に二度か三度のことだしオレは弾いているうちにこれは!という音を見つけてその調べを体じゅうに響かせるのが一番の幸せなんだから。


幼いエーシンの孤独を埋めたのは克子オバアの手料理と来ては去る観光客たち。そして音楽だった。


そんなエーシンが10歳の時、父と母が離婚した。


一年ぶりに会う母は口ひげをたくわえたアメリカ人の中年男を連れて来て「この人と再婚するの」と嬉しそうに言ってから、

「エーシン、エーショー、あなたたちのどちらかをアメリカに連れて行くから話し合って決めて」と勝手にのたもうたのだ。


いきなり何を言ってんのさ!と思ったが親父はもう好きにしろ、とでも言うようにそっぽを向いている。


弟のエーショーは克子オバアにしがみついて「やだ!そんな遠くに行きたくない」と泣くので仕方なかった。


10歳の冬、エーシンは母と新しい「父」に付いてアメリカに渡った。


最初の頃は英語も喋れず日本人だからという理由でいじめに遭い最初の3ヶ月は泣いて過ごしたが、ある日何かの発表会でエレキギターを弾いてからクラスメイトの態度が変わった。


「エーシン、お前って最高にクールだな」といじめっ子だったジョシュアがハイタッチしてきてからエーシンはクラスの人気者になった。


ハイスクールに進学してからはバンドを組み、大学在学中からライブハウスで演奏するようになりプロモーターの目に止まってデビューを果たした。


これからはギターで食っていく。と三線を封印したのはその頃だ。


それもこれも、ルイジアナ州でスーパーを経営する継父リチャードが

「ただし、大学だけはちゃんと出ること」と条件付きでエーシンのやりたいこと全てを許してくれたからだ。


「一年に一度しか子供に会いに来なくて浮気して親父と別れた自分勝手な母親は今でも苦手だけれど、リチャードパパに引き合わせてくれた事には感謝している」


有名なミュージシャンとのセッションに呼ばれて喝采を浴びて何もかもが順調だった。


しかし昨年の8月、ニューオリンズのライブハウスでエーシンの超絶技巧に熱狂する観客の中から数発、銃声が聞こえた。


脇腹に灼熱感。弦が切れて弾け、ギターに穴が開いたな。


と思った瞬間エーシンは腹から血を流して倒れた。


「一昨年の8月6日にあった熱狂的なファンによる発砲事件だ。黒人女性ボーカリスト、ジェニファー・トンプソン死亡。ギタリスト、ジェームス・ハテルマは腹に銃弾を受けるも一命を取り留めた。ってネット記事に書いてあった…」


野上くんがサイダーの缶を両手で包み込みながら包帯を取って傷をさらすように全てを話す目の前の男を見上げた。


「その時の傷がこれさ」


とエーシンはTシャツをめくって右脇腹にある銃創を見せてくれた。


「アメリカでささやかながら成功したと思ってた頃に銃社会アメリカの洗礼を受けて傷ついて故郷に戻って来た、って訳」


病院のベッドで目覚めたエーシンは、

ああ、沖縄の海が見たい。

とまず思い、傷が癒えて即それを実行した。


「それからステージに立つのが恐くなっちゃってさあ…作った曲をアーティストに提供したりギターの練習を欠かさずにして音楽と切れないようにはしてるんだけど」


なんてことだ。

この星空ライブの観客の中で一番能天気そうな男が体にも心にも一番深い傷を負っていたなんて。


ははは…と乾いた笑い声を立てた京子さんは半分ほど空けたオリオンビールの缶を額に当てながら、

「私は精神科医として失格ですねえ…何日も近くに居た人の傷にも気付けていない」

と肩をすぼめた。その声は涙声だった。


「話してみないとお互い何も解らないもんさぁ」


とつとめて明るい口調で肩に手を置いて慰めてくれようとしたエーシンの手を京子さんは違うんです、と遮った。


「私が好きだった人、タカヒロくん。再会して一緒に食事までしておきながら彼の苦しみに気づけなかった…それから二ヶ月後に彼は死んでしまったんです」


そこで京子さんは顔を上げて星の一粒一粒が凝縮された天の川を見上げ、


私が日本最南端のこの島まで逃げて来たのは、すでに星のひとつになってしまったあなたに会いに来たのかもしれません。


貴弘さん。


と目に止まった星のひとつに心で語り掛けた。


「今から私の罪の話をします」


と京子さんははっきりとした口調で語りだした。




















































































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