第4話 エーシンの乱心

結局その後、二時間待ったのに貴博くんは来なかった。

待つのを諦めた京子さんは公園の自販機でイオン飲料の缶を買い、プルタブを開けて、500ミリリットル一気に飲み干した。


そして、麦わら帽子の縁で顔を隠してとぼとぼと泣きながら歩いて帰った。


「うちに帰るとその日は珍しく母が私の様子に気づいてくれて、何かあったの?って話しかけてくれたんであったこと全部話したら『約束すっぽかすなんてひどい子!忘れちゃいなさい』と一緒に怒ってくれたんです。


辛かったけど塾とか宿題とかやる事一杯あって忙しくかったんで、あまり引きずる事は無かったですね。

新学期には貴博くんは私によそよそしくなっていて、クラス替えまでお互い話しかけなくてそのまま卒業して別々の高校に進学しました。


このイルカのペンダントには、苦い思い出ばかり詰まってるんですよ…」



とハンカチに乗せたガラスのイルカを食堂のテーブルに置いて、


オバアお手製のスパムおにぎり大2個を平らげて一息ついた京子さんが


もう15年も前の初恋と失恋の思い出を話し終えると、少しすっきりした顔でコップのさんぴん茶を一気飲みした。


ふと見上げると、ハンマーを持ったエーシンが

「よし、そのイルカ砕こう」


と笑顔で腕を振り上げたので「だーめー!!」と弟の栄昇はじめ、宿泊客の男たちで4人で羽交い絞めにして大柄の彼を止めたので事なきを得た。


「こらエーシン!好きな人の思い出の中の少年にジェラシー抱いて好きな人の思い出の品粉々にしようなんてお前馬鹿か!?ドゥーユー、アンダスタンド?」


エーシンを畳に正座させ、きつめの説教を喰らわせる克子オバアの怒声を襖の向こうで聞きながら、


「うーん、やっぱり宮古島がパリなら、波照間はインドかなあ?佳代ちゃん」


「じゃあ西表島はアマゾンで黒島はニュージーランドってことお?」


と並んで土下座し、額を畳に付けて両腕を投げ出すヨガのポーズ、「腕を伸ばした子どものポーズ」(ウッティタ バーラアーサナ)を取りながら会話するのは、新婚旅行中の田所夫妻。


二人は八重山諸島を世界に例えてその中で各離島をどの国になぞらえるか?という内容の会話をしているようだが…


「あの夫婦、新婚旅行中だと言ってるが倦怠期感漂ってて、会話も独特でおもしれーな」と野上君は親友に耳打ちするのであった。


「倦怠期感?どこが」篠田くんがけげんな顔をすると、


「まず、南の島に来たカップルの取る行動

その一、芝生に寝転んで膝枕。

その二、ずっと手を繋いでる。

その三、離島まで来たら抱きついてチュー。があの二人には無いんだ」


ときっぱり言って得意気にうなずく親友に、


聡ちゃんは沖縄入りしてからカップルのイチャイチャ度ばかり観察してきたのか…と呆れた目線を送った。


その時「こら、聞こえてるわよ!」と襖を開けた佳世子さんが両眉吊り上げて医学生コンビの部屋に乗り込んで来たのだった。


「え…あんたまだ童貞なの?一人も女抱いたことない青臭いガキが、目の前の男女を偉そうに論じるんじゃない!この童貞!」


佳世子さんの内巻きのショートボブに垂れ目で小顔、とゆるふわな見かけに騙されていた野上くんはあわれ新妻の罵倒を浴びて、


「すいません、童貞なのに生意気にカップル論じてすいませんでした…」


と平謝りする破目になった。謝りながら野上くんはどんどん落ち込んで行く。


「ちょ、ちょっと佳世ちゃんそれ以上はやめようよ…」とご主人の洋一さんが止めなかったらあと30分は罵倒が続いてただろう。


「確かに36と34でフレッシュ感ないカップルだし、交際6年で結婚したから今更人前でハグもチューも無いよ。アメドラじゃないんだし」


「堅実さが身に付いた頃の結婚って却っていいかもしれませんねぇ。

…で、お二人とも馴れ初めは?」


と話に割って入ったのは桂教授。

離島までトリップ(逃避)したおっさんはトリップ先でも他人の男女の仲が気になるものである。


「いやあ、僕たち旅行関係の仕事で知り合って旅が仕事だから世界中の有名なとこは行き尽くしてるんですよー、だから新婚旅行は行ったこと無い所にしようって沖縄離島めぐりを、と…この島がラストなんですよ」


「旅がお仕事、って添乗員さん?」


そこで洋一さんはうーんと天井を見つめ、佳世子さんは無言で

それ言っちゃう?と目配せをした。


「ここだけの話ですよ」と言い置いて洋一さんは、


「星を付けることで有名なガイド誌の調査員です誌名は言えませんけどね」と照れ臭そうに笑った。


「あたしは旅行ライターでぇす」と隣で佳世子さんが手を上げ、小さく首をすくめた。


小柄で痩せ型、吊り気味の目に眼鏡を掛けた洋一さんはたぶん世界中のどこで目撃しても旅慣れない日本人にしか見えない。


おそるべし…あの星の雑誌。


「さては、うちにも3つ星付けに来たのか!?」

と大皿に沖縄ドーナツのサーターアンダギーを乗っけて入って来た克子オバア、うっかり皿から2つ取り落としてしまい、素早く野上くんが両手でキャッチした。


「いや、さすがにここまでは宿の調査に来ませんよ」

と苦笑する洋一さんに向かって、

「そーかねぇ?」と口を尖らせる克子オバアの仕草を一同は、


チャーミングさは星三つ。と思った。
































































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