第11話

亜紀の柔らかい香りが離れていくと

心の中にスーっと風が吹き込んだような気がした


ずっと彼女に甘えてばかりいた

そんな俺を亜紀は最後まで大切に思ってくれた


俺は彼女の精一杯の思いをしっかりと受け取って進んでいかないと…。


大好きな人を本当の笑顔にすること

ずっと思い続けてたこと


すぐに美帆ちゃんに会いたい

そう思った



卒業式の日

涙を流しながら笑った彼女の顔がどんな時も頭から離れなかった


悲しい笑顔を思い浮かべながら、歩き始め、気が付くと彼女の家の前に着いてた


2階の彼女の部屋を見上げると窓際に立ってそこから見える河川敷の桜を見つめる美帆ちゃんの姿があった



やっと…会えた



「美帆ちゃんっ」


驚いて目を丸くする彼女が可愛くて、可笑しい


「どうして」


声は届かなかったけど、そう口元が動いた


「美帆ちゃん、おりてきて」


玄関から慌てて出てきた彼女はさっきの表情とは違い、少し涙ぐんでた



「どうして?武田くん来たの?」


「美帆ちゃんに会いたかったから」


「亜紀ちゃんは?」


「亜紀が会ってこいって言ってくれたんだ

俺に…会いたくなかった?」


何も言わず首を横に振る


「良かった。

俺はすっげぇ会いたかった」



今にも溢れそうな涙を口をキュっと結んで耐えてる彼女がいじらしくて、そっと抱きしめた


その瞬間、堰を切ったように溢れた涙



「ぁ…いたかった、会いたかった」



しゃくりあげながら、一生懸命伝えてくれた彼女の言葉がたまらなくて柔らかい髪に顔を埋めた


少し落ち着いた彼女が呟くように言う



「でも……亜紀ちゃんを傷付けてしまうんじゃ」


腕を緩めて彼女の頬の涙を拭った



「なぁ、美帆ちゃん、

誰も傷つけないで生きてる人なんているのかな?

傷つけ傷つけられ、何が大切なのかわかるんだと思う。

だから、美帆ちゃんは美帆ちゃんらしくいればいい。

俺はそんな美帆ちゃんが好きなんだ

……ずっと最初から好きだった」



「武田くん、ありがとう」



「お礼はいいよ、美帆ちゃんは?」



「私も……っき」



「聞こえない」



「…好き」



「ん?」



「もっ、聞こえたでしょー」



「へへへ、聞こえた。

でも、何度だって聞きたいよ

ずっと聞きたかった、

ずっと言いたかった」




もう一度抱きしめると彼女は俺の背中に腕を回してシャツをぎゅっと握った



「美帆ちゃん、美帆って呼んでいい?」


俺の腕の中でコクリと頷いた



彼女が言う通り、大切な人を傷付けてしまった。

でも、そうしないと進めないって教えてくれたのも亜紀だった



俺は亜紀の痛みを自分の心に刻んで、愛しい人を守っていこうと思った


その痛みはたぶん、消えることはない

消してはいけない



"人は痛みがあるから優しくなれる”


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