第2話
2050年春。数ある学校が入学式を迎えるのと同じく
そんな新入生に紛れてヘッドセットをつけたまま目を擦りつつ歩く少年が一人。
そんな彼が何故目を擦っているのかと言うと花粉症などでは無く寝不足である。しかもその理由はゲームのしすぎでは無く
(デザプリさんやっぱつえぇ……しかもかわええ……同じ学校入学するらしいしサインとか貰えないかな……。)
昨日行われたWoLの最上位クランのクラン戦生放送を見ていたからだった。
最上位クラン[mission]に属するプレイヤーは、日本内ランキング1位から5位迄の5人+補欠の5人で構成された国内最強のクランで、その中でも注目されているのは世界ランク21位のSMG(サブマシンガン)使いの[疾風]、世界ランク12位のAR(アサルトライフル)使いの[神凪]、そして世界ランク1位。全ての武器種を使いこなす[砂姫]。海外からは[Desert princess]や[Cendrillon]と呼ばれ多数のファンから崇められている。彼女は前述した通り全ての武器種において高い水準で使いこなしているのだが、その中でもSR(スナイパーライフル)は右に出る者がいない。それこそ、長年ランキング1位を維持してきた韓国のプレイヤーで現世界ランク2位の[Xing]が公の場で『彼女の狙撃力は永遠に超えられる気がしない』と苦笑したとか。しかも恐ろしい事に彼女のFPS歴は浅く半年。それでいて並居る強豪を全て蹴散らし圧倒的なRP(レートポイント)を収め世界大会に現れた正に天才とも言える存在だった。
そんな雲の上の存在が同じ学校にいる。そうとなれば名前を覚えられたら、それこそ色んな意味でお近づきになる事が出来たらどんなに最高な学校生活を送れるか。鉄は妄想にふけながら通学路を歩いていた。
ふと、前方から騒めきが生まれる。面倒事が起きたのかと知らぬフリを突き通す姿勢でいた鉄だがヘッドセット越しに聞こえてきた内容に気付き慌ててそちらへ駆け出す。
『砂姫さんが今そこに居るらしい。』
『なんかよく分からない女が絡んでるらしい。』
『あの女ってあれじゃね?Aランカーだけど暴言で運営から警告きてたって言う……。』
思わず駆け出す。何故か。良いところを見せるチャンスじゃないか。この機会を逃していつ彼女にお近づきになるんだ⁈
人混みを掻き分け校門の手前まで一気に抜けた鉄は、今にも殴りかかろうとしている女子の手を掴み静止する。
「幾ら気に入らないからって暴力はいけない。君らもゲーマーならゲームで決めるんだ。そうだろ、砂姫さ……ん⁈」
「ちょっ、離せっ⁈後ろから手を掴むとか卑怯だぞ‼︎男なら銃を捨ててかかってこい‼︎」
何とか間に合ったと安心しながら静止を求める鉄だが、掴まれた女子から聞こえた声と見た目に戸惑う。何故なら、殴りかかろうとした女子も殴られかけてた女子も同じ見た目で同じ声をしていたからである。
「え、あれ……?Desert princessが2人……?」
「そんな訳あるかっ‼︎私が『砂姫』でこっちの泣き虫が双子の姉の『水蠍』‼︎私をこのネットでは超強気な癖にリアルじゃ挙動不審のネット弁慶女と一緒にするなッ‼︎」
「そ、そんなんじゃないですぅ……。」
「あ゛ぁっ⁈」
「ひぃぃっ……。」
思わぬカミングアウトに鉄はおろか周りの人間まで沈黙してしまう。否、確かに以前から『水蠍=砂姫』説があり、何年もかけて今のランクになったのに警告受けたせいで数試合の公式大会出場停止に怒りを覚えてサブ垢で始めたのではないか。と言う議論が行われていた事がある。(当然鉄は否定派)だが、蓋を開けてみると実は双子だったと言う事実。しかしそれ以上にあれだけネットで暴挙暴言誹謗中傷してきた水蠍がリアルでは超大人しく、マナーが良くて悪い点が見当たらないとばかり言われてきた砂姫がリアルだとめちゃくちゃ口が悪い。この事実を即座に受け止めきれなかった。
「てか君いつまで手を掴んでる訳⁈そんなに私に触れていたいの?変態?」
「いや、否定はしないけど手を離したら殴りそうだしそもそも唖然としてて離しそびれたと言うか……。」
「否定はしないのね、この童貞エロガッパ‼︎」
「この歳で童貞捨ててたらそれはそれで問題だろっ⁈」
「だ、大丈夫ですよ……
「そう言う意味じゃないんだけど⁈水蠍さんも中々アブない発言しないで下さいっ⁈」
更に爆弾発言まで飛び出した所で砂姫こと沙姫が深く深呼吸する。流石に今の発言に対し苛立ったのだろう。
「そうね 。
「ふぁっ⁈⁈⁈」
だが、彼女の口から出た言葉は予想外のものだった。
「いや、ラブホ行こうとか言われても会うのは初めてだしそもそも今から入学式……。」
「ん?気にするな。あんな色気も何もない式何が楽しい。それより私と深い所までデートする方が余程楽しいだろう?」
「いや、それは否定一切出来ないけど……‼︎」
「そうだろうそうだろう。だったら何を戸惑う必要がある。おし。それじゃ水姫姉。新入生総代の代わり頼んだ。」
「ちょっ、えええ……。」
慌てる鉄の腕に抱き着き、引っ張って行こうとした沙姫。それを止めようと彼が手を伸ばした瞬間……
「ひゃっ⁈……な、何するのっ⁈」
沙姫から艶めかしい声と共に焦燥した、どこか恥じらった声が漏れる。ただし、触れたのはその様な患部ではなく頭だった。その瞬間、周囲と鉄は再び沈黙。彼女を凝視する形になる。
「……何よ。」
「いや、あの。さっきまでラブホ行こうとか言ってた子が頭撫でられただけで赤面するなんて思ってなかったと言うか……。」
「……そう言うのは裸見られるより恥ずかしい。」
「その羞恥心絶対変だよ⁈⁈⁈」
腕に纏わり付いたままモジモジとし始める沙姫に(主に周囲からの嫉妬と困惑の目で)困り果ててた所で、肩を二度ほど突かれる。その正体は水姫の指で、おずおずとしながらヘッドセットを指差して手に取った。
「おいそこのクソビッチ妹。テメェこれだけ恥かかせておいてまだ足りねぇのか?あぁ?この人が困ってんだろ。さっさと離れて学校入れゴミが。だからテメェはついこないだまでオナ○ーすら知らないガキだったんだよ‼︎‼︎」
三度沈黙。ヘッドセットをつけた瞬間人が変わった様に……と言うか完全に別人になった水姫に呆気にとられてると、一礼してヘッドセットを外した彼女は慎ましく微笑みながらこめかみに筋を立てている沙姫を掴んだ。
「で、では私達は先に行きますから……。ご、ご迷惑をおおおかけしました……。」
「クソ姉が、ひっぱるなってぇ‼︎そこの君‼︎顔覚えたから首を洗って待っておけ〜‼︎」
そのまま校内まで引きずられていく沙姫を眺めつつ周囲の人と目が合う。その視線には同情半分嫉妬半分位だったが、おそらくそれ以上に『なんだったんだ今の寸劇。』と思っていたに違いなかった。
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