第2話 恐怖の先にあるもの
三人は隠し通路が見つかったとされる半壊した巨城へと足を運んでいた。
この城へ向けて真っ直ぐ続く道の手前には十メートルは優に超える立派な門が佇まみ、昔は戦果を持ち帰った魔人が凱旋に通っていたのかも知れないと思うと感慨深いものがある。
暫く歩くと巨城の前へとたどり着いた。近くで見ると殊更大きく、所々蔦が絡み合い時の流れを感じさせる。
しかし入口は真新しい鎖で封鎖されており、リアンは首を捻らせていた。
それを見ていたバルサが新人冒険者が入れないように冒険者ギルドが封鎖したのだと、説明してくれた。
「今はまだ危険度が分からないですからな。新人冒険者が入れないようにしてあると、依頼を受ける時に言われたでありますよ」
「それじゃ俺たちは新人じゃないから入るとするっすかね〜」
そう言って鎖を潜り抜けて入っていくフランクに続くようにして俺たちは中へと入っていく。
流石に新人冒険者の狩場として使われただけあって中には魔物の一体も存在していなかった。
普通こういった古代遺跡のような建物にはゴブリンやらハーピーなどが住み着く事が多いのだが、その様子が一切ない。
その為すんなりと目的の隠し通路が現れたという場所まで向かえたのだった。
隠し通路まで到着すると盛大に大穴が開いており、そこから奥へ続く道は真っ暗で全く見えなかった。
バルサが松明に火をつけて中を照らして見ると、その通路はどんどん下へと深く伸びているようだった。
「ーー深いでありますな」
バルサの呟きに一同は頷き、松明を持つバルサを先行に、フランク、リアンの並びで真っ暗な通路に踏み入れた。
中は苔の匂いが立ち込めており、外よりも湿度が高いように思えた。
「足元気をつけろよ。苔が生していて滑るからな」
俺の注意に二人が頷き、ここまで扉も分かれ道もない道を更に奥まで進むと僅かに道幅が広がりはじめ、大きな広間に抜ける事が出来た。
「ーー広い空間だな。ここは元は何に使われていたんだ?」
「宴会とかじゃないっすか!」
「フランク君、そんな訳なかろう……」
「ハハハッ。冗談っすよ冗談!」
広間には三人の声が反響し、上を見上げれば天井が見えないくらい高く、つまりそれだけ深く潜ってきたのだと察せられた。
「冗談はさておき、取り敢えず周辺を調べてみよう。通路がいくつか続くようなら目印を置くことを忘れないようにな。決して一人で行くなよ? 何か見つけた場合は声を上げるように」
古代遺跡に限った事ではないが、枝分かれした道で来た道が分からなくなってしまう事は死に直結する事態になり兼ねない。二人もそれは理解しているだろうが、念には念を入れて説明をしておいた。
「任せてください! じゃあ俺は壁伝いに右周りに調べにいくっすね! では後程合流しましょう」
バルサから松明を手渡されると、早々に右側を歩き闇の中へとフランクは消えていった。
「では私は左から行くとしよう。リアン殿はこのまま真っ直ぐをお願いするであります」
「わかった。何かあったら大声で呼んでくれ、すぐに向かうからな」
バルサはフランクに松明を渡してしまったので新しい松明を二つ用意してくれると、一本をリアンに手渡し左奥へと突き進んで行った。
そんな二人を見送った俺も腰から下がる長剣の柄に右手をかけ、左で松明を翳しながら奥へと探索に向かって歩き出した。
ーー二十メートルくらい歩いただろうか?
ここまで何も発見する事が出来ず、しかし道はただずっと続いていた。
二人からの声も上がらない為、俺は暫く何もない空間をひたすらに進み続けた。
すると、感覚的には百メートルを超えた辺りくらいだろうか、目の前に石壁が姿を見せてしまいそれ以上進む事は許されなくなった。
「ーー可笑しいな。二人から声が上がらなかったと言うことはそっちにも何もなかったのか……?」
ーー新人ではあるまいし、見落としたという可能性は低いと思うのが……。
リアンは一度引き返そうと後ろを振り向いた瞬間、来た道の先から物音が聞こえ腰の長剣を素早く引き抜いた。暗闇で全く見えないが、確かにこちらへと近づく気配がしていた。
柄を握る手に力を込めて、いつでも切り込める体制を整える。
するとーーーー松明の届く範囲に気配の正体が僅かに姿を現した。
「ーーなんだ、フランクじゃないか。そうならそうと早く言ってくれればーー」
「………に、……げで……」
「…………え?」
松明の灯りで完全に照らされたフランクを見ると、その腹部には大穴が開いており、中からは臓器が飛び出してしまい、足元には腸を引きずっていた。
その瞳には既に生気を宿しておらず、俺を見つけるとその場で倒れこみ、静かに息を引き取った。
「ーーフランク!?」
ーー何が起きた!?
俺がフランクへ近づこうと駆けた瞬間、全身に駆け巡る悪寒に、咄嗟に足を止めていた。
するとフランクのいた場所に向かって天井から巨大な何かが落下して石畳を抉り、地割れを起こしたのだった。
暗闇の中、落ちてきたモノに潰され血潮と化したフランクの上に佇むのは全身を漆黒の鱗で覆い、赤い双眸をこちらへ飛ばし、大顎を開いて無数にも並ぶ歪な牙を覗かせる。赤く染まる口の端には新鮮な臓器がこびりついていた。
「ーーーーダークネスドラゴン……!!!!」
グンゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!
「ーーーーッ!?」
爆風を生み出す雄叫びにより後方へと飛ばされそうになるのを必死に堪えていた。
「ーー通りで嫌な予感がしていた訳だッッ!!!! クソッ!!!!」
悪態を着き、迫り来る脅威の訪れを呪いたい気持ちでいっぱいだった。
まさか最後の冒険で死ぬような相手と対峙するとは思いもしなかった。神がいるなら呪いたいーー。
雄叫びが止み終わると同時に俺に超加速で大顎を開き肉迫してきたダークネスドラゴンの突進に対して、長剣の上段一太刀で何とか迎え撃ち、僅かに威力を殺す事に成功するも、後方へ飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ーーーーカハッ!」
肋がいくつか折れてしまい、口から血を吹き出すが、幸い腕と足の骨は折れずに済んだ。利き腕か足の骨が折れてしまった時点でこの戦闘はこちらの負けが決まるので必死に庇い、難を逃れる事は出来ていた。
呼吸を荒く、しかし素早く立ち上がり構えを作る。
俺が未だ立ち上がる事に苛立ちを覚えたのか、容赦のない爪と顎の連撃がやってくる。
長年の感と日々の鍛錬でそれを紙一重で交わし、時折反撃の斬撃を撃ち込む。
爪と剣が擦れ合い、摩擦を起こして火花を散らす。爪が僅かに腕を、脇腹を、腿を掠めただけで肉を抉られ、止め処なく血が吹き出していた。
僅かなミスが死に直結する一矢乱れぬ攻防が永遠とも思える一瞬繰り返されていた。
「ーーはぁーーはぁーーはぁーー」
血を流し過ぎて時折意識が飛びそうになるのを必死に堪え、僅かに大振りを繰り出してきた一撃をギリギリ掠めるように避け、両足に力を込めて駆け出し懐に潜り込む。
大きく飛び上がり赤く染まるその眼孔へ向けて渾身の突きを繰り出した。
ンンンオオオオオオオオオーーーッ!!!!
眼孔を貫かれ悲鳴を上げるダークネスドラゴンは怯み、たたらを踏んでいる間に距離を取るために闇の中来た道を走り出した。
「ーーおい! バルサ! どこにいる! ここは危険だから早く逃げーーー」
足を滑らせその場で手を突くと、ヌメリと生暖かい嫌な感覚が広がった。
手を見てみれば真っ赤に染まっており、すぐにコレが血だと理解していた。
流れる血の根源を辿ると、そこには胴体を丸ごと無くしたバルサが転がっていたのだった。
「ーー遅かったか……」
冒険者は常に死と隣り合わせである。冒険者なら誰もが承知し、覚悟してこの職種についている。
ーー本当に死を覚悟している者はどれくらいいるのだろうか?
フランクやバルサは恐らく本当の死の覚悟をこれまで味わう事はなかったのであろう。それはここへ来るまでの彼らの様子から窺えていた。
本当の死の覚悟を知った者は早々に引退を決意する。それはその恐怖に打ち勝つ事が出来ないからだった。
俺の手は小刻みに震え、握る剣が左右に揺れていた。
「ーー二度目だな、この感じは……」
剣を置き左手の小指を握ると、一気に曲げて骨を折る。悲鳴を押し殺し、涙を垂らしだから必死に痛みに耐えるのだった。
「ーーフゥッ……フゥッ……フゥッ……!!」
手の震えは治まっており、恐怖から解放された俺は剣を再び握りしめて、立ち上がった。
地響きを鳴らし、こちらへ近づく巨体へ死の覚悟を持って対峙するーー。
「ーーいくぞ、これが俺の最後の戦いだ!!!!」
グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
雄叫びに怯む事なく、駆け出した俺に強烈な叩きを上空から振り落とされる。瞬時に後方へ躱し、降ろさせた左腕へ飛び乗って一気に駆け登る。まるで小蝿を潰すかの様に右手で叩き落としにかかるが、間一髪のところで屈んで避け、振り向きざまに切り込み、指を一本切り落とした。
悲鳴を上げるダークネスドラゴンに構わず肩口まで到達し後ろの首筋へ跨るように飛び乗ると、狂ったように暴れ出すが決して離れてやるつもりは毛頭なかった。
「ーーこれで!!!! 終わりだ!!!!」
剣を上段に大きく構え、全力で首へ突き刺した。そのまま横に薙ぐように引くと首の半分ほどを切り裂き、絶え間ない雄叫びを上げるダークネスドラゴンはネジを巻かれたオルゴールのように次第に力を無くし、そして演奏が終えた様にその場に崩れ落ちたのだった。
リアンは倒れる勢いで吹き飛ばされ、地面を何度も転がり、先程の行き止まりだった石壁まで飛ばされそのまま倒れこんでしまった。
「ーーはぁ……はぁ……終わっ、たーー」
ガゴンッ
倒れる後方では隠し扉が作動し、先程まで行き止まりだった石壁は無くなり新たな通路が生まれていた。
「ーーそりゃ気づかないわな」
ーー作動方法はダークネスドラゴンの討伐だろうか?
俺は痺れる全身に鞭を打ち立ち上がると、誕生した通路へと足を向けた。
ゆっくりと、だが確実に一歩ずつ進み通路を抜けてみると、そこは立派な玉座だけが置かれた異様な空間が広がっていた。
「何なんだ……この場所は……うっ!ゴホッゴホッ!!」
ビチャビチャビチャビチャビチャ
吐血で赤く染まる地面へ手を着き、口から血と涎が混ざり合った気持ち悪い味に顔をしかめていた。
「ーークソ……骨が内臓に刺さったか……俺もここまでの様だなーー」
次第に体から体温が奪われ、一気に極寒の中を全裸でいるかのような錯覚に襲われる。
既に視界も霞んでしまい、無理に立とうと試みてもまともに立つ事が許させず、前へ倒れ込んでしまった。
もう諦めようかと思い開けた時、玉座が置かれた辺りから硬い何かが動くような物音が聞こえ、首を持ち上げる。
すると先程まで何もなかった玉座の前には、金色に輝き所狭しと宝石が施された繊細な造りの宝箱が鎮座していた。
神秘的とも言えるその美しい宝箱に目を奪われ、諦めていた心に再び力が宿っていた。
ーーここまで来たんだ、責めてあの中身だけでも見てからーー。
そう決意した俺は震える四肢に力を込めて立ち上がる。息も絶え絶えにその宝箱へと一歩ずつ歩みを進めていた。
ーー罠かも知れない。
長年冒険者を続けてきて、こう言った宝箱系等の罠は何度か目にしてきた。それで死んで行った仲間たちを数多く弔ってきたのだから。
それでも宝箱があったら突き進みたくなってしまうのは冒険者の悪い癖であり、これは治す事の出来ない性なのかも知れないとリアンは思っていた。
血を吐き、何度も倒れそうになりながらも必死に宝箱の前へとやってきたリアンは、宝箱の淵に手を掛け、開けようと力を込めたところでーー。
自然とその口は開き、中からは無数の牙を覗かせていた。
ーーーーあぁ、やっぱり罠だったか。
死の間際、人は走馬灯の様にこれまでの人生が過ぎると言う。俺も過去のあらゆる出来事が流れ出すが、それはどれもこれも毎日毎日毎日、終わりの見えない戦いに明け暮れる日々しかそこには無かった。
英雄と呼ばれ、勲章を授かり、金もあったが心が満たされる事は一度も無く、死を目の前にして始めてどこか満たされた感覚が体を巡る様子に自分でも驚いていた。
そして気がついてしまったのだ。あんなにも死の恐怖に震えていたのに、本当はそれを望んでいる自分がいたという事に。
ーーそうか。俺は始めから死を望んでいたのかーー。
気がついてしまえば死の恐怖は無くなっており、寧ろ心地よさへと変わり、早く俺をこの戦いの日々から解放してくれと願っていた。
さあ早く俺を殺してくれ。
そして俺を解放してくれ。
僅かな心残りといえば、誰かを愛して家庭というものを築いてみたかったという事くらいだろうかーーーー。
「じゃじゃーーん! ハイ、偽物でした!! 財宝が入ってると思った? 思ったよね!? ミミックちゃんの華麗なる騙しっぷりには見惚れちゃうね!そう思うでーーーーあれ?」
小煩く喚く宝箱に手を掛けているリアンは既に生気を宿しておらず、瞼から僅かに覗く瞳からは光を失っていた。
リアン・アルフレッド28歳人間は、この日を持って生命の終わりを迎えたのだったーー。
ミミックちゃんは喰べたい。〜28歳一流冒険者は宝箱を拾う〜 藤 竜也 @Fujitatsu
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