刃物依存症魔法少女
物心ついたころから、鋼の煌めきが好きだった。
チェーンソー、大鎌から、鋏やカッターナイフまで、ありとあらゆる刃物の輝きに魅せられた。
だから────だから、彼を選んだのだろう。
❀✿❀✿❀
「ボクと契約して魔法少女になってよ♪」
「……はぁ?」
羽の生えた喋るウサギのぬいぐるみに話しかけられたとき、
「……なんで?」
「えっ、なんでって……」
「…………」
「………………」
気まずい沈黙。
「……帰るわ」
踵を返して立ち去ろうとする御法の前に回りこんで、「ああぁぁぁ待って待って待って!!」とウサギは必死に両腕をパタつかせた。
「刃物……っ、キミ刃物好きでしょ!?」
「なんで知ってんの気持ち悪っ」
「めげないからね!?ボクと契約して戦ってくれるなら好きな刃物を支給するよっ! 武器として使ってもいいし、なんなら飾ったって構わないよ! 杖とか、好きな武器使えるし……!!」
「ほほぉ?」
ぎらり、と御法の目が異常な輝きを帯びる。
それに気づかないウサギはなおも言い募る。
「い、今なら出血大サービスでっ、なんでもひとつだけ願いを叶えるよっ! だからお願い、魔法少女にっ……」
「ふぅん」
腕組みをして顎を引き上げ、ウサギを見下ろしながら少女はにやりと攻撃的に微笑んだ。
「云ったな?」
「へっ……!?」
ぴたり、動きを止めて、出もしない冷や汗を流しつつ彼女と目を合わせるも時すでに遅し。
「武器は日本刀がいいな、打刀。それから追加オプションで、あたしの喘息と貧血を治した上で不老不死にしなさい。それができないならこの話は破談ね」
「あっえっ、ええぇいくら天の御使いといえどできることとできないことが────」
「んじゃ帰る。サヨナラ」
「あぁぁ待って待って待ってください!!やります! やらせていただきますぅ!!だから見捨てないでぇぇっ……!!」
はじめから、ウサギに選択肢などなかったのである。
涙目で天を仰ぐウサギは、正しく被捕食者であった。
かくして少女は、不老の魔法少女となった。
終わる兆しを見せない戦乱と、消費される魔法少女たち。
荒んだ時代にあってなお、原初の魔法少女は現役であった。
新たに打たれた刀だった彼女の得物に付喪神が憑くほどの時が流れても、御法の戦闘意欲は衰えることを知らなかった。
なにより刃物を愛する彼女は、今日も刀身に付着した青い血液を拭い、丁寧に手入れをする。
御法と同じ長い黒髪をもつ付喪神が現れて、主の背中に声をかける。
「……そんなに熱心に手入れしなくたっていいのに」
赤い瞳の付喪神は、女性と区別がつかないほど整った容姿をしているが、声からするとどうやら男のようだ。
御法は柔らかく微笑んで、「どうして?」と小首を傾げる。
「だって刃物は、人間みたいに裏切らないから。磨いたら磨いたぶんだけ、あたしに応えてくれるから」
そうでしょ? と一分の隙なく青年を信頼する笑顔で、御法は云う。
「……そうだけどさ」
労いの意味をこめて細い両腕を広げる少女の胸に飛びこんで、青年付喪神は苦々しげに吐き出した。
「……あんたは、もうちょい俺を警戒してもいいと思う」
「あはは、なんで? 信じてるよ」
「……そういうとこだよ」
魔法少女は乙女でなくてはならない。
ある種の聖職者である彼女たちは、その身に男を受け容れた瞬間に敵を倒す力を失う。
そしてこの少女は、人間など微塵も信頼していないのに、相手が付喪神────つまり刃物であるというだけで、その警戒を解いてしまう。
人間に向けるそれの100分の1でも彼を警戒してくれたら、こんなに苦労することもなかっただろう。
100年以上もそばにいて、その手で振るわれてきたのだ。
付喪神が人間に惚れても、しかたがないとは思わないか?
その唇を奪ったら、その首筋に噛みついたら、彼女は自分の浅慮を反省するのだろうか。
……いや、ほぼ確実にしないだろう。それどころか喜んでその純潔を捧げてくるに決まっている。
御法の魔法少女としての生命は、彼に懸かっているといってもいい。
だからこそ……手を出せないのだ。
その信頼を、裏切りたくないから。
触れようと思えば届く距離、手を伸ばさなくてももぎ取れるところにある果実に、指一本触れられない。
"好き"のひとことさえ伝えられないまま、恋慕ばかりが募っていく。
「……ねぇ」
「ん、なぁに?」
「俺、あんたのこと好きだよ」
「そうなの?あたしなんか100年ぐらい前から好きだよ」
「…………だからさぁ、そういうとこだよ」
深く溜め息をついて、付喪神は主人を抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。
そんな青年の様子を見て、少女は密やかにうっすら笑う。
実をいえば、彼女は気がついているのだ。自らの愛刀が、自分を恋い慕っていることに。
気がついていながら、まだ戦っていたいという己のわがままのために、知らないふりを貫いているのだ。
本当は、魔法少女の使命などどうでもいい。今すぐにでも彼に身を委ねたかった。
だがそれは、彼女の"戦う理由"の喪失と同義だ。できればいつまでも、彼と戦場を制圧したかった。
両片想いの
大きな組織の争いの陰で、誰にも言えない我慢比べが、今日も繰り広げられている。
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