刃物依存症魔法少女

中原 緋色

ことの経緯

 喉が灼ける。心の臓が爆音を上げて軋む。


「はっ、はっ、……はぁ……」


 歩行速度ひとつにも気を配らなければならない身体で無茶などするものではないな、と荒いだ息の隙間で小さく溜め息をいて、少女────高尾 御法みのりは思った。

 、とんだ愚行だったらしい。

 どちらかといえば都会と表現されるであろう都市と都市とを繋ぎ、新幹線の止まる駅が要所要所にある路線のくせに、電車が30分に1本ペースでしかやってこないなんてどうかしていると思う。

 乗り遅れるというのはこの路線では命とりなのだ。

 ただ……こんなに苦しい思いをするくらいなら学校に遅刻したほうが幾らかましだったとは、思わないでもない。


 御法の呼吸器はひとより弱く脆いらしい。心臓も体に対して小さく、機能が弱いのだそうだ。

 症状は、重い部類に入る喘息と、重度の貧血。

 当然満足に日常生活など送れるはずもなく、体育はいつも見学、小走り程度の運動ですら眩暈と息切れを起こし、しばしば倒れるため、入退院を繰り返している。

 しかし頭だけは恐ろしいほどよく切れるので、クラスメイトは気味悪がって彼女に近づかなかった。

 ときどき思う。頭脳のレベルなんて平均値でいいから、せめて学校に通うのに支障がないくらいの身体に生まれたかったと。

 "普通であること"ほど贅沢なことはないと御法は常々思っている。

 喘息と貧血は、根本的な治療法がない病だ。"治る"ことは、一生涯有り得ない。

 こんな身体なら、いっそ人間をやめてしまおうか。そう思うくらいには、制限付きの肉体にうんざりしていた。


 ────だから、あの月夜の晩に病院の廊下で、喋るウサギのぬいぐるみに話しかけられたときは、そんな馬鹿なと思う一方で、チャンスだとも考えたものだ。





 今でもときどき、夢に見る。

 身体の自由が利かなかったころの、病院でのことを。


「可哀想に」


「あの子はきっと20歳まで生きられない」


「なにかの拍子に発作を起こしたら死んでしまうよ」


 そんな言葉ばかりが降り注いだ。


 自分でも、日々の暮らしに差し支えるような自分の身体を疎ましく思っていた。

 "死ぬ"という言葉のもつ負のパワーに囚われた彼女が、不死の肉体を望んだのは当然の帰結だったのかもしれない。




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