第3話 僕の翌朝

「うぅん……」


翌朝、昨日の諸々のあとに上妻さんに連れてこられた一軒家の一室で僕は目を覚ます。

どうやら女性らしさとは女性が万人兼ね備えているものではなく、元々の土台の上に自分から形成していくもののようだ。

家や必要な日用品の説明を受けたあと、それなりに疲れて寝ようとしている僕に上妻さんがよく分からない美容品などをいろいろ使ってきて、上妻さんの言うアフターケアだけで一時間ぐらいの時間を要した。


「大変なんだなぁ。女の子って」


僕は寝ぼけ眼で例のごとく昨日上妻さんに言われた「朝一はストレートの紅茶を一杯飲むこと」を達成するためにキッチンに向かう。

その途中に設置されている鏡を見る。

そこに写る姿は、やはり女の子そのもので昨日の一連の出来事は夢ではないことを思い知ることになった。

ただ、昨日の上妻さんのケアの影響か肌色が少しだけ良くなってるような気もする。


「手間が多い……」


ティーパックを入れたカップにお湯を入れ、数度ティーパックを上下させたあと紅茶を口にする。

ただの紅茶とはいえ僕が普段口にするものより値は張るようで風味はそれなりに高級な雰囲気を醸している。

とは言っても僕はこの状況を楽観視出来るほど前向きな性格はしていない。

アウス適合者として上妻さんの協力をするのがこれから当分の生活らしいが詳しい話は何も教えてくれなかった。

どうしようもないこととは言えども先の見えない不安は湧いてくるものだ。


「はぁ……どうなるんだろう」


持っているカップの紅茶がいつの間にか空になっていることに気付くのに時間を要したほどに僕の頭は憂鬱に包まれていたらしい。

今日は上妻さんが迎えに来るらしく、その道中で朝食も摂る予定だ。

僕はあまり乗らない気分の中、上妻さんが来るまで、登校と引っ越し後の片付けをすることにした。

まずは、いつでも出発できるように制服と鞄の用意を始める。


「うん……まあそうだよね」


入学前に採寸した男子制服は、性別が入れ替わりスケールダウンした僕にはそれなりに大きいサイズで、いわゆる萌え袖状態になっている。

それに元から筋肉質でもなかった僕の体に合わせているため若干胸が苦しい。

採寸し直してもらおうと思ったが、今洋裁店に行けば確実に女子制服を渡されることになる。

昨日の今日どころか、この先スカートを履く勇気は僕には湧かない。

ズボンやワイシャツは内側に捲って、ブレザーはもう諦めることにした。

昨日も同じ服装をしていたのだが、冷静になって着けてみると違和感が拭えない。

鏡で今の自分の姿を確認してみてもコスプレ感が出ている。


「用意するものも、特に無いもんな」


普通の日程なら昨日の初授業で教科書などを貰っているはずだが、僕は昨日結局学校には行っていないので何も準備するものがない。

あっても筆記用具ぐらいのものだろう。


「……ん」


玄関のインターホンが家に響く。

しかし昨日上妻さんが言っていた時間はまだまだ先だ。

僕はリビングにある玄関のカメラを見ると、長い黒髪を後頭部で結った眼鏡の、見たこと無い女性が入り口の扉の前に立っているのが見える。

しかし上妻さんと同じロゴが入った制服の上に白衣を着ているため他人というわけではなさそうだ。

僕はマイクで玄関にいる女性に質問をした。


「白森です。どちら様ですか?」

『おはようございます。上妻研究所の職員並びに尽岳学園の教員をしています、不知火魅波と申します。上妻所長が急用で来れなくなりましたので代わりに迎えに参りました』

「あ、はい。わかりました。今から行きますので少しお待ち下さい」


僕は準備したとても軽い鞄を背負って玄関へ向かう。

扉を開けるとカメラで見た通りの白衣の女性、不知火さんが立っていたが一点カメラではわからなかったことが判明した。


「……背、高いですね」

「よく言われます。では行きましょうか。どうぞ、車に乗ってください」


不知火さんの身長は僕が近付けば見上げないと顔が見えないぐらいであり、180cm前後あるように見える。

不知火さんは僕の家の前に停めている車に向かって歩く。

靴もローファーのような靴であり、身長の底上げをしているわけではないようだ。


「どうかしました?」

「あっ、すいません」


不知火さんを観察していて歩くのを忘れていた僕は助手席へ駆ける。

僕が助手席へ座ると不知火さんは車を発車させた。

昨日乗った上妻さんの車は高級車のような雰囲気であり微妙な緊張感があったが、不知火さんの車は街中でも見られる乗用車で少しだけ安心感がある。


「白森君」

「あ、はい」


運転しながら不知火さんが話しかけてくる。


「君に起こったこと、これから起こることは、尽岳学園としてそれなりに重要なことになります。なので君の素性は外部に漏れるのは避けたいんです。あなたを見て白森東人であるとわかる人間はゼロにしたい」

「は、はぁ」

「そのために、面と向かって姿を表す場では常に偽名を使ってもらいたいのです」

「偽名、ですか?」

「はい、そのための用具はあなたの足元に置いてありますので」


そう言われたので僕は足元を見る。

足元に置かれていたビジネスバッグには各種身分証や制服のネームプレートが入っていた。

それらには「白川梓」という名前が刻まれている。


「しらかわ……あずさ……?」

「あなたにこれから使ってもらう名前です。制服に刺繍されている名前はイニシャルのアルファベットなのでそこは変えなくていいように、上妻所長が考えてくれました。ちなみに上妻研究所では本名でも構いませんが、使い分けを間違えないように」

「は、はい」

「あとあなたは学園で特殊な扱いになるので、担任は私になります」

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


車内でお互いに会釈した車は学園へ向けて歩みを進めていく。

朝起きたときまで感じていた不安は、少し和らいだように感じた。

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