第2話 彼女の説明

尽岳学園は秋津帝国でも五本の指に入ると言われる名門の学園であり、全国各地のエリートが集う。

しかし尽岳学園には有名進学校とは別の顔が存在する。

それは学園の理事長、尽岳智広が代表を務める武装兵団を育成する教育機関という一面だ。

戦争によって世界各国の兵器は生産性と殺傷能力を高めていき、前線の兵士の死体と共に軍事産業は発展していった。

その発展に終止符を打ったのが秋津帝国とベルデ連邦の開発者が生み出した奇跡の兵器「アウス」である。

アウスはヘッドギアのようなものを装着した者の腕と脚にユニットが自動的に展開し、それぞれのユニットは装着者の脳波を検知し登録された武装を装着者の思いのままに出すことができるという兵器であり、大戦終結後も各国で模造品が生み出されている程、次元を越えた性能を持っている。

アウスヘッドギアユニットにプログラムを書き込むだけで動作する安価な兵器であるアウスだが、しかし同時に量産化を阻む問題を抱えていた。

アウスを発動させるには適合者である必要があり、適合者でないものが装着してもアウスは何も反応することはない。

そしてアウス適合者は少なく、全世界で1年に200人程度しか適合することはない。

それこそが尽岳学園の存在理由であり、兵科の希望者は将来の尽岳武装兵団への入団を条件に他の科より遥かに低いハードルで入学することができる。

当然全員がアウス適合者であることなどまず無い。

適合しなかった生徒は卒業後、アウス整備のための整備員や調達員、学園運営のためのスタッフへと割り当てられる。

そして学生側の利点として、兵科で修学中は割安ではあるものの月ごとに給料が支給される。

僕、白森東人が進学を希望した理由がこの給料が支給されるというポイントだ。

とても貧乏で鉛筆一本消ゴム一つも貴重だった家で、進学のために出せるお金の余裕がないことは、親に言われなくてもわかっていた。

だからこそ少しでも早く稼いで親の助けになりたいと思ったのが僕の尽岳学園の志望動機である。

それがこんな事態になるなんて誰が思うだろう。


「ささ、座ってくれよ」

「し、失礼します」


アガツマさんに連れてこられたのは厳重な警備が敷かれた施設の中にある会議室のような場所だ。

いやに座り心地のいい椅子も、今は少し怖い。

プレゼン者の壇に立ったアガツマさんはパソコンを操作しながら僕に話しかける。


「アズくん、ちょっと待っててねー。私は君に経緯を説明できれば良いんだけど、どうにも聞きたい人がいるみたいだからね」

「聞きたい人……?」


僕がアガツマさんにそれは誰か聞こうとしたとき、会議室の扉が開く。

両扉を黒服の人が丁寧に開けたその入り口を歩いてきたのは、画像でしか見たことがなかった人だった。


「り、理事長!?お、お疲れ様です」


入ってきたのは尽岳学園の理事長尽岳智広だった。


「む。君がアガツマの実験台か」

「実験台?」

「違いますよー。彼は私の……」


アガツマさんが何か言おうとするが、理事長がそれを阻む。


「何でもいい。時間が惜しいから始めてくれ」

「むむ、まあいいでしょう」


若干不服そうなアガツマさんがパソコンを操作して目の前の巨大スクリーンに画面が表示される。


「それでは私、尽岳武装兵団開発部所属の上妻彩矢華の発表です。テーマは『アウスの適合者の選別について』となります」


上妻さんがマウスをクリックするとタイトル画面からページが切り替わり、僕の写真と個人情報が書かれたページになった。


「いつの間にこんな……」

「我が校に送られてきたデータを元に特派員が集めた。造作もないことだ」

「あ、私が集めた訳じゃないから私を嫌いにならないでねアズくん?それではまず彼、白森東人くんの性別を変えたのは私の仕業です!」

「……」


まあここまで来たらもう驚くまい。

というか初めからそのような予感はしていたし、尽岳武装兵団の開発部ともなれば、勝手なイメージだがそれぐらいはやってきそうなものだ。


「おややー?意外と驚かないね?」

「まあ……リアクションの容量超過です」

「疲れちゃた?ごめんね?じゃあサクッと終わらせようか」


上妻さんは僕に向かって両手を合わせて軽く謝ったあと、すぐに説明を再開した。


「性別を転換させた理由としてはこれまでの適合者の割合が誤差のレベルを越えて女性の方が多いことが上げられるからになります。理由はわかりません!女性の方が適合者が多い事実を私はこう仮定しました。『アウスは元々女性向けの兵器だったのでは』とね。つまり既に適合している男性を女性にすることで更なる戦力の向上に繋がるのではないかという実験になります」

「白森君が適合者である確証はあるのか?」

「その点は心配なく。アズくんはですね?」


上妻さんは含みのある笑みを僕に向けながら言った。


「既に適合した経験があるので」

「ほう……」

「え!?そんなこと一度もないですよ!?アウスに触ったこともないのに!」


僕は急いで否定した。

アウスには触ったことどころか実物を目で見たこともない。

それなのに適合した経験なんてあるわけがないだろう。

しかし上妻さんは自信がありそうだ。


「アズくん、心配要らないよ適合してるから。なんならこの汎用アウス付けてみる?アズくんなら使えるよ」

「ちょ、ちょっと貸してください」


僕は早足で壇に向かって歩き、上妻さんからアウスを受け取ってヘッドギアユニットを装着する。

するとユニットから出た光で眼前の宙に装備が表示され、手足に武装が装着された。


「ほらね?次は右手に剣が出てくるのイメージしてみて?」

「そんな……なんで……」


上妻さんに言われるままに右手に剣が出てくるのをイメージすると右手の武装が形を変えてブレードを象った武装に変形した。

もう疑いようがない。

僕はアウス適合者のようだ。


「どうやって彼がアウス適合者だとわかった?ここまで来て偶然などと言うまいな?」

「偶然ではないですよー?ないですが……これはまだ未確定情報なので伏せます」

「……まあいいだろう。私は適合者を見つけてくれればそれでいい」


尽岳理事長が立ち上がると黒服二人が会議室の扉を開く。


「興味はある。次の報告を待っている」


その言葉を言うと理事長は会議室を出ていき、会議室には僕と上妻さんだけが残された。

困惑で二の句を告げなくなっている僕に上妻さんが何をいうかと思えば、


「カッコよかったー!アズくん凄いカッコよかったよー!」


こんな調子である。

僕に彼女の脳内が理解できないように、彼女にも僕の困惑は理解できないのだろう。

僕はアウス適合者を目指して尽岳学園を志望したわけではない。

将来の就職口が確約された、良い収入源だと思ったからだ。

もしアウス適合者ならばこれから先、危険な任務や世間の注目に遭うことになる。

それを嫌でも連想した僕は一気に血の気が引いた。


「い、嫌だ……僕がアウスを使うなんて……」

「アズくん……」


上妻さんはうつむきがちな僕の目を覗き込む。

そして微笑んだ表情で僕に言った。


「それでもいいよ。アズくんが嫌なら私から強制はしない。でも、私の研究には力を貸して欲しいな。アズくんが研究に関わったことを公表しないから」

「何で僕だったんですか。僕以外にも人はたくさんいるのに」

「君しか居ないんだよ。その時になればわかるから」


上妻さんは含みのある言い方を崩さない。

きっとここで僕が何を聞いたところで永遠にはぐらかすつもりだろう。

それに今、上妻さんの援護を失えば僕が頼る宛がなくなってしまう。

わからないことが多いけど、今は上妻さんに従うしかなさそうだ。


「わかりました。協力しましょう。ただし危険なことはやめてください」

「とーぜん!アズくんを危険な目に遭わせるもんですかって!」


僕の申し出に、上妻さんは満面の笑みで僕に答える。

それが本心かどうかは今の僕には判断しきれないけど、それでもそう言ってくれたことは今の僕にはありがたかった。


「とりあえずアズくんの身辺を再度整えようか。ただの学生寮じゃ不便だし怖いでしょ」

「あ、はい」

「私の研究所の近くに住む場所いくつかあるからそこに入ってもらおうかな!あ、学校にも近いから気にしないで」

「…………やっぱり行かないとダメですよね。学校」


僕はそれを思い出すと気分が落ち込んだ。

入学資料を見ると兵科の生徒はほぼ男子生徒で女子生徒は数人だった。

その環境では恐らく良くも悪くも男子生徒の集中目線を受けることになる。

考えるだけでも怖い。

それにもうひとつ、気がかりなことがある。

兵科に一緒に志望した赤林進太郎という幼馴染がいる。

こんな体になった今、進太郎と会うのも怖い。


「アズくんには特別課程に入ってもらうよ。同級生とは完全別コースのね。教室も受ける授業もアズくん一人になっちゃうけど、それはごめんね?」

「一人、ですか……それなら大丈夫です」


一人での授業という待遇は、今の僕にとってはかなり救われた。

知らない人からは不気味な目で見られ、知ってる人からは更に不気味な目で見られる。

そんな場所にいるのは恐怖以外の何物でもない。


「じゃあ新居に行こうか。物の搬出入は手配しとくからさ」

「は、はい。わかりました。お願いします」


上妻さんは会議室の扉を両手で勢い良く開け、上機嫌に振り向く。


「案内しよう。私の研究所と、その近辺に」

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