第2話

ピピッピピッピピッピピッピピッピピッピピッピピッ

「さーちゃん、どれだけ目覚まし鳴らしたら起きれるの!」

「………んー……」

「さーちゃん!遅刻するよ?」

「………ちこくする」

「本気で言ってる?言いけどさ起きなよね」

私の場合、起きる、より、おきる。って感じだし、ムクリ、より、むくり。って感じで毎朝おきる。

よく朝からあんな風に話せるなぁ…私には一生かかっても無理かもしれない。


遮光性の高いカーテンのお陰で休日は寝坊ができるが平日は目覚めが悪い。低血圧すぎて健康診断の時は2回ほど計り直す。目覚めが悪いのは低血圧のせいではありません!とテレビでお医者さんが言っていたけど、じゃあ他にどんな理由で人が起きれる時に起きれないのか、こんなにも毎朝不機嫌なのか説明してほしい。

7:05

「…やばい。」

今日着る服も決めてないし、今日早番!

頭ではとてつもなく急いでいる。めちゃくちゃ早い。もうパジャマを脱ぎ始めてる感じ。

「ねぇ、さーちゃんもう5分だよ?まだベッドにいるの?俺もう行くけど」

「え!今パジャマ脱いでる」

「脱いでないよ、毛布くるまって何言ってるの」

またやってしまった。得意の二度寝妄想。

「行ってらっしゃいする!」

「あ!さーちゃん」

足の小指に鈍い痛み。2秒後に脳天までくる激痛。

「ぁいっつーーーーーーーーーー!!!!!!」

ベッドの淵にほぼ毎朝足の小指をぶつける。このベッドにしてからこの2週間大げさではなくほぼ毎日。


「あーあ、毎朝大変そう」

人事のように笑いながら、さらっと言ったであろうその言葉にいらっとする。足の痛みとともに怒りがこみ上げてくる。

…これが腸が煮えくり返ると言うのだろうな。

「こうならないように、足元に気をつけて行ってらっしゃい」

「うん、さーちゃんも気をつけて行ってらっしゃい。また夜ね」

私なりの精一杯の皮肉を込めて見送りの言葉を届けたのに。なんでこの人はいつも笑ってくれるんだろう。


私は2年前に結婚した。といっても10年付き合ってきたから新婚と言えるような感じではないけれど毎日この優しい主人とそれなりに生活してそれなりに楽しく過ごしている。


「やばい!服!」

アパレルの季節は早い。周りはまだウールのコートを羽織ってセーターを着ているのに、店頭では薄手のブラウスとストッキングで過ごさなければならない。店頭で着替える時もあるが、寝坊のおかげでそんな時間はなさそうだ。


こんな日に限って、今日からフェアが始まる。本社から偉い人たちがきてフェアの間の予算や日々の目標金額を言われ、目玉で売りたいアイテムの説明をしなければならない。控えめに言ってとても憂鬱な日ではある。


目玉で売りたいアイテムは、花柄のブラウス。店員が着ることによってそのアイテムは印象づけされ手に取ってもらいやすくなる。

合わせるアイテムは白パンツ…がいいけど店長と被るから私はスカートかな…寒いなぁ嫌だなぁ。

タンスに手を伸ばすが躊躇してしまう。しかも個人売上があまり伸びない傾向にある。

理由として、甘×甘なコーディネートはあんまりウケが良くないのだ。多分女同士で会う場においてのコーディネート目線なんだろうと分析している。でも、デートついでの買い物客やしっかりした場に行くんだという服を買いに来る人へのウケはいい。


今日は、少数精鋭的な感じで売上を作ろう。

クローゼットにかけたタイトスカートを手に取りいそいそと着替える。

今日のパンツ何色だっけ…さっきとは違う方のパンツを思い浮かべセットのブラを手に取る。28歳だからこそ、下着にもこだわりたい。そんな気持ちで若い頃からの習慣を続けているが、上下同じ下着だね。なんていちいち見てくれてるのかは謎だ。


7:20


本当は髪の毛もきちんとセットすべき日だけどもそんな余裕はない。とにかくメイクをすませとにかく家を出なければ。

ブラウン系のシャドウを指でなすりつける。すごく綺麗なYoutuberが同じ単色アイシャドウを持っているけど私がやると全く綺麗なグラデーションにならない。それでもこのひとなででとりあえずメイクしたように見えるのは流石ではあるのか。

マスカラの持てる力を存分に使いまつ毛をあげる。よし、できた。顔を作るとはよく言ったものである。


そうだ!まだ素足だった!

ストッキングが熱を持った小指を逆撫でする。

「あー、私なんでいつもこうなんだろ」

ポツンと部屋に一人、言葉だけが浮かぶ。

周りを見てるつもりで見ていない。しっかりしているようでしっかりしていない。

色んなことを思い出して自分で自分を穴の中へ突き落としてしまう。


「…仕事行かなきゃ」

ストッキングをあげ、コートを手に取る。

結婚したんだから仕事辞めればいいんじゃない?と同じ大学を出た友人は言う。別に結婚と同時に仕事を辞めた友人に対して甘えとかそういうことは思っていない。寿退社も考えた。でも、1人でも生活していけるお金を稼いでいた方が安心するのだ。


いつ、一人になっても大丈夫なように。自分ひとりだけならなんとか生きていけるだけのお金と知識はあったほうがいい。人という生き物は心変わりするのだから。


バスの窓から見える景色はあの日よりも少し季節がすすんでいた。


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