世界の境界線

@fu-gashi23100

第1話

【 3月は冬と春の境界線でもあり、命の始まりを告げる季節でもある】

と、私の鼻が伝えてくる。

放課後の人寂しい廊下に私のくしゃみが木霊して鳴り止まない。

「あー全身痒いし鼻が止まらん

明日またティッシュ持ってこなきゃ…1箱で足りるかなー」

「1日1箱とかヤバ!女子としてどうなんそれ!しかも桜のくせに春が嫌いとはなんたる名前負けなん?」

夕焼けが眩しい。そのせいでどんな風に笑っているのか見えないけれど、きっとバカにしつつも優しく笑っているのだろう。

「そーですよー桜のくせに桜湯も嫌いだし桜餅の葉っぱも嫌いだし、ついでに卒業がある春は嫌いだよ」

「私も桜餅の葉っぱ好きじゃない!なんか変にしょっぱくてさ!桜って見るものだし食べるものではないと思う。そういえば、今日の合唱スパルタだったわ~」

「あー、スパルタだったねー。特に男子可愛そうだったわ。運動部でもなんでも容赦なく音程が違う!とか何度でも歌わせるしね」

「でも、皆恥ずかしがらずちゃんと歌うとこってうちの学校の良さだよね~」


文武両道が出来なくても、歌をしっかり歌える人間に悪い奴はいない。それがこの学校の定義。公立中学なのに私立の学校みたいな定義を持っている。

さっきまで大きな口を開けて歌っていた坊主頭が校庭を円になって走っている。今日はいつもに増して声が大きいのは体育館で発声練習をしていたせいだろうか。

ほぼ毎日ここからこの景色を見てきた。私も澄怜も高校は女子高に通う。きっと男子との接点なんてなくなるんだろう。


「澄怜はさ、」


“寂しくないの?”

ふと喉から出そうになる言葉を飲み込んでしまった。夕焼け×青春の一ページのせいでsentimentalになってしまったことを認めたくないから。

そして、自信もない。寂しいと思っているのは私だけかもしれない。現に高校が離れて寂しいなんて言われたことないし、実際寂しそうというか新しい世界に対して希望に満ち溢れた目をしてる。彼女と私は真逆の高校に通うのだ。きっとこの先よりキラキラしていくのだろう。


「寂しいよ?」

「え?」

「私、桜と離れるの寂しいよ」

夕焼けに染められた澄怜の栗毛が風もないのにサラサラと肩から滑り落ちる。出会った頃は天パだったのに中3になって縮毛をかけたのだ。私は未だにその髪型に慣れない。

そんな澄怜の顔を私の後ろから差し込む夕焼けがキラキラと照らす。

…この3年間、私は何度彼女に助けられたのだろう。あんなことも、こんなこともあった。きっと沢山傷つけても来た。走馬灯のように駆け巡る。…私は死ぬのか?


「…ねぇ」

「ぶえっくしょい!あ"ー」

手元にあるティッシュを豪快に、かつ高速で取り小さな鼻を押さえる。

「それ、私の残り少ない貴重なティッシュなんだけども」

「ごぬんごぬん……はい!これ返す!」

そう言い湿った丸い玉を2つ放り投げてくる。

「ありがとー…って要らないし!返さなくていいし!」

「で?何か言いかけたよね?」

彼女の中でティッシュの件は鼻をかんだことで過ぎ去っているらしく清々しそうに笑いながら問う。

「あー…いや、何でもないよ」

「またー?桜はそう言うの多いよね~ま、私には伝わるからいいけどさ」

先生には座るなと言われている出窓の棚に、2人で腰を掛けて真っ直ぐに長い廊下を2人で眺める。

そこから見える狭くて細い廊下は大人から見ればなんて事無い廊下だと思うけど、私達にしたら思い出の塊なんだ。


「桜?」

「ん?」

「これからも遊ぼうね」

「何よいきなり!卒業まであと1週間もあるのに!」

「思った時言葉にしないと伝わらないでしょ?ちゃんと伝えたいじゃない!嬉しい事とか感謝ってさ!だから今伝えようと思って」

そう無邪気に笑う澄怜が、モテる理由を少し理解出来てしまった私は男なのだろうか。

私達は来月、離れ離れになる。毛色の違う女子高へ行ききっとアイデンティティーが成形され今とは全然違う人格になっていくかもしれない。

そうなっても、澄怜は私と会ってくれるのだろうか。存在を忘れず連絡をくれるのだろうか。自問自答するばかりで答えは出ない。


「桜はさ、なんで私と友達になったのか覚えてる?」

「全っ然覚えてない。ってか2年も前のこと覚えてないよ」

「だよね~私も!」


2人でケラケラ笑いながら、狭くて細い廊下に笑い声を響かせた。


あぁ、この時、もっと素直になればよかった。

本当はなんで、どうして友達になったのか覚えているし、私も澄怜と離れて寂しいよ、これからも仲良くしてね、時々連絡とって遊んでね。私も連絡するから。と言えばよかった。

ずっと、友達でいてね。ずっと、ずっと、私の良き理解者でいてね。ずっと、ずっと、ずっと…おばあちゃんになっても一緒に時々お菓子食べて笑おうね。

そんな約束をしていたらもっと違う未来が待っていたかもしれない。


なんで世界の境界線はこんなにも残酷なんだろう。

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