第十九話 クエン酸先輩に話をつけるべきだ! 系な!

 次の日からは、ため息ばかりついていた。

 グレープフルーツ先生のいつもなら腹筋を鍛えられるようなお茶目な授業も、全く笑わずに無表情で聴いていたため、グレープフルーツ先生が悔しそうな顔をして、ギャグを連発していた。

 それを、私は無表情で聞き続けていたため、チャイムが鳴ったときには、グレープフルーツ先生は手応えが無さそうに職員室に戻って行った。


「シットランー、まだ帰らないのかよ?」


 下校の時間まで私は眠っていたらしい。

 机の上に突っ伏していた私に、ナツカンとヤマトタチバナが声をかけてきた。

 私は、のそのそと帰り支度をする。


「今日は、全く笑えない、系なー」

「嘘だろ!」

「俺ら、グレープフルーツ先生の授業で、腹筋割れてきたぞ!」

「将来的に、ムキムキですよね、系な!」


 ナツカンとヤマトタチバナと一緒に帰ろうと、椅子から立ち上がる。

 リュックを背負おうとしたら、教室のドアが勢い良く開いて、反射的に顔を上げた。


「シットラン! 剣道の勝負を申し込む!」


 私の頬から汗がたらりとなった。


「今日は乗り気じゃないので明日にします、系な!」

「分かった!」


 稽古相手は帰って行った。

 さっきのは、クエン酸先輩の寄越してきた稽古相手だろう。

 そういえば、クエン酸先輩に、もう剣道はしないと言いそびれていた。

 しかし、クエン酸先輩のクラスがどこなのか、未だに素性がはっきりしない。

 確かに同学年だろうが、クエン酸先輩の制服にはクラスのバッジが付いてなかった。

 私が体育館に行けば、何割かの確率で居るし、調べる必要はなかったと言っても良い。

 だから、どこのクラスなのか調べずに、いままでなあなあで付き合ってきたようなものだ。

 私は、リュックを背負って、椅子を机の中に戻した。


「ナツカン、ヤマトタチバナ、また明日、系な!」

「ああ、また明日!」

「じゃあね!」


 自動販売機のそばを通り過ぎて、後ろを振り返る。

 追い駆けて来るひとは、誰もいない。

 ホッとして自動販売機に硬貨を入れた。

 お気に入りのジュースのボタンを押すと、取り出し口に勢い良くペットボトルが落ちてきた。


「これは、自宅に帰ってから飲む、系な!」


 リュックの中に仕舞ってから、背負い直す。


「やあ、シットラン! もう、六百連勝したかな?」

「……!?」


 振り返ると、クエン酸先輩が居た。

 私の頬から汗がたらりとなった。


「ま、まだ五百連勝ですよ、系な」


 クエン酸先輩は、うんうんと頷いた。


「五百連勝してくれたから、うちのお兄さんも大喜びだよ! 竹刀しないを作った甲斐があったって言っていたよ!」

「そ、それは、良かった、系な!」

「目指すは、千連勝だね! シットラン!」


 私は、再び汗がたらりとなった。

 もう、シトラス先輩の悩みを知りたくなくなったので、この竹刀しないを返そうと思ったのだが、言い出しにくくなってしまった。


「また、これを読んでね! じゃあね、シットラン!」

「えっ? 系な?」


 クエン酸先輩は、そのまま帰って行った。

 後姿を一瞥してから、手の中に視線を移す。

 やはり、例のクエン酸先輩オリジナルのキャラクターの封筒があった。

 クエン酸先輩は、このキャラクターの封筒がお気に入りらしい。

 私は、困惑したまま例の封筒に視線を落としていた。


「どうしたものかな、系な?」


 シトラス先輩の悩みは、あんまり知りたくない。

 レモン先輩が怖いし。

 多分、あのレモン先輩のことで悩んでいるんだろう。

 でも、私ではあの怖いレモン先輩をどうすることもできない。

 シトラス先輩は、さり気にそのことを私に伝えたかったのだろう。

 無理だ。諦めよう。

 けど――。

 私は、手の中の封筒をじっと見つめながら、帰路に就いた。

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