第十四話 クエン酸先輩は嘘をついていない? 系な?

 グレープフルーツ先生のお茶目な授業に身が入らない。

 電子黒板を眺めながら嘆息していると、隣の席でナツカンとヤマトタチバナがタブレットから顔を上げた。


「どうしたんだ、シットラン?」

「なんか、悩みでもあるのかよ?」


 課題を完璧にこなしていた私は、机に寝そべった。


「ナツカン、ヤマトタチバナ、訊いてくれ、系な! クエン酸先輩に完全におちょくられ続けている、どうすれば良いんだ、系な!」

「はぁ? なんか知らんが大変だな~?」


 私の深刻な声色を打ち消すように、ヤマトタチバナの上天気な明るい悩みナシの相づちが打たれた。


「シットランも、まあ頑張れ。俺も、課題を頑張る……問い一は……」


 ナツカンはヤマトタチバナに課題を写させてもらいながら、それどころでは無さそうだが。ヤマトタチバナは、眠そうな目を私に向けている。


「シトラス先輩は、悩みを聞いて欲しいのか、聞いて欲しくないのか、はっきりしないのだよ、系な!」

「そりゃ、完全にシトラス先輩に壁を造られているな~!」

「シトラス先輩は良く分からない、系な」

「まあ、落ち込むなよ~」

「系な!」


 完全に、私からのシトラス先輩の悩みへの言及はおせっかいだったようだ。

 確かに、プライバシーに立ち入られたくないのは普通の神経だろう。

 悩みを知りたいが為に、シトラス先輩のプライバシーに立ち入るなどと、言語道断系だろう。

 私はどうすれば良いのかが分からない。

 廊下を歩いていたとき、視線を感じて振り返ると、シトラス先輩が居た。


「系な!?」


 不意打ちを食らった私は、思わず声を上げてしまった。

 シトラス先輩は、パッと顔をそらした。


「……しまった、系な……」


 後悔先に立たずだ。シトラス先輩は完全に私と距離を置いている。

 言及したのが、かなりマズかったようだ。

 殆ど通りすがりの私なのに、妙に態度が違うことが気になって、なんとなく壁の影に隠れた。

 そっと顔を出す。


「ん?」


 よく見れば、シトラス先輩の表情はパッとしない。


「本当に悩みは解決したのか? 今日も元気がなさそう? 系な……」


 しかしながら、あちこちで見かけるたびに、元気がなさそうなシトラス先輩を目撃してしまう。


「妙に気になる、系な……。このまま柑橘類が腐っていくのを見過ごしてしまうのか! 系な!」


 シトラス先輩の悩みは全然解決してないのかもしれない。


「でも、何かあったらクエン酸先輩が何か私に働きかけてくるだろう、系な」


 それまで、待つしか無いようだ。


 クエン酸先輩に嵌められてから、数日が経過した。

 シトラス先輩とポンス先輩は付き合っていない。

 そう、シトラス先輩自らが話していた。

 どう考えても、それが真実のようだ。


 それを踏まえると、シトラス先輩はポンス先輩のことで悩んでいなかったことになる。

 しかも、シトラス先輩はポンス先輩とは面識がないらしい。


 では、シトラス先輩は、どうして悩んでいるのか。

 シトラス先輩に初めて出会った時は、あんなに悲しそうだった。

 悩みを抱えたように無理やり笑っていた。

 一応、尋ねてみたものの、教えてくれなかった。

 しかも、あれから何度もシトラス先輩に出会ったが、一向に教えてくれる気配がない。

 私に、詮索するなと言って迷惑そうだ。

 私だって、ひとのことなんてどうでも良い。

 しかし、シトラス先輩は明らかに追い詰められている。そんな雰囲気を漂わせていた。

 詮索しないで無事ならそれで良いだろう。


 しかし、シトラス先輩の悩みは、ポンス先輩のことではなかった。

 それでも、シトラス先輩の悩みはなくなってないようだ。

 ちょくちょく見かけるシトラス先輩は、悩みを抱えているのがまるわかりだ。


「シットラン! 今日は俺と剣道しよう!」

「……!?」


 クエン酸先輩に、してやられてからも、稽古相手は私に挑んでくる。

 明らかに、クエン酸先輩の送り込んだ稽古相手だ。

 挑んでくる稽古相手のレベルも上がり続けている。


「参りました!」


 あっさりと、勝利を収めると、稽古相手は一礼して去って行った。


「今日で、三百連勝、系な」


 自動販売機で、ジュースを買って飲むと、喉が潤ってくる。

 暑さなんて何のそのだ。

 すると、どこからかともなく、拍手の音が聞こえてきた。

 振り返ると、例の先輩が立っていた。


「クエン酸先輩……!」

「シットラン! 三百連勝おめでとう! お兄さんも大喜びだよ!」


 私は、飄々としたクエン酸先輩に、言い募ってやろうと思っていた。

 クエン酸先輩は、ここの生徒らしいが、どこのクラスなのかが分からない。

 だから、相見えるのを待っていた。


「クエン酸先輩、何を考えてるんだ、系な!」


 怒鳴り声をあげる私に、クエン酸先輩は瞠目した。

 困惑したように、私を窺っている。


「ちょっと、レベルが高すぎたかい? おかしいな?」

「そうじゃない、系な! クエン酸先輩は、私に嘘をつきました、系な!」

「嘘? 全然嘘なんてついてないけどね?」

「嘘をついています、系な!」

「嘘じゃないことは――……」


 クエン酸先輩は、例のキャラクターの封筒を取り出した。

 そして、その封筒を私に手渡した。


「……――これを見ればわかる。僕が嘘を言っていないことは、一目瞭然だということがね」

「えっ? 系な?」


 いつも通りの、アニメ風のキャラクターの封筒だ。

 クエン酸先輩オリジナルのキャラクターの封筒だ。


「……」

「じゃあね、シットラン!」


 クエン酸先輩は、颯爽と去って行った。

 封筒の裏表を確かめる。いつも通り何も書かれていないし、普通に糊付けされてある。

 薄いのに、いつもよりしっかりとしている。


「一体、これに何が、系な――」

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